13.夏祭りの日
「こんな古臭いデザイン、やだぁ~」
「どうしてよ、この日のために、お母さん頑張って作ったのに」
「そんなの着るくらいなら、普段着で行く。それは、お姉ちゃんに着せてあげて!」
「マリの分も、つくってあるんだけど…」
言い争う声がして、リビングへ行くと、鈴子さんが、地味な色とデザインのドレスを両手で広げているのが目に入った。
知美は、嫌がるように、ドレスから離れて、目を背けていた。
「あ、マリ、いいところにきたね。ほら、このドレスいいでしょう」
鈴子さんが、やってきた私の方にドレスを広げる。
それは、女装評論家の私から見ると、色は地味でデザインも平凡に見えた。年頃の女の子なら、ダサいと感じてしまうのは、仕方ないと思う。
だとしても、鈴子さんが、この夏まつりの日のために、私たちに内緒で夜遅くまでがんばって作ってくれたドレスを、否定する気持ちはない。
でも、知美は、私の世界でいうと、もうすぐ高校生とはいえまだ中学生らしい。
”母親の手作り”のかけがえなさ、を説いてもまだわからないだろう。だって、この家には、まだまだ”母親の手作り”があふれているのだから。
私は、鈴子さんに聞かれないように、知美の耳元でそっとささやいた。
「着るふりだけしてあげようよ、途中で着替えちゃえばいいじゃない」
「……、そうかな」
「だから、ちゃんとお礼をいって」
私は鈴子さんが、ここ最近、夜遅くまで作業していたのを、ドア越しにそっと見ていた。
私に気づかれないように、テーブルの上の作りかけのドレスをさっと足元に隠しているのも、わかっていた。
バレバレであったけど、そこは大人なので、今日の今日まで、知らないふりをしていたのだった。
今でもその光景ははっきりと再生できる。ドレスを縫う針先を見つめている、鈴子さんの顔のしわの1本1本までも、くっきりと。
鈴子さんは、今日という祭りの日に、知美に、ドレスを披露するのを楽しみにしていたのだ。
だから、心からというのは、まだ中学生の知美には無理かもしれないけど、形だけでも、嬉しそうに受け取ってほしいと思った。
いつか、知美が大人になったとき、私みたいに、後悔しないためにも。
「わかったよ、着ていくよ」
知美はすこしぶっきらぼうにいって、ドレスを受け取った。
「ありがとう、鈴子さん」
私は笑顔で、ドレスを受け取った。
「お母さんでいいのに」
鈴子さんは、照れたように笑っていた。
私たちは、ドレスを着てから、再び鈴子さんの前に並んで立った。
「こうしてみると、本当に姉妹みたい」
鈴子さんは、私たちを見つめてうっとりとしている。私は、この光景を記録に残しておきたいと思い、
「写真は取らないんですか?」
「写真館は、きっと予約でいっぱいよ。今日は同じような人たちが多いからね」
写真というものはあるが、私のいた時代みたいに、デジタルカメラやスマートフォンで、気軽にパシャッととれるようなものではないらしい。
「なら、こちらへ来てください。ほら、知美も」
ドレスがダサいのが気になるのか、相変わらず恥ずかしそうにしている知美の手を取って、この家で一番大きな姿見の前に立った。
姿見には、私と知美、そして鈴子さんが並んで映っている。端はちょっと切れているのはご愛敬。
それは、写真立てに収まった一枚の写真のようだった。
私は、真ん中にいる知美の肩に手を添えて、笑顔になった。
「ほら、知美も、わらってよぉ…」
「う~、恥ずかしいなぁ…」
知美はぎこちないながらも、笑顔を作ってくれた。
「じゃ、取りまーす、はい!」
そうして、私は目を瞬きさせた。頭の中に、目の前の光景を記録するために。
「いってきます」
私は鈴子さんに、きちんとお辞儀をして、家を出た。知美はそんな私をおいて、さっさと行ってしまう。
知美は、家を出てからすぐに、物陰でドレスを脱ぎ捨てると、それを私に押し付けて、普段着になった。
私から見れば、普段着もおしゃれとは言えないのだが、それは手作りじゃないからいいのだろうか。
私はドレスをきちんと折りたたんでから、背負っていたリュックに押し込んで、知美のあとを追った。
いつもの大通りに出ると、いろいろな屋台が並んでいて、さながら、私がいた世界の縁日のようだった。
時を超えても、文化って伝承されるものなんだなぁ、と感心する。
前の世界では、夜の縁日をビール片手に一人でぶらつくのが楽しみだった。
いつもひっそりとしている近所の神社が、縁日の日に限っては賑やかになるのが、非日常に来たような気がして楽しかった。
屋台ではしゃぐ人たちの様子を見ているのが、好きだった。
「あっ、ビールが売ってる、飲みたいな」
とある屋台に、”BEER 600円”と下がっているのを発見して、私は知美を見た。
この世界にもビールはあるみたいだ。まあ、古代エジプトの時代からあったみたいだから、おかしくはない。
鈴子さんから、若干のお小遣いをもらっていたので、買えなくはないのだ。
「えっ、こんな真昼間からビールなんて、お姉ちゃん、もしかしてアル中?」
いつの間に買ったのか、りんごあめをなめながら、知美は冷たく言い放つ。
私は、りんごあめを舐めているおこちゃまな知美の口元を見つめつつ、言い返した。
「アル中じゃないよ!」
二日酔いはギリシャ時代から記録があるらしいが、アル中はどうなんだろう。やっぱり、同じように存在していたのだろうか。
すくなくとも、この世界には、アルコール依存症(略してアル中)という疾患はあるようだ。
屋台の周囲に置かれたテーブルでは、人間や、オークの集団が、テーブルにビールを飲んで談笑していた。
私は思わず、のどをゴクリと鳴らした。
あとからこっそり飲もうっと。この体だと飲んでもいい気持ちになるかわからないけど。
私はひそかな楽しみを胸に秘めながら、知美と縁日をぶらついた。
「あ、知美ちゃんだ。外に出るなんてめずらしい、なにかあったの?」
後ろから不意に、声がしたので振り返る。まるで、ゲームのレアモンスターにエンカウントしたかのような、素っ頓狂な声だった。
そこには、女の子…、でななく、もう成人しているであろう女性3人が、美しいドレスに身をまとって、わらっていた。
体つきも、成熟した女性のそれだった。つまり、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいた。体のラインも女性らしく丸みをおびていて、ドレスがぴったり似合っていた。
私は、その笑い方に、少し違和感を感じて警戒する。
とりあえず、さっきから黙っている知美に聞いてみることにした。
「お友達なの?」
「………」
知美は私のドレスを裾を持ったまま、うつむいている。
どうしようか。知美の交友関係は知らないが、この様子だと、会いたくない人らしい。
私も、ひきこもっていたときは、同級生や知り合いには会いたくなかった。あちらはどう思っているのかわからないが、何も持っていない自分を見下される気がして、いやだったから。
もし、同じようなことだとしたら、気持ちは痛いほどわかる。でも、あの元気な知美がまさかとは思う。
それに、この人たち、明らかに成人していて、知美と同じ年とは思えない。
「あんた、知美の友達?」
女性の一人が、私に顔を向ける。真っ赤なドレスの胸元は大きく開いていた。生地も高級そうな光沢を帯びている。頭にも、首元にも、高そうな装飾品がきらきら光って盛りだくさんだった。
その女性は私が着ていたドレスを指差して、笑いをこらえきれない様子で、
「すごいドレス着てるね!」
「はい、18時からのダンスパーティーに参加しますので」
私は赤いドレスの女性を見つめて、事務的に答える。今は心も完全に機械になったつもりで。
「へえー、その格好で? てっきりこれから農作業にでも行くのかとおもった」
ドレスの女性は、傷一つなくほっそりとして、陶器のように白い手を自分のあごに添えて、一緒の女性たちを振り返る。つられるようにして、3人が笑い出した。
私は、その様子を見て、鈴子さんの、農作業で傷だらけの手を思い出していた。
「知美ちゃん、いつまで中学生やってるの?」
「うるさいな…」
知美は言い返したが、私にしか聞こえないくらい小さなつぶやきだった。
いつの間にか、手に持っていたりんごあめを後ろに隠している。
「ねえ、あんた知らないみだいたから、教えといてあげる」
ドレスの女性が私に微笑みかける。
「やめて」
今度は相手に聞こえるくらいの声で知美が訴える。でも、ドレスの女性は、あえてそれを無視して続ける。
「この子は、私たちの中学の同級生なの」
「それは、どういう…」
私が聞き返す間もなく、
「私たちと同じ、21歳ってこと」
(続く)
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