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Z&W N500。
大型動物の狩猟にさえ耐えうると言われる、世界最強の拳銃。
火力のみに重点が置かれ、実用性が度外視されたその威力は、発砲時の反動で射手の肩を外す事もあるという。
弾正正宗珠緖の魔法は自らの髪を媒体にして、様々な銃火器を生成する事にあるが、勿論魔力によって生み出されたそれはオリジナルの比ではなく、例えアフリカ象が怨霊と化しても一撃で屠る事が可能であった。
魔法少女として強化された身体能力か、それとも日頃欠かさぬ鍛練のおかげが、珠緖はそれを易々と片手で発砲した。
坂上は耳を両手で塞いでいたが、それでも目の前で撃鉄が落とされたそれが生んだ衝撃は、彼女の鼓膜を通じて脳内に達し、岩石に振り下ろされる大槌を脳裏に浮かばせた。
身体が飛び跳ねたように感じたのは錯覚ではなく、実際にトンを超える車体が宙に浮いたのだ。
窓ガラスに密着していたこの世ならざる凶兆極めた面相に、兵器という人類の狂気に一摘まみのメルヘンを加えた銃弾が直撃する。
ズガン、と響いた鈍い音は、高層ビルから地面に落とされた砲丸を連想させた。
窓ガラスが割れるに留まらず、ドアが真横に吹き飛び外れ、車に並走していた怪異はドアごと水平方向にその巨体を撥ね飛ばされた。
「珠緖さん。この車まだローン残ってます」
「請求書は上の方に送ってくれ。生憎魔法少女は安月給だ」
何事も無かったかのように会話を交わす珠緖と水沼法師をよそに、坂上は耳に残る轟音で頭が揺れて放心状態に陥っている。
「新車のドアを引き替えにしたくらいなんだから倒してくれたんですよね?」
皮肉を交えた水沼の言葉に珠緖が鼻で笑った。
「いや、存外丈夫らしい」
坂上は眩む頭をどうにか引き締めながら、ぽっかり空いたドアの部分から外を見る。
白い巨体は速度を緩めておらず、弾丸が撃ち込まれた顔面の中心が著しく凹んではいるものの、貫通はしていないようだった。
しかし頸椎のような箇所は存在していてそれを破壊したのか、首を不規則にぶらぶらと揺らして、顔はただの突起に成り果てていた。
「坂上氏。護身用にこれを渡しておこう。いざという時は使ってくれ」
坂上は先程発砲した大型拳銃を珠緖から手渡される。
見た目に負けずずっしりと重く、ひ弱な女子が気軽に持つには大仰過ぎた。
「こんなの扱えません!」
「どうせただの人間には引き金を引けん。警棒代わりに使ってくれ。どうしても撃ちたいなら暴発に気を付けろ。あと前を失礼するぞ」
珠緖はそう言うが早いか、坂上の前を滑るように前傾姿勢で通り過ぎ、ドアが無くなった側面から車の天井へと躍り出た。
「水沼法師。アクセルはベタ踏みで構わん。見事逃げおおせてみせろ。足止めは不肖この私、弾正正宗珠緖が受け持つ」
指示通り限界までアクセルが踏まれると、その加速によって坂上はシートに磔となった。
速度は時速二百kmに近付く。
日常生活ではまず味わう事のないGに坂上は声を押し殺して肩を畳む。
その頭上で珠緖は腕を組んで仁王立ちしていた。
彼女の全身が淡い光を放つと、その出で立ちが軍服を連想させるシックなデザイン且つ厚手のスーツへと変わる。
ジャケットのボタンは胸部の膨らみを抑えるのに必死で、短いスカートとニーソックスの間ですらりと伸びる太股は健康的な肉感で煌いていた。
魔法少女として纏う装衣や、使用する得物は個々で違う。
本来は指揮能力に優れ、後方からの支援を主とする彼女らしい装束と言えた。
足は肩幅よりもやや広く、微動だにしない立ち姿に無理した様子は微塵も感じられない。
背中に受ける暴風など存在しないかのように胸を張る。
手入れ無用で艶やかな長い黒髪がまるで炎のように暴れていた。
加速に一瞬出遅れたものの、すぐに距離を詰めてきた怪異を見下ろすその口元には、不敵な笑みが浮かぶ。
最早どこが顔かすらわからなくなった、巨大な手足で這ってくる怪異が吠える。
「ぽっ、ぽっ」
その様子を確認した珠緖がぼそりと呟いた。
「……やはりこいつは本体ではないな」
そしてうなじを掻き上げる仕草で頭髪を一本だけ抜きとると、それは虹色に発光して新たな鉄塊へと変わった。
雄大な円筒状のそれは、予備知識が無い者が目にすれば、鬼が振るう金棒に見えたかもしれない。
通称ミニガンと呼ばれる機関銃で、秒間百発の発射間隔を可能とするそれは、生物に対して痛みを与えずして死をもたらす事から、無痛ガンとも呼ばれていた。
弾倉なども含めると百kgを超える重量を、珠緖はその華奢にも見える両腕で軽々と持ち上げる。
「さぁ、これが魔法少女が奏でる愛と奇跡のハーモニーだ。存分に味わえ」
六本の銃身が電動で、否、愛と奇跡による魔動力で回転し始めるや否や、七.六二口径を誇る鉛の玉が、雨あられのように怪異に降り注いだ。
ズガガガガガガッ!
文字通り鉛が雹霰の如く叩き付けられる。
音と共に空気そのものが長い間爆ぜ続けた。
一発一発が地面を抉っては小さなクレーターを形成していく。
珠緖の真下に位置する坂上は既に泡を吹いていた。
音速に迫る無数の槍が瞬きすら許さず白い巨体を細切れにしていく。
愛と奇跡どころか呪詛と禁忌の圧倒的火力に坂上は戦慄したが、それでもこれで助かるのだと魔法少女の存在に感謝の念を覚えた。
が、珠緖は銃身の回転を緩めていく。
豆腐のように千切れた怪異の肉片は、それぞれが干からびたミミズのように蠢き、やがて独立して肥大化していくのを確認した。
「分裂タイプか。厄介だな。ゴリ押しでは骨が折れそうだ」
珠緖は踵でトントンと車の天井を踏むと、よく通る声で水沼に指示を送る。
「やはり正当なやり方で祓った方が良さそうだ。ここは私が食い止める。法師は彼女を件の場所に送り届けてくれ」
水沼は叫ぶように頭上の珠緖に返答する。
「わかりました! ご武運を!」
「どうもあまり分の良い勝負とは言えなさそうだ。この任務の完遂には、私と法師、どちらかの命が対価となるかもしれん。覚悟は決めておけ」
「やっぱり若い頃に公務員を諦めなきゃ良かったですよ! 安心して下さい! 恨みっこ無しです! お互いそういう稼業でしょ」
「無論だ。背中は預けたぞ相棒」
その言葉を最後に珠緖は、快走する車から軽やかに飛び降り、慣性など存在しないかのように地面に降り立った。
増殖を続けていた怪異は、白く巨大な手とお面のような顔の群れを壁と化して迫りくるう。
そんな絶望と対峙しても尚、彼女は威風堂々と胸を張った。
月光に晒され髪を掻き上げる珠緖の姿は、妖艶なほどに壮美だった。
その際に抜いた何本かの毛髪が、無数の銃火器となって足元に散らばる。
「さてさて。カンナェとなるかザマとなるか……ふふ。しかしながら見事なほど多勢に無勢だな。決めセリフの一つでもきめたいところだが……」
左肩にロケットランチャーを担ぎ、右腕にアサルトライフルを抱え込むと、小さく咳払いをしてから高揚を隠し切れない笑みを浮かべた。
「……生憎私は火力で語るしか術を持たん」
普段はノクターンの方で活動しています。
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