11.この世界で生きていく私
「まあ、そんなに固くならないでください。形式的なものですから」
町長は、穏やかにそう言ってから、椅子に腰かけた。
「やあ、知美ちゃん、久しぶりだね。ずいぶん大きくなったな」
町長の言葉に、知美は口をとがらせて反論する。
「…ちゃん、はやめてください。もうオトナなんだから」
「いやいや、悪かった。つい、ね。小さいころの印象が抜けないんだ。知美さんも、大人になったらわかるよ」
町長はわらって、そのままの表情で、私に向き直った。もう面接は始まっているに違いない。私は背筋を伸ばして、町長をまっすぐに見つめた。町長は、手元のファイルに目を落としてから、
「そんなに固くならなくていいよ、えーっと、マリさんかな。楽にして」
そういわれても、すぐには気を抜けなかった。
「申請書類に書いてあるとおり、あなたは、希望ヶ丘高校の跡地で、知美さんと出会った。それ以前の記憶は全くない、ということで間違いないかな」
記憶がないわけではないが、説明をしても理解してもらえないだろう。アンドロイドの体の中で、300年の時を過ごしてきたなんて。
私は余計なことを言わない方がいいと考え、こくりとうなずいた。
「知美ちゃんも、そのとおりで間違いないかな?」
「間違いありません!」
知美はとげとげしく返事をした。ちゃんと言われて怒っているのだろう。町長は原因が自分にあると気づいていないらしく、困ったような表情をしていた。
「わ、わかりました。なら、マリさん、あなたをこの町の住民として暮らすこと及び鈴子さんの家族になることを認めます。この承諾書に署名の上、拇印を押してください」
「ボインって何? まさか…」
そういうと、知美は私の胸をじっと目をやった。私は正しいことを教えることにした。
「親指の指紋にインクをつけて、紙に押し付けることだよ」
準備よく町長は朱肉と承諾書を差し出した。承諾書には、”私、は、鈴子の家族になることを承諾する。”などと記載されていた。
私は、差し出された承諾書にサインをして、拇印を押す前に自分の親指を見た。
この体はマリの体で、アンドロイドである。指紋まで、きちんと人間に似せてつくってあるのか、心配になったからだ。
しかし、紋様があったので、ためらいなく、拇印をついた。
町長は、受け取った承諾書から顔を上げると、じろりと私を見つめた。もしかしたら、アンドロイドの指紋には、識別のため人間にはない特徴があるのかもしれない。
人間じゃないことを見抜かれたんじゃないかと怖くなった。でも、それから、笑顔になって、
「…お疲れ様でした。これで手続きは、終わりです。データ入力が終われば、明日から住民票や戸籍が取れるようになります。まあ、細かいことは1階の住民課で聞いてください、では、お疲れさまでした」
と、退室をうながしてきたので、私はホッと胸をなでおろして、知美たちについていった。
その日から、鈴子さんの子供として、そして知美さんのお姉さんとしての、私のこの世界での、この町での生活が始まった。
この世界に来てから、いつのまにか3か月が過ぎた。
私は、もう見慣れてしまったいつもの丘から、私たち家族が担当する小麦畑を見下した。
それは黄金色に染まっていた。
そして、その向こうには、私たちの住んでいる町、そして廃墟の先には、真っ青な海と雲一つない青空が広がっていた。
季節は夏、小麦の収穫の時期だった。今までの苦労が報われるときが来たんだと、私の胸は熱くなった。
私は、他の家族と同じように、麦わら帽子に、洗濯し過ぎてくたびれたブラウスと、足首まで伸びたスカートをはいていた。さすがに農作業を制服でやるわけにはいかない。
慣れない農作業は覚えるのが大変だったけれど、それはアンドロイドの頭脳なので、一度教わったら忘れることはない。
そして、毎日きちんと食事を補充していれば、この体は疲労というものを感じないみたいだ。
あまりに休まずよく働くので、見回りにきたオークさんにも、
「お前、少し休め。これは、命令だ」
と、心配されたほどだ。
「いよいよ、収穫だね。がんばろう」
私は右手の鎌を振り上げて、日陰で涼んで、水を飲んでばかりいる知美を振り返った。
「え~、いつもみたいに、お姉ちゃんがちゃちゃっと終わらせてよ」
「そりゃ…、できなくはないけど、一緒に収穫の喜びを味わおうよ」
「かんばって~、私はここでお留守番してるから」
知美はにやついて手を振る。
「知美! そんなふうだと、またオークさんに叱られますよ! ちゃんと働きなさい!」
鈴子さんが、鎌を振り上げて叱るが、
「あの説教豚のこと? 来たらおしえてよ~」
と、知美はどこ吹く風だ。
初めはのうちは、そんな知美を見て、なんて嫌な妹なのかしら、と思ったが、一緒に暮らすうちに慣れてしまった。
あまり腹が立たないのは、たぶん、私が暮らしていた300年前の世界の女子中学生はあんなものだったからだろう。
むしろ、こんな年齢から働かされるなんて、気の毒という思いもあった。
──はい、はい。わかりました。お姉ちゃんがいつもどおり、なんとかしてあげます。
私は、身長ほどもあるかごを背負って、小麦畑の前に仁王立ちになり、鎌を構えた。
「お母さん、行きましょう」
「ええ」
私の言葉に、鈴子さんもうなずいてくれた。
そして、私たち(知美を除く)は、あっという間に、目に見える範囲の小麦を刈り取った。
ふと、遥か後ろの知美を振り返ると、いつの間にかやってきたオークさんに、槍でせっつかれながら、しぶしぶ作業を始めているところだった。
収穫した小麦をリヤカーに乗せて、今日の作業を終えたことには、もう日が傾いていた。
あとは、集積場へ行き、小麦を納付して終わりだ。
例によって、知美はリヤカーの荷台に乗って、鼻歌を歌っている。
リヤカーを引くのは、もちろん、私の役目だ。
お母さんは、手伝ってくれようとするが、私がだいじょうぶです、というので、リヤカーの隣を歩いている。
夕焼けが、空も、地面も赤く染めていた。リヤカーを引きながら、私は目の前の景色に感動していた。
それにしても、収穫作業に夢中になって、ずいぶん遅くなってしまった。
次第に当たりは薄暗くなってきた。
夏だから寒くはないけれど、灯りのまったくないこの世界の夜は、本当に暗くて怖いのだ。
リヤカーの上では、今日の作業で疲れたのか、お母さんと知美が、収穫したばかりの小麦をベッドにして、眠っていた。
リヤカーの揺れ心地がちょうどよかったのだろうか。
町の灯りが遠くに見えてきた。思わずリヤカーを引く足に力が入る。
気配がして、ふと振り返ると、巨大な黒い影が、私を見下ろしていた。
(続く)
今日はこれで最後になります。
ここまでお付き合いいただいて、ありがとうございました。




