12.暗い夜道は危険でした
真っ暗でよく見えなったが、その影の大きさに、私は身構えた。
そして、目を凝らしてみると、まるで赤外線カメラの映像のように、私の瞳はその影の実態を映し出した。
私の体は、アンドロイドのマリの体。だから、瞳にも人間以上の機能があったのだろう。
でも、私は見えない方がよかったと後悔した。
体長はゆうに5メートル以上はある、大きなゴリラ、犬歯をむき出しにして、私に向かって威嚇しているのだ。
まるで、映画でみたキングコングのようだ。
それが見えた途端、足が震えて動かなくなってしまった。
逃げることもできず、私は棒立ちのまま、リヤカーを握りしめていた。
──でも、鈴子さんと、知美を守らなきゃ…
私はリヤカーから離れて、キングコングに向かって、腰に差していた鎌を振り上げて、叫んだ。
「お、お前の獲物はこっちだ!」
自分から獲物って言ってしまっている。なんて自信がないんだろう、私。
キングコングの赤い瞳がこちらをじろりと見る。そして、立ち上がり向かってきた。
もちろん、戦って倒せる相手ではない。とにかく、逃げて逃げて逃げまくるしかない。
町の入り口まで逃げれば、守衛のオークさんがいるはずだ。だけど、こいつばかりは、オークさんでも手を焼くかも。
でも、集団で襲い掛かればだいじょうぶだよね。
けれど、やっとたどり着いた町の門は固く閉ざされて、オークさんもすでに帰っているようだった。
「どうして! 24時間営業じゃないの?」
後方から、キングコングが私めがけてすごい速さで迫ってくる。私は、門を背中にして、キングコングと対峙した。
私には、キングコングがにやりとしたように見えた。やっと獲物を追い詰めたのだ。それはうれしいだろう。でも、私の体はアンドロイドだよ。きっとおいしくないよ。あなたは無駄な努力をしているよ。
恐怖で足ががくがく震えて、生温かい液体が流れる感触が足を伝っていく。見ると、地面が濡れていた。
こんなところまで、人間とそっくりに作ってあって関心するけれど、体が動かない。
目の前のキングコングが振りかぶったかと思うと、顔面に激痛を感じて、斜め後ろに吹き飛んだ。
そして気が付くと、体が半分ほど壁にめり込んでいた。背中全体にも激痛が走る。
アンドロイドなのに痛いなんて…、と思ったけど、痛みを感じなければ、体をかばうことなく、壊れてしまうからだろう。
でも、痛い…。
キングコングが、壁に埋もれて苦しんでいる私を、奇声をあげながら、両手で何度もむちゃくちゃに殴りつけてきた。
その度に、激しい痛みと振動が体から伝わってくる。次第に、意識が遠のいていく。
私は、よろめきながら起き上がる。人間の体ならば、とっくに死んでいたに違いない。
けれど、このままでは時間の問題だ。
私はこいつにもてあそばれて、壊される。
キングコングが、口を開けて大きく振りかぶった。私は、その動作がスローモーションの映像に見えていたけれど、恐怖で体がこわばって、動けなった。
そのとき、私の高感度な耳は、誰かのつぶやきをとらえた。
「ここまでか…」
たしかに、そう聞こえた。
──あれ、生きてる。
目を開けると、キングコングの大きな手が、私の間近に迫っているところで、止まっていた。
やがて、キングコングは、その場に倒れこむ。
その向こうには、町長が立っていた。
その右手には、光輝く棒が握られている。
私のいた世界の、SF映画に出てくる、ライトセーバーという武器によく似ていた。
「あぶなかったね」
町長は屈託ない笑顔を見せならが、ライトセーバーを揺らしながら、私に向かって歩いてきた。
「あ、ありがとうございます!」
私は震えながらも頭を下げる。見るとキングコングは、背中を一刀両断されている。すごい切れ味だ。
でも、その武器どこで手に入れたんだろう。神様からもらったのかな。
「もう夜8時過ぎじゃないか。夜道は危ない。せめて、オーク達が警護している時間内には、町に戻るように」
町長は私の肩に手を置いて、そう言った。
「迷惑かけて、ごめんなさい…」
ホッとして、つい涙声になってしまう。これでは、女の子みたいだ。少し情けない。
それからは、町長の警護で、リヤカーまで戻り、あらためて町へ入る。
「それじゃ、おやすみなさい」
「本当に、助かりました」
目を覚ました鈴子さんは、ことの顛末を私から聞いて、町長へ深々と頭を下げる。
街中はこの時間でも、にぎやかで人通りも多い。私は安全地帯に戻ってきた気分になり、安心する。
こんな嫌なことがあった日は、居酒屋で一杯と行きたいところだが、この体の見た目年齢では許されないだろう。
「だいじょうぶだった? また新しい服を用意してあげる」
鈴子さんに言われて、私は自分の服があちこち破れているのに気が付いた。
キングコングにあれだけ殴られたのだから、仕方ない。
顔を触ってみると、手に少し、赤い液体が付いていた。擦り傷もできているようだ。
鈴子さんは、カバンからばんそうこうを取り出して、そっと私の頬に貼ってくれた。
顔にばんそうこうが貼られている自分の姿を想像すると、少し恥ずかしいが、この体を覆う生体組織を直すためには、仕方ない。
もっとも、鈴子さんはそんなことは知らないのだけど。
それにしても、キングコングにあれだけ何度も殴打されたら、通常の人間なら全身複雑骨折で即死に違いない。
それが、擦り傷だけで済んだのだから、この体はやはり頑丈だ。
あれ、でもおかしいな。町長はそんな私を見て、疑問に思わなかったのだろうか。
「お姉ちゃん、生きててよかった…」
考え込んでいると、知美が私に抱き着いてきた。
「あれ、心配してくれるんだ」
「だって、大切な…」
「大切な?」
奴隷なんだもん! これからも働いてもらわなきゃ」
「家来から、格下げになったの?」
やっぱりそうきたね。予想通りの返答に、私はあははと笑うしかなかった。
「こら、お姉さんでしょう!」
鈴子さんにたしなめられた知美は、嬉しそうにわらった。
私は、知美の笑顔を見つめながら、これから先も、笑顔でいてくれるように、がんばろうと思った。
顔を上げると、大通りの向こうで、町長がまだこちらを見て立っていたので、ありがとうの気持ちを込めて、手を振った。
(続く)
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