16.知美の涙
マリにやってもらったことを思い出しながら、見よう見まねで知美の脳にアクセスして、ドレスの記憶を流し込んだ。
ドレスはいままで結構集めていたけれど、一番思い出しやすかったのは、マリと踊ったときに、彼女が着ていた、水色のきれいなドレスだった。ついでに、ダンスの技能も流し込んでおいた。
「さ、もういいよ」
私が見ると、知美のダサいドレスは、水色がきらめくきれいなドレスになっていた。
頭には、宝石がちりばめられたティアラも載っている。
白のダンス靴は、二人とも更衣室に置いてあったものを借用した。
自分がそう見えるのは当たり前だ。自分にも魔法をかけたのだから。
問題は、知美にうまく魔法がかかっているかどうかなんだ。
「どう? 気に入った?」
私は鏡の前に知美を連れていく。知美は口をぽかんと開けて、更衣室に鏡に映る自分を見ていた。
知美は頬に手をあてて、自分自身に見とれているようだった。
魔法はうまく知美にかかったようだ。
知美は、鏡のなかの私に向かって、
「お姉ちゃんは、そのダサいドレスでいいの?」
「うん、知美の美しさが際立つようにね」
そういう理由もあったが、私は、むしろこのダサいドレスの姿でいたかった。
鈴子さんの、やさしさを身にまとっているような気がして、安心できた。
もっとも、知美も同じダサいドレスを着ているのだが、私と知美だけは、それがきれいなドレスに見えるのだった。
ダサいドレスを着るのをいやがる知美に着せるには、こうするより仕方なかった。
「お化粧してあげる、私得意なんだ」
私はそういって、知美を鏡台に座らせた。
お化粧が終わった知美は、すっかり20歳の女性らしい、落ち着いた美しさをその身にまとっていた。
もちろん、自分にも、高校生らしい控えめなメイクを施した。
いつのまにか、ホールの中は薄暗くなっており、ステージの中央に、ぽっかりと白くスポットライトが当たっていた。
私たちを待っているようだ。
「それじゃー、100点満点のダンスを見せてもらおうかしら!」
エリナの馬鹿にしたようなわめき声が、更衣室まで響いてきた。
更衣室のドアをそっと開いた私は、その光景を見て、ぱたりとドアを戻した。
私の後ろから様子をうかがっていた知美にも、それは見えたようで、
「どうするの? 私、あんなところに立ちたくないよ! このまま帰ろう。下痢になったとかいってさ」
その理由はどうかと思うが、私も本当のところは、知美と同じ気持ちだった。
でも、町長の指名では逃げられないだろう。
知美を安心させようと笑顔を作るが、どうにもこわばってしまう。
「そ…、そんなに、緊張しなくて、いいんじゃないかな? た、たんなる、祭りの…、よ、よきょうだよ」
「全然説得力ないよぉ…」
「だいじょうぶ、たったの5分だから」
やっとのことで知美を説得した私は、呼吸をととのえて、私は更衣室のドアを開ける。
すると、スポットライトが私たちのところに飛んできた。
おかげで、観客の注目が集まり余計に緊張する。
私たちのダサいドレスを見て、観客の失望したようなため息が聞こえた気がする。
私たち以外には、知美のドレスにたいする視覚を偽装する魔法はきいていないのだ。
私は知美をはげますようにしながら、一歩、足を前に踏み出す。
ダサいドレスのすそから、自分の足首がちらりと見えて、その先には、白いダンスシューズが光っている。
そのつま先に意識を集中して、他のことは一切考えないようにした。
中央に立ち、私は観客に向かってお辞儀をする。すっかり固まっていた知美の背中に手を添えて、お辞儀させた。
「あとは、お姉ちゃんにまかせて」
知美は心細い様子で、私の目を見て、こっくりうなずいた。
「だいじょうぶ、知美はだれよりもきれいだよ」
スポットライトの下で、知美は泣きそうな表情をしていた。
ダンスが終わるまでには、きっと、笑顔にしてあげる。
そして、音楽が鳴り始める。
私は、すぐさま頭のなかにある、ダンスのプログラムを起動する。すると、体がすべてを覚えているかのように、なめらかに動き始める。
私が動き始めると、知美は私に、とまどったような表情を向けた。
瞬間、足がもつれそうになったけど、知美にも、ダンス技能を流し込んだおかげか、なんとか自力でしのいでくれた。
5分という持ち時間も半ばをすぎ、私も知美も次第に体が慣れてきたみたいで、体が軽やかに跳ねる。
私は、自分自身にかけていた視覚の偽装を解除した。
知美は、ダサいドレスを身にまとって、ひらひらさせながら、笑顔でダンスを踊っていた。
一緒に踊っていると、いつしか私たちは一つの存在なのかと錯覚してしまう。
まるで、知美の体を自分が動かしているような、そんな不思議な気持ちになる。
もしかしたら、知美もそうかもしれない。
二人の心が解け合って、言葉をかわさなくても、なんでもわかりあえるような、そんな気持ちでいた。
私は鈴子さんが、ここ最近、夜遅くまで作業していたのを、ドア越しにそっと見ていた。
私に気づかれないように、テーブルの上の作りかけのドレスをさっと足元に隠しているのも、わかっていた。
バレバレであったけど、そこは大人なので、今日の今日まで、知らないふりをしていたのだった。
今でもその光景ははっきりと再生できる。うっとりと、ドレスを縫う針先を見つめている、鈴子さんの顔のしわの1本1本までも、くっきりと。
鈴子さんは、今日という祭りの日に、知美に、ドレスを披露するのを楽しみにしていたのだ。
私は、その記憶を映像付きで、知美の頭に流し込んだ。
肩に乗せた知美の手に、力がこもるのがわかる。
それは、小さく震えていた。
知美の涙が、スポットライトの光に照らされて、星のようになって、真っ暗なホールにきらめいた。
いつのまにか、私たちは、鈴子さん、お母さんだけに見てもらいたくて、踊っていた。
他の観客のことや採点のことなんて、もうどうでもよくなっていた。
こちらをじっと見つめている鈴子さんがハンカチでそっと目を拭うのを、私の望遠カメラがとらえていた。
(続く)
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