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 八尺さま。

 日本各地で目撃例を残す都市伝説。

 共通点は八尺(2m40cm)を越す長身であり、「ぽぽぽ」と不気味な声で笑う女。特に若い男性が被害に遭いやすい、などが挙げられる。

「と、言うのが概要ですかね。他にも細かい記述があるにはあるのですが、地域や世代によって記されている事がてんでバラバラなんで参考にはならないかと」

 車を運転する水沼法師が面倒臭そうに説明するのを、坂上と珠緖は後部座席で聞いていた。

 二人の座り姿は対照的で、遠慮がちに肩を縮込ませる坂上に対して、珠緖は深く腰を掛けて腕を組んでいた。

 三人が向かう先は坂上が映像を取り、そして八尺さまと思われる怪異に襲われた河原だった。

 高速道路は既に郊外を抜けて山の中に入り、短いスパンでトンネルを出たり入ったりと何度も繰り返していた。

「若い男性、か。しかし今回は男女問わずだな」

 珠緖の声に水沼が反応する。

「どちらもイケる口なんでしょう。というか坂上さん。ご友人達は今も行方不明扱いなんでしたっけ?」

「あ、はい。警察の方は水難事故かもしくは付近の山での遭難か……あとは獣害事故として調べるとは言っていました」

「あの映像は見せなかったのですか?」

「……見せませんでした。どうせ信じてもらえない……というよりかは、私自身が未だに信じられていないので……早く記憶から消したいというのが正直なところです」

 前傾姿勢となり、顔を両手で覆う坂上の背中を珠緖が優しく撫でた。

「心配は不要だ。私の砲撃の餌食となった怪異は例外無く塵芥と化す」

「……魔法のですか?」

「うむ。魔法のだ」

「……あ、はい」

 坂上はそれ以上追求する気にはなれなかった。

 珠緖のあまりに堂々とした物言いからは、彼女が狂人か、もしくは本当に魔法使いなのか、そのどちらかしか有り得いと考えた。もしこれが演技で騙されるのであれば、それはもう仕方が無いという気にさせられた。

 見るからに新車であるセダンを軽快に飛ばしながら、水沼がバックミラー越しに珠緖へと視線を飛ばした。

「でも珠緖さん。もし今回の件が本当に八尺さまなら下手したら【伝承】級の怪異なんじゃないですかね。そしたら私には手に負えませんが」

 手に負えないというネガティブな発言に反応した坂上が不安そうに珠緖を見る。

 そんな憂いを吹き飛ばすように珠緖は鼻で笑った。

「霊媒師と呼ばれる人間の殆どはインチキだが、彼のように力を持っている人間も稀にはいる。それでも我ら魔法少女と比較すればあまりにか弱い。よって彼らの職務は私達と一般社会の橋渡しが主となる。霊能力で危険そうな案件と判断出来れば私達に情報をたれ込む。私達は治安保持の為に力を振るう。持ちつ持たれつというわけだ」

 その説明をすんなり受け入れるほど坂上はオカルトや陰謀論に寛容ではない。

 それでも友人を失って以来ずっと一人で恐怖に怯えていた身としては、何でも良いから状況を説明してくれる言葉が欲しかった。

 その虚偽を確かめる術が無くとも。

「あの、【伝承】級ってなんですか」

「怪異の強度の等級みたいなものさ。下から【噂】級、【伝承】級、【神話】級と括られている。といっても非常に大雑把なカテゴライズでしかないんだがね」

「ボクシングの体重別とかそういう事ですか?」

「基本的にはその考え方で問題は無い。ただし先程述べたように大掴みな分け方でね、ボクシングで例えるなら【噂】級が中学生未満、【伝承】級が中学生からプロ。【神話】級はそれ以上、というくらいのピンキリも甚だしい分類になっている。まぁ単なる目安さ」

「それでも水沼法師さんだと【伝承】級は手に負えないって……」

「いくら本物の霊媒師だろうが、普通の人間が対処出来るのは【噂】級までだと言われている。それもピンキリのキリの方のな」

 それを聞いた坂上は顔を青くする。

 目くそ鼻くそだが魔法少女よりかは霊媒師の方がまだ信用出来る。そんな一般的な価値感を持つ彼女は頭を抱え込みたくなった。

「……珠緖さんなら、【伝承】級に対処出来るんですか?」

 それでも坂上が珠緖の話を一笑に伏す事が出来ないのは、直接その目でこの世ならざる何かを垣間見てしまったから。

 あの時肌に纏わり付いた寒気は未だに背筋を凍らせたままだ。

「少なくとも魔法少女であれば、【伝承】の底辺にランクづけされるような怪異なら個で対処出来る」

「……【伝承】の一番上なら?」

「トップクラスの魔法少女か、もしくは専用のチームが結成される」

「仮にですけど、【神話】級なら?」

 その問いを珠緖は「わっはっは」と豪胆に笑い飛ばした。

「その時は腹を括るしかあるまいよ。【神話】級に個で立ち向かえる人間など今じゃ殆ど存在しない。精鋭で大隊を組んでも対抗出来るかどうかだな」

 華やかさも含めて、元々異質な存在感を放つ珠緖だが、人智を超えた脅威をむしろ楽しそうに語る彼女に対して、坂上は改めて住む場所が違う人間なのだと認識した。

 珠緖は講釈を垂れるように続ける。

「ちなみにここ十年の日本で【神話】級と定義された怪異が出現したのはただの一度きりだ。流れる水をも恐れず欧州から渡ってきた吸血鬼だったのだが、それももう先達の魔法少女によって塵すら残さず滅している」

「じゃ、じゃあ最悪その魔法少女に頼めばどんな幽霊でもお祓い出来るんですよね?」

「残念ながらその方は引退してしまっているよ。それにこの業界は常に人手不足だ。一度担当が決まってしまえば変更は勿論、人数を足したり引いたりも難しい」

 達観したような表情でそう言う珠緖に、坂上の頭にとある疑問が浮かぶ。

「……あの、今更なんですけど、どうしてそんな事まで私に話すんですか? 機密情報とか……」

 黙って運転していた水沼が坂上の言葉を遮った。

「……珠緖さん。なんかきな臭くないですか?」

 珠緖は腕を組んで粛々とした佇まいのまま鼻を鳴らした。

「ほお。流石は世にも珍しいインチキではない霊媒師だ。この程度の歪みならば感知出来るのか。ただの人間にしておくには惜しいな。どうだ。魔法少女になってみないか?」

「もう今年で五十なんでね。遠慮しておきますよ」

 緊張感の無い二人に業を煮やした坂上が声を荒げる。

「いや、ていうか歪みってなんなんですか!?」

 坂上のその疑問は、顔を窓の外に向けただけで回答の必要を無くした。

「……え……何で……」

 彼女は自分の視力を疑った。

 先程まで明るかった真っ昼間の晴天は、トンネルを抜けると月明かりすらない闇夜に包まれていた。

 再び入ったトンネル内の風景は既視感が強く、それを抜け出たと思ったら当然のように宵闇に迎えられ、すぐに入り直した次のトンネルの光景は、やはり数秒前に見たものと寸分違わず同じだった。

 気が付けば周囲に車は一切走っていない。

 車中に深夜の墓場のような冷気が満たされた。

「ぽ」

 ただ一台孤独に走っているはずの車に、何かが並走する気配を感じる。

 時速は優に百kmを超えている車の横を、裸足でぺたぺたと地面を掛ける音が途切れる事なく響いていた。

 坂上は両手で耳を塞いで必死に瞼を閉じた。

「ぽ」

 しかしその音に誘われるように窓の外に視線を向けてしまう。

 それは獣のように四足で駆けていた。

 映像でも確認出来た大きく白い手を蜘蛛のように這わせ、車と競うように忙しなく手足をばたつかせていた。

「ぽ」

 それの顔が窓に張り付いて車中を覗き見る。

 視線が合った坂上が喉の奥で短く息を呑んだ。

「ひっ」

 毛という毛が一切生えていない楕円の輪郭に、黒目だけで形成されたビー玉のような瞳と、同じくビー玉ほどしかない真円の形状をした口がこちらを見つめていた。

 坂上の全身が嫌悪感で総毛立つ。己の知る世界が崩壊する恐怖で足元がぐらついた。

 隣から聞こえた声が変わらず凛としている事だけが彼女の救いだった。

「そのまま耳を塞いでいろ」

 声と同時に眼前に差し出されたのは、一体どこから取り出したのだと指摘したくなる、顔程の大きさを誇る超大型の拳銃だった。

 禍々しい能面が張り付いた窓ガラスへと銃口が向けられる。

「煽り運転は一発免停だ。切符代わりにくれてやる」

 最早鉄塊と呼ぶに相応しいそれを握る、珠緖のすらりとした指が引き金を引いた。


普段はノクターンの方で活動しています。


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