17.天の裁き
音楽が鳴りやむのと同時に、私の意識は現実へと戻ってきた。
隣で立っている知美をみると、汗と涙で顔をべちょべちょにしながら、肩で息をしていた。
でも、観客席をしっかりと見据えるその顔は、ダンス前と違い、とてもすがすがしそうに見えた。
「はい、これで顔を拭いて」
私は知美にハンカチを手渡した。
そして、観客に向かってお辞儀をして、審査の結果を待つ。
すでにホールは明るくなっていて、観客の拍手もまだ収まってはいなかった。
私たちの審査結果は、9点や10点を出す審査員が交錯した結果、エリナの組に1点差の、94点だった。
町長のほうを見ると、10点の札をあげてくれていたので、私は思わず深くお辞儀をする。
採点項目には、ドレスのすばらしさの点数もある。
いくら鈴子さんの愛情が込められたドレスとはいえ、それだけでは、審査は甘くはならないのだった。
一流デザイナーのオーダーメードであるエリナのドレスには数段見劣りするのは事実だ。
裏を返せば、ドレスがちゃんとしていれば、エリナの組の結果を上回っていたかもしれない。
観客の拍手の大きさがそれを証明しているように思えた。
それにしても、これで2位は確定だ。
私は思わず、目の前の知美と抱き合った。知美の胸が自分のそれにあたって、なんだかドキドキした。
知美は生粋の女の子だから、やっぱりなにも感じないのかな。
私が知美と抱き合って、ドキドキしていると、後ろからまた、エリナの金切り声がした。
せっかくのほんわか百合ムードが吹き飛んでしまった。
私は、知美からそっとはなれて、エリナの方を見た。
エリナは1位の座を守ったものの、相変わらず町長の判定に異議があるらしく、マイク片手に食って掛かっていた。
「あのね、パパ、他の審査員がちゃんとしていたからいいけれど、なんてあのダンスとダサいドレスで10点なの? 説明してもらえますか?」
指名されて、町長はゆっくりと立ち上がり、司会からマイクを受け取る。
「お前は自分のためだけに踊った。今の二人は、誰かのために踊っていた。お前に伝えたいことはそれだけだ」
「なんなのそれ、わけがわからない! なら、最初からそれを審査基準として開示しといてよ!」
「貴重な意見ありがとう。来年の課題として検討しよう」
町長が返すと、エリナはドレスを激しく揺らしながら、ホールから去っていった。
お父さんとはいえ、相手は審査員である。これ以上文句を言うと、せっかくの1位も取り消しになるかもしれないからだろう。
エリナにしてみれば、バシレイアへの推薦への材料にするため、名目上の1位さえもらえればよかったのだから。
表彰式に、エリナはやってこなかった。
ペアだった、男性がひとりで出席して、ていねいにお辞儀をして、1位の花束と記念品を受け取っていた。
「マリさんと、知美さんだね。はじめまして。素晴らしいダンスだったよ。観客の一番人気は君たちだったと思うよ」
男性はそういうと、さわやかな笑顔を私に残して、ダンスのときのタキシード姿のままで、足早にホールを出て行った。
エリナのところへ行くのだろうか。私はすこし気になったが、あわててその気持ちを否定するように、首を振った。
そんな私をみて、知美が心配そうに聞いてきた。
「どうしたの? 頭が痛いの?」
「ううん、なんでもないの。ところで、あの男の人、誰だか知ってる?」
「知らない。小学校でも、中学校でも見たことないし。多分、エリナが東京でひっかけてきたんじゃない。性格はキツいけど、外見だけは美人でいらっしゃるから」
知美も、その男性のことは、知らないみたいだった。
「あ~、ビール飲みたいよ~」
私の声が、むなしく夜空に響いていた。
緊張の連続だったダンスパーティーが終わった解放感からか、私は町役場の屋上に設置されたビヤガーデンで叫んだ。
こんなときばかりは、自由にビールを飲むことができた、37歳のおじさんだった頃が懐かしく思える。
「えっ、お姉ちゃん、飲みたいなら、飲めばいいじゃん、屋台で売ってるよ。お金がないの?」
丸テーブルの隣に座っている知美は、あたりまえのように言う。
「だって、私って、ほら未成年だから…」
「私が21歳なんだから、お姉ちゃんは23歳だよって、役場に届け出たんだよ」
知美が21歳なのは事実だろうが、私が23歳というのは完全なる自己申告だ。この世界の役場は、なんていい加減なんだろう。でも、23歳ではないという証拠がないから仕方ないのかな。
もっとも、実際のところは37歳なんだけど。
「なら、今日のお祝いに、ビールとなにか食べるものをもってきましょう」
鈴子さんは、そういって腰を浮かせた。
ここは屋台でビールやおつまみなどを購入して、テーブルで食べるという形式のようだ。
「私も行きます。一人だとあぶないから」
私が鈴子さんについてこうとたちがあると、
「私の分もよろしく」
と知美がいうので、私は笑って振り返り、
「そうやって怠けてばかりいると、いつか必ずデブになるよ!」
と、釘をさしておいた。
私は、鈴子さんを追って、テーブルの間を歩いていく。
人間同士、オーク同士のテーブルや、ときには両者入り混じっているテーブルもあった。いずれも、ビール片手に楽しそうだ。今夜は無礼講なのだろうか。
いまのところ、この世界は割と平和みたいで、私は安心する。戻る方法がないかもしれないのだから、私はずっとこの世界で生活しなければならないのだ。
私はふと、夜空に瞬く星を見上げて、心細くなる。けれど、今は鈴子さんと、知美という家族がいるんだ。だから、きっとだいじょうぶ。
屋台でビールとおつまみを仕入れた私たちは、それらを手分けして持ち、知美の待つテーブルへと戻る。
「知美の好きな、からあげもいっぱい買っておいたし…」
その時、私は背筋が凍り付くような恐怖を感知して立ち止まった。
そして、はるか上空を見つめる。
次の瞬間には、私の頭脳が自動的に、「それ」がどこからやってくるのか、察知した。
まるで時間が止まったみたいに、周囲は静止していた。でも、なぜだか、私は動いている。
この世界に来てから得られた全情報を論理的なふるいにかけた結果、「それ」についての、確定的な結論が導き出される。
恐怖の正体である、「それ」とは、「天の裁き」である。
そして、私の頭脳がその軌道計算によって導き出した、今回の「天の裁き」のターゲットは、鈴子さん。
「鈴子さん! 逃げて!」
私は叫んだが、その声が届くまえに、鈴子さんが裁かれることは、計算でわかっていた。
(続く)
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