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珠緖の肌を痺れさす程に威圧するのは、文字通り八尺(2m40cm)を超える巨体ではなく、人外のものとなった顔つきでもなかった。
その呪力の圧は彼女が今まで対峙してきた怪異の中でも間違い無く上位であり、【伝承】級では中堅に位置する強度は明らかだった。
八尺さまが両手を万歳すると、瞬きする間もなくそれが振り下ろされる。
回避はそれほど難しくは無かったが、地面を軽く陥没させるほどの振り下ろしは、何らかの呪力が付加されていたのか、地響きでしばらく足元が揺れ続けた。
負傷した脚に加えて、完全にフットワークを奪われ、間合いを取ることを封じられた珠緖は眉をしかめながらも鼻で笑う。
「はっ。自己紹介を憶えていてくれたようで何よりだ」
比較的オールマイティな戦闘タイプではあるものの、それでも珠緖の真価は遠距離でこそ発揮される。
だからこそ、そもそも逆神由那には近付かず、遠方から狙撃なり爆撃を繰り出す手が最善策ではあったがそれは出来なかった。
珠緖はどうしても水沼法師の安否を間近で確実に確認しておきたかった。
結果としては得るものはなく、戦況は悪化したが、それでも救助の可能性を残した仲間を見捨てるという選択肢は彼女に存在しない。
八尺さまの動きは機敏で、既に体力とフットワークを失っている珠緖を捕縛する事は容易だった。
正面から珠緖を羽交い締めにすると、そのまま鯖折りの体勢に入る。
珠緖の足が浮くと同時に全身の骨が悲鳴を上げ、その内の何本かが際だった鈍い音を上げた。
「ぐぅっ!」
魔法少女の身体能力は最低でも五輪の全競技で金メダルを獲得出来るレベルにあり、珠緖は特に強度や耐久力に優れるタイプだったが、それでも顔が苦痛に歪んだ。
まず左肩と右肘の骨にヒビが入る。
その上人外の膂力は大蛇のように肺を締め付け呼吸を困難にしていた。
八尺さまと鼻先が触れあうまでに顔が近付く。
闇に凹んだ眼窩に眼球は確認出来ないが、その視線を珠緖は確かに感じた。
呼吸もままならず、内臓を圧迫されて血の混じった泡すら口元に滲ませながらも、珠緖はそれでも不敵な笑みを浮かべた。
「……どうした……愛と奇跡の象徴である魔法少女を妬んでいるのか? 呪いに頼るしかなかった自分がみすぼらしいか?」
もはや人としての理性を失っているであろう八尺さまが、その言葉に憤怒したかどうかはわからない。
それでもその闇に凹んだ左右の眼窩からそれぞれ指が菌糸類のように何本も生えてきて、頭部だったそれはイソギンチャクのような手の平へと変貌した。
「……少しばかり、昔話に付き合ってもらうぞ……」
八尺さまは首をカタツムリのように空に向かって伸ばすと、無数の指を珠緖の頭上から頭頂部へと伸ばす。
「……こう見えて私は幼い頃病弱でな……元気に外を駆ける同級生をいつも病室から羨んでいた……」
うねうねと蠢く指が珠緖のこめかみを掴んだ。
「……それでも今の私があるのは、奇跡でもなんでもない……呪いにも、魔法にも頼らなかった……ただ恐怖と絶望に屈しなかった……それだけだ」
珠緖の能力は髪を媒介にして銃火器を顕現する。
八尺さまの潜在意識として残った逆神由那の記憶が、引き金さえ引かせなければ問題無いと判断したのは合理的な判断だったといえる。
しかし魔法少女にとって奥の手は、二重三重に隠し持つ事が鉄則という慣習までは、彼女が知り得ようもなかった。
「……いつだって誰かを救うのは……誰かの血と汗でしかないのさ……」
珠緖の黒い長髪がわさわさと自律して打ち震えた。
採取した毛髪から銃火器を作るのは汎用性に富むが、身体から離れる為に魔力は激減する。
頭髪をそのまま砲身に変容させる手法こそが、砲撃火力を最大限まで高める事を可能とする彼女本来の魔法。
体力気力魔力は既につきかけてはいたが、それでも何本かの毛先の束が散弾銃へと変形し、メドゥーサの蛇の頭髪の如く八尺さまの喉元へと伸びた。
八尺さまの指が珠緖の首をねじ切ろうとすると同時に、珠緖は朦朧とする視界の中、憐れみではなくむしろ激励するように言った。
「……掴み取りたいモノがあるのなら……次はこんな紛い物に頼らず己の手を使うんだな」
複数の銃口が紅く染まると雄叫びを上げた。
それはまさに雷鳴だった。
世界を切り裂き揺るがす轟音。
ゼロ距離で放たれた複数の散弾銃によって、八尺さまの背後の地面が扇状に抉り取られる。
その結果八尺さまの上半身は消し飛び、珠緖の身体は投げ出された。珠緖は精根尽き果て大の字に倒れる。
下半身だけを残した八尺さまは、腰の断面から重油のような何かを噴出させていた。その不穏な闇は、世界を黒く塗りつぶしてやりたいという彼女の恨みの色。
まだこの世に未練があると言いたげに、下半身だけになっても八尺さまはその身を痙攣させながら、腰の断面から何かを取り出した。
卵を生み出すように取り出したのは、車の中で珠緖が手渡していた大型拳銃。
腰に小さな指を生やしそれを握ると、銃口を珠緖に向けて引き金に指を掛けた。
珠緖は目を閉じ、満足気を口端を緩めた。
「ぽ……ぽ……」
どこから発しているかわからない鳴き声を上げると、八尺さまは引き金を引いた。
無防備に近距離で喰らえば、いかな魔法少女でも原型を留める事は不可能な威力。
鳴り響く銃声。
川辺に肉片が飛び散る。
しかし爆散したのは八尺さまだった。
もはや復元も分裂も叶わず霧散していく呪いの残骸に向けて珠緖が言葉を贈る。
「だから暴発には気を付けろと言っただろう」
それは逆神由那に渡した時点で、次の発射で暴発するように仕込まれていた。
その時の忠告通り、彼女が人間のままなら引き金を引けなかった代物。
魔法少女は二重三重に奥の手を持つ。
本格的に明るくなり始めた空を見上げると、白い煙が吸い込まれるように昇っていった。
それを見届けると、視線を横に振って、戦友の亡骸に手を伸ばした。
「やれやれ……やはり愛と奇跡だけじゃ何一つ守れんな」
「それはアンタがクソ雑魚だからでしょ」
珠緖が八尺さまを撃破してから三日が経った。
とある大学前に並んでいる街路樹に背中を預けて立つ少女が二人。
一人は珠緖。
もう一人は如何にも遊んでいそうな風体のギャルで、緩やかな縦ロールを気だるそうに指で巻いていた。
「雑魚い癖に一丁前に単独任務なんか請けおってんじゃねーっつうの。大人しく前衛が出来るアーシのスケジュールが空くまで待っとけよ」
「緊喫の案件だったのだから仕方あるまい。他に手空きの者も見つからなかった」
「それでアンタが危ない目あってたら世話ねーだろアホかよ」
「ふっ」
「何笑ってんの。キッショ」
「相変わらず随一の仲間想いだな。貴様は」
「ちっ、ちげーし! そんなんじゃねーし!」
図星を突かれて頬を紅潮させる金髪の女は掘槇。珠緖の同期の魔法少女である。
縦に巻かれた髪をドリルとして使用する近接特化型の魔法少女で、その戦闘スタイルは珠緖と相性抜群の為、同じチームを組まされる事が多い。
やがてこの二人を含む、魔法少女四人による精鋭部隊が結成されるのだが、それはまた別のお話。
「そ、そんで坂上って子はもう大丈夫なわけ?」
耳まで赤くした堀槇は、照れ隠しに話題を変える。
どっしり構えた不動の佇まいを見せる珠緖とは対照的に、堀槇の言動は一々落ち着きがなく、身振り手振りを交えて言葉を発する。
「見ての通り。もう問題あるまい」
顎で堀槇の視線を誘導する。
校門付近でうろうろと所在無さげに右往左往している、地味な見た目に地味な雰囲気を背負った女学生が居た。
「あれが本物の坂上翔子? なんか別の問題抱えてそーだけど」
「元々孤独を恐れる性分の上、仮初めとはいえ友人達が一斉に消えたのだ。戸惑うのも仕方あるまい」
「一人が恐い、ねぇ。アーシなんかは一人でカラオケとかよく行くけどなぁ。一人焼き肉も余裕だし」
「それは貴様が口の悪さの所為で友達が少ないからだな」
「……結構気にしてんだからあんま言わないでくんない?」
「わっはっはっ」
豪快に笑った珠緖は、踵を返してその場を後にする。
「ちょいちょいちょい。マジでもうあの子放置で良いわけ!?」
「これ以上のアフターケアは必要あるまい。儲けた命をどう使うかは彼女次第だ。好きに生きればいいさ。挫折するも良し。前に進むも良しだ。他人が援護出来るのはここまでだよ」
堀槇は小走りで珠緖の後を追う。
「てかあんたのそのTシャツなんなわけ? もはやダサいの域超えてんだけどそれ。ちょっと我慢ならないから今からショッピング決定ね?」
「む? そんなおかしいか?」
珠緖は自身の装いを見下ろす。無地の白Tシャツには、『一度くらい同窓会に呼ばれてみたい』と書かれていた。
「これから二人で任務に取りかかるアーシの身にもなってよ。並んで歩くのも恥ずかしいわ。ただでさえ潜入捜査なんだから悪目立ちすんなっての」
二人に課せられた新しい任務は新興カルト教団への潜入調査。
堀槇が不服そうに唇を尖らせる。
「なんでこんなしょうもない任務受けちゃったかなぁ。オカルトとか心霊とか馬鹿らしくない?」
「魔法少女も大概だと思うが」
「アーシらは可愛いんだから良いんだよ。で? なんなのその宗教って」
「どうも逆神由那がネットで調べたという八尺さまの召喚方法を、ネットミームとして広めているのがその教団らしい」
「なんでそんな事してんの。暇人なん?」
「八尺さまは彼らが信仰する神の眷属のような存在なのかもな。なので八尺さまをこの世に多く顕現させて、彼らの神を呼ぼうをしているのかもしれないというのが課長の推測だ」
「その神って?」
「ダイダラボッチ」
「んなもん【神話】級確定じゃん。クソダリー」
「なので早いところ芽をつもうという話だな」
「ちょっとあんたどこ行くの。ショッピングモールはこっちだっての」
「いや、先に墓参りだ」
右手に持つ花束を掲げる。
「水沼さんの? あんたそういうのは先に言えアホ! アーシ何も持ってきてないじゃん!」
「わかったわかった。じゃあ先に買い物だな」
「あの人って何が好きだったかなぁ……あ、アンタの服も一緒に買うからね」
小言と同時に背中を軽く殴られながら、珠緖は一度だけ振り返る。
その視線の先には、校門で所在無さげにしていた坂上翔子が、意を決して一歩踏み出し、校内へと姿を消す後ろ姿があった。
珠緖はそれを見届けると、口元を穏やかに緩ませた。
すぐ背後では堀槇がグチグチと文句を垂れ流し、彼女はそれを心地好く感じながら豪快に笑い飛ばした。
うだるような夏空の下、少女達の喧噪がセミに負けじと生命を謳歌する。
きっと今日もどこかで魔法少女が足掻いている。
愛と奇跡という名の血と汗で、何かを救おうと。
元々は暑さにやられて本業のエロ小説が滞ってしまっていたので、気分転換にエロ無しで何か書いてみようと即興で書いてみたのが今作でした。
結構新鮮で楽しかったので、カルト教団潜入編も機会があれば書いてみたいと思ってはいるので、一応未完結として残しておきます。
ちなみにメインヒロインである珠緖は、自作品である「双剣の君」という作品のサブヒロインなので、もし彼女の18禁シーンに興味がありましたら、そちらもチェックしてもらえれば良い事があったりなかったりするかもしれません。
普段はノクターンの方で活動しています。
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