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本日7月23日(月)から27日(金)まで毎日一話づつお昼頃に投稿して、とりあえずはそれで物語は一旦区切りとなります。
手ブレで揺れる映像は、夜中の河原で花火遊びに興じる若者数名を映していた。
ロケット花火を冗談で向け合う男子。
火花を散らしながら舞い踊る女子。
そのどれもが大学生の夏休みとしては、普遍的な記録でしかない。
「これは誰がカメラを持っているんですか?」
映像が映るモニタへと顔を向ける、くたびれたスーツを着た壮年の男が、薄くなり始めた前髪を気にしつつ、ついでに眼鏡の位置を整えながら聞いた。
「……あたし、です」
彼の対面に座る女は何があってもモニタには目を向けまいと俯きながら簡潔に答えた。
カメラマン役だった彼女は、きっと気弱な性分で押しつけられたのだろうな、と男は察した。
化粧はろくにしておらず、服装にしても淡い色のワンピースは清楚というよりかは野暮ったく見えた。
外見や所作から判断するに、大学のサークルという集団の中で、高いヒエラルキーを得ているようには到底見えない。
おそらく彼女自身もそんな役回りを押しつけられるばかりの人生に劣等感を抱いていただろうが、男から出た言葉は嘲笑でも慰めでもなかった。
「それは幸運だったでしょうね」
「……はい?」
女は訝しそうに男に視線を向けるが、モニタだけは絶対視界に入れないよう細心の注意を払っていた。
「この手の怪異は観測者を見逃す事が多い。何故なら自分の存在を知らしめる語り部を求めているから。酷くても四肢や感覚器の欠損、もしくは重度の精神疾患を負わすに留める。なので逃げた時に転んで出来た擦り傷だけで済んだ貴女は非常に幸運だと言えましょう」
「幸運だなんて……」
お人好し過ぎるきらいがある彼女に、そんな考え方をしろと言う方に無理がある。
何せ大学の友人が一晩で全員行方不明になったのだ。
映像からは若者達の生み出す喧噪が途切れる事なく続いていたが、そんな中、『ぽ』というノイズのような音がやけに鮮明に聞こえた。
その瞬間女は肩を縮込ませて両手で耳を塞いだ。かと思えばまるで極寒に耐えるかのように全身をガタガタと震わせ始める。
尋常ではない怯え方。蒼白な顔色の由来が恐怖である事は明らかだった。
男は気にせず視聴を続ける。
映像の中の学生達の騒ぎ方は、もし周囲に民家があれば苦情が寄せられる程だったが、そんな中でさえその『ぽ』という音は容易に聞き取れた。
やがて学生達もそれに気付いたようで、『なんだよこれ。誰か屁ぇこいてんぞ~』と誰かが笑った。
箸が転べば笑いの種になる年頃である。最初こそ皆がその冗談に抱腹絶倒していたが、そんな空気は徐々に得体の知れない気味悪さに寝食されていった。
『ねぇこれ……マジでなんなの?』
女生徒の一人が不快と不安を隠さずにそう漏らすと、場の空気は一変して享楽が取り払われる。映像の中からも、熱帯夜の湿気よりも川辺特有の肌寒さが伝わってきそうだった。
『ぽ』
『ぽ』
『ぽ』
やがて断続的だったその音は、まるで音楽を紡ぐように連なっていく。
耳にした者全てが抱く違和感。それは電子音でも無ければ、例えば着火や突風による自然音でもなく、動物の鳴き声ですらない事が理屈で無く直感で理解出来た。
『え、やだ。気持ち悪いんだけど』
『誰かいんのか!?』
学生達の声に恐れと苛立ちが色濃く浮き出ると、それらは急速に伝搬して一帯の雰囲気はパニック寸前まで揺らいでいく。
謎の音は追い打ちを掛けるように間隔を狭める。音量の大きさも増し、まるで街宣車のスピーカーから繰り出されているかのようにヒビ割れていった。
『ぽ』
『ぽ』
『ぽ』
風雨も無しに花火の火種が一斉に消えると、女子達は小さな悲鳴を上げた。
月明かりだけを頼りに学生達は不穏な閉塞感に右往左往している。女子の一部は寄り添いあい、耳を塞いでその場にしゃがみ込む者もいた。
『ちょっとなんなの……気持ち悪いって』
『ふざけんなよ! 出てこいよ』
強がりで威圧の声を上げた男子学生に異変が訪れる。
映像の上部から脈絡無く巨大な手が現れると彼の頭を掴んだ。
五本の指を有するそれは人間の手に酷似していたが、指の長さが幼児の背丈ほどあり、手の甲は骨が浮き出るほどにやせ細っていた。不自然なほど白い肌にうっすら浮かぶ血管は重油が流れているのかと思えるほど黒い。
男子学生の身体がまるでゴミのように気軽に画面外まで持ち上げられて消えた。
それを見上げる友人一同は声を発する暇も無いまま、彼らの頭上から同様の手がぬるりと滑り落ちて、男子学生と同じように頭を摘まんで持ち上げられて、画面上部の外へと姿を一斉に消した。
次の瞬間カメラがその場に落ちて、映像はノイズに塗れてやがて暗転した。
「この後、坂上さんは無我夢中でその場を離れた、という事でよろしかったですね?」
男が未だブルブルと震えて俯いている、撮影役だったという彼女の名を呼んだ。
彼女は男がリモコンで映像機器の電源を落としたのを見計らうと、ようやく恐る恐ると顔を上げて小さく頷いた。
「この時、画面の外はどんな感じでしたか?」
小さく首を振る坂上は冷房の効いた部屋でも額に汗を浮かべていた。
「……わかりません」
「カメラのレンズから目は一時も離さなかったと?」
「というよりかは、動けなかったんです」
「所謂金縛り?」
「そう、だと思います……そういうの、なった事が無いのでわかりませんが」
「でも走って逃げた」
坂上はその言葉に再び顔を落とした。先程までのように恐怖ではなく、悲痛に駆られた表情を浮かべ、膝元でぎゅっと両手をきつく結んだ。友達を見捨ててしまった自分の罪を責めているのは明白だった。
坂上からの返答が無いとみると、サラリーマン風の男は、その雑居ビルの一室にもう一人存在していた女に顔を向ける。小さなテーブルを挟んで坂上と男、そしてモニタとその女が向かい合っていた。
「どう思いますか。珠緖さん」
坂上はその女の名前をその時初めて知った。
藁にも縋る思いで訪れた霊媒師の、てっきり事務員か助手だとでも思っていたら、どうやら力関係的には男よりも珠緖と呼ばれた女の方が余程上らしい。
彼女から見て珠緖はやけに風格を感じさせられた。
年齢も自分とそれほど違わないだろうに、その威風堂々とした貫禄はまるでどこぞの将校にも引けを取らないだろう。
大きな瞳と口は精悍な美しさを有しており、伸びた背筋は銃剣のように不屈の意志を漂わせる。
それでも坂上にとって珠緖が同世代と思えたのは、そのシャープな顔つきに仄かであるが可憐な幼さが残っている事と、何より着用していたTシャツの柄が、成熟した社会人を思わせないセンスだったからだった。
白の無地に「好きな人の前では無理してブラックコーヒーを飲む」と格言めいた文字が書かれていた。
どこで買ったのか尋ねてみたくなるTシャツだが、しかしそんな格好で座ってるだけでも、同性の目を惹く程に卓越したスタイルが備わっていた
アスリートを思わせるすらりと伸びた四肢と上背に、胸元はシャツの格言が伸びて文字が崩れるほど膨脹していた。
改めて見ると自分には無い華の塊のような風貌をしていると、坂上は魅了すらされた。
その珠緖が口を開く。坂上は思わずその威厳だけで畏まってしまう。
「この映像だけでは何とも言えないな。まず坂上氏が感じていた金縛りのようなものが、そもそも霊的な何かによる拘束だったのか、それとも彼女自身の恐怖による硬直だったのかまでは判りようが無い」
ややハスキーな声は通りが良く、他人に意志を伝えるには最適化された抑揚でもあった。こんなに聞き取りやすく声色があるのかと坂上は感銘すら受けた。
「あの、すみません。こちらの方は?」
坂上はようやく男に珠緖の事を問い質した。
自分が相談に訪れたのは、水沼観音スピリチュアル相談所の水沼法師であり、いくら麗しいとはいえ同年代の女性ではなかったからだ。
その水沼法師もまさか、薄くなった前髪を気にしてばかりのサラリーマンのような男だとは思ってはいなかったが。
「紹介が遅れましたね。失礼しました。こちら弾正正宗珠緖さん。個人的な友人というよりかは……そうですね。互助会といいますか何と言いますか、とにかく助っ人のようなものです」
珠緖が坂上に身体を向けると、すっと右手を差し出した。その際に長い黒髪が微かに揺れる。ところどころ外跳ねしているのは、手入れが行き届いていないのではなく、彼女の生命力が溢れ出てしまっているのだろうと納得させた。
軽やかかつ厳かな身のこなしや、くっきりと整った目鼻立ちを正面から受けると、坂上は気後れしつつもホストや男装する歌劇団にハマる同性の気持ちが少し理解出来てしまった。
「弾正正宗珠緖だ。よろしく」
初対面の人間に対してどちらかと言えば不遜な物言いのはずだが、坂上は不思議と不快感を抱かなかった。むしろ無性に椅子から立ち上がり敬礼の一つでも取りたい衝動に駆られる。
「あ、はい……弾正正宗さんは……」
「珠緖で結構だ」
控え目なのに妙に頼もしい微笑みに思わずときめいてしまう。
「すいません。珠緖さんも、その……そういうお仕事の方って事で良いんですよね?」
「そういうお仕事というと?」
「ですので、その、幽霊とうか、霊障というか、そういうのをお祓いしてくれる……お寺の方とか?」
「いや、私は魔法少女だ」
継続している微笑みに、茶目っ気は一切見られない。
「はい? え?」
要領を得ない坂上をよそに珠緖が言葉を続ける。
「魔法少女だ」
聞き間違えようがないほど、明瞭な声色で繰り返す。
「……それは、その……え? 魔法の、少女という事ですか?」
言葉を耳でなく頭で理解出来ない坂上は、混乱したままよくわからない問い掛けをしてしまうが、珠緖は意に介す様子もなく応える。
「うむ、所謂世間で言われる、魔法を使う少女という事だ。まだ十代なのでギリギリ少女で問題無いだろう」
「……いや、あの、まぁ、そうですか」
「ちなみに魔法に関してだが、基本的には距離を置いて戦闘を行う事に適正を持つ。拳銃や突撃銃を使用する事で白兵戦から中距離戦まで対応は可能ではあるが、やはり私の長所はその火力と射程にある。有無を言わさぬ圧倒的且つ無慈悲な砲撃による拠点制圧が最も得意とするところだ」
握られた珠緖の手は力強く、そして熱かった。
坂上が助けを求めるように水沼法師に視線を向けるが、彼は前髪を気にして上の空になっていた。
言葉を失う坂上の肩を珠緖が軽く叩く。
「何、心配するな。口裂け女程度ならば愛と奇跡の魔法でワンパン余裕だ」
あまりに頼もしいその笑みと口振りに、坂上は「……よろしくお願いします」と返す事しか出来なかった。
続く
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