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ダグラス

 胸くそ悪い処刑が執り行われ、覚醒したフェリシアを回収した後、俺たちはかつて自分たちが閉じ込められていた汚染神殿跡地に戻ってきていた。

 ここに良い思い出なんて一つもありはしない。だけど、五百年あまりこの廃墟でずっと俺たちは過ごしてきた。俺たちにはもう、ここ以外思い出の場所なんてありはしない。帰る場所ももう、ここしかない。だから、戻ってきた。それだけだった。

 「ダグラス。魔人化の条件って何だと思う?」

 ここに戻ってきて、生前の姿を取り戻したフェリシアが、自分が入ることで生き延びさせていた肉体を眺めながらそう口にした。

 「高濃度の瘴気を体内に蓄積させて生き延びる事だろ。」

 フェリシアの問いに、俺は、かつて魔人製造の研究をしていた奴らが口にしていた理論を返す。

 「本気でそう思ってる?」

 そう聞かれて、全くそう思っていないから即座に「いや。」と否定で返す。

 「だよね。高濃度の瘴気汚染を受けて人は生きられない。魔人化とは、瘴気汚染により存在を作り替えられた元人間。瘴気汚染をされた死体が魔物化して動きだし人を襲うようになるのと同じようなもの。違いはきっと、生きたまま瘴気の影響で存在を作り替えられて、多少なりとも自我を残しているかどうか。つまり、わたし達はもうとっくの昔に死んでいて、とっくの昔に人間じゃなくなってた。そして、わたし達には現在の最上級の浄化の魔法さえ効果がなかったから、わたし達はきっと、もう消滅することもできないんだよ。それこそこの世界から瘴気が無くなるその時まで。」

 そう言うフェリシアは諦めきったような顔をしていて、それを見て俺は、ようやく現実を受け入れる事ができたのか、と心の中で大きな溜息を吐いた。

 「ねぇ、ダグラス。この人。目を覚ます前のダグラスと一緒なの。身体は既に魔人化していて、だけど意識だけ戻らない。魔人化は、わたしがずっと体内に入って、心臓の代わりを務めていたせいだろうけど、意識が戻らないのはどうしてなのかな?ダグラスは何で目を覚ましたの?」

 俺の目を見てそう問いかけてくるフェリシアはきっと、確信に近い仮説を立てているのだろう。だけどそれを口にせずに俺に問いかけてくるのは、別に俺に答えを求めてのことではないと思う。多分、この問いに深い意味は無い。

 きっとフェリシアは、自分が願ったから俺が目を覚ましたと思っている。そして、目覚めた俺は、本物の俺ではなくて、フェリシアが願ってできた、フェリシアの生み出した幻想の俺だと思っている。そう思ってんだろうなという言動が、覚醒してからこっち側で度々あったからまず間違いは無いだろう。だから、フェリシアは俺が何を答えるかなんて期待していないし、俺の答えに意味なんて持たせない。俺に問いかけるのは、自問自答しているようなものだと思ってる。だからきっと、フェリシアは俺が答える答えより、この朽ちない死体がどうなるのか確かめることで、自分の仮説を確信したいだけなんだと思う。もうとっくに当初の目的は終えたのだから、さっさとこんな国から離れてしまえば良いのに、ここにこうやって残っているのは、それを確かめずにはいられないからだろう。この朽ちない死体が目を覚ましたとき、この死体に意識はあるのか、そして何が起こるのか。それを確かめて、自分の仮説を立証させて、そしてきっと、俺が自分が生み出した偽物で、独りぼっちの人形遊びで孤独を紛らわせていただけだと確認して絶望したいのだ。そこまでいけば自分も狂うことができるだろうと、破滅に希望を見ているのだ。全くバカな奴だ。俺はずっと俺で、フェリシアの人形になんてなったことなど一度も無いというのに。俺の言うことなんて、こいつはきっと信じない。

 それはきっと、俺が目を覚ますのが、フェリシアが目を覚ますよりずっと後になってしまったからだと思う。そして、目を覚ましたタイミングのせいで勘違いをしているんだと思う。本当に昔っから、思い込みが激しくて頭でっかちで、どうしようもないバカな奴だ。だけど、だからこそ、心配で、一人にさせられなくて、放っておけないのだ。俺はこいつを置いてどこかに行くことはできない。きっと、そういう所もこいつを勘違いさせる要因なんだろう。俺は、もともとそういう奴じゃなかった。魔人化する前の俺なら、こんなにこいつにべったりくっついて過保護に心配なんてしてやる事なんてなかった。だから余計、今の俺が自分の生み出した偽物に見えるんだろうなと思う。だけど、そもそも昔のお前はこんなに危うくなかったし、それに、お前の周りには俺以外も沢山いたから、だから、わざわざ俺が傍にいてやる必要も無かったし、過保護になる必要も無かっただけで。お前が一人で耐えてるって気付いたその後は、魔人化する前だって、お前の傍にいてやっただろう。いてやるって言っただろう。お前がそれを拒否してただけで。俺は、お前を一人にする気なんて無かった。何が何でも傍にいて、最後の最後まで味方でいてやるって思ってたんだ。人間だったあの頃から。俺は何一つ変わっちゃいない。お前が勝手に、俺がお前の都合の良いように変わったと思ってるだけだ。そう思うけど、それをフェリシア自身にぶつけたところで、信じてもらえるとは全く思えなくて、だから面倒くさくて、俺は、伝える努力など初めから放棄していた。

きっと、フェリシアの立てている魔人化の仮説は概ね正しいだろう。こいつは頭でっかちだけど頭が悪いわけじゃない。だから、そこまで外れた仮説は立ててないはずだ。だけどきっと、思い込みが激しすぎて、根本的なところが間違っている。こいつは何も解っていない。解っていたら、こんな風に状況を見守ったりしないだろう。聖女という名を冠するのにふさわしい慈愛と献身を体現したようなこいつが、厄災が生まれることを、放置するわけがないのだから。

 俺には確信がある。この朽ちない死体が目を覚ますとき、それは厄災の目覚めと同義。生前、こいつがどんな人物だったのかそんなことは関係ない。こいつはきっと、厄災として目を覚まし、この国を滅ぼすことになるだろう。そう思っているが、俺はそれをフェリシアには言ってやらない。俺はフェリシアと違って、心底こんな国など滅んでしまえと思っている。だから、何も教えない。フィリシアが自分で気がついて、止めて欲しいと願わないかぎり、俺は破滅を止めたりしない。だから俺は、フェリシアからの、俺が何で目を覚ましたのかという問いに対して、

 「俺が目を覚ましたのは、お前が、俺に助けを求めたからだろ。だから、こいつも誰かに強く求められれば目を覚ますんじゃないか?」

 と、嘘ではない。でも、俺が思っている本当の条件ともずれた答えを返した。

 どうせフェリシアは俺に答えは求めていないのだ。だけど、俺の答えが余計なヒントになってしまう可能性はあるから、答える内容は注意する。俺はフェリシアのように優しくもなければ、見知らぬ誰かのために痛める心なんてものも持ち合わせていない。罪があろうがなかろうが、巻き込まれた奴らは運が悪かっただけで、恨むなら、厄災を呼び込んだ奴らを恨むんだな、そう思って切り捨てられる。誰かの願いだとか、誰かの努力だとか、罪があろうがなかろうが、そんなものはどうでも良い。昔よりましかどうかなんて関係ない。俺はただ、五百年たってもまだ根本的に変わって無くて、弱いものが当たり前に虐げられ搾取されているこの国の姿が、心底気に食わなくて、腹が立つから、滅びてしまえ、そう思うだけだ。

なぁ、フェリシア。お前の願いから生まれただけなら、俺がこんな考え持つわけねーだろ?俺は俺だ。お前の生み出した幻想じゃない。目を覚ます前も後もずっと、俺は、俺のままだ。

 俺はただ、死ぬ直前、お前を護れなかったことを悔やんだ。お前の意思なんか無視して、掻っ攫ってしまえば良かったと。そして、お前が助けを求めてくれればなんて、お前に対する恨み言を思ったりした。お前を護れなかったこと、お前に助けを求められなかったこと、それが悔しくて、悔しくて、次なんて無いのが解っていながら、次があったら絶対にお前の敵は俺が滅ぼしてやるんだと決めたんだ。

 魔人化の条件?そんなものは正直よく解らねぇ。だけど、一つだけ確信しているのは、原初の魔法の発動。瘴気を濾過し魔力というエネルギーに変換し、理論に基づいて発動される魔法技術とは根底から異なる魔法。瘴気そのものをエネルギーとし、祈りや願いが形をなして発現する魔法。その魔法により、瘴気そのものが変質し形を変えて意思を宿した存在、それが俺たち。魔人化した人間とは、人の形をして意思疎通のできる瘴気そのもの。自分自身が奇跡を起こすためのエネルギーの塊であることを認識し、受け入れ、理解してしまえば、いちいち理論なんて構築しなくても、俺たちは何でもできるし、何にでもなれる。それをフェリシアはまだ解っていない。自分たちがもう、神に等しい存在になっていることを。

 俺たちは、災害級の魔獣をわんさか生み出す程の濃く規模の大きい瘴気溜りに落とされ、魔人化した。あの時、俺たちは多分、お互いにお互いのことを考えていた。あーしていれば、こーしていれば、どうせ捕まって処刑されることになるなら我慢なんてしなけりゃ良かった。きっと品行方正なフェリシアは俺のような暴力的なことは考えていなかっただろう。だけど、同じような後悔をしていたはずだ。その後悔が俺たちを魔人化させて、そして、覚醒までに時間差があったのは、覚醒の条件が人により違い、そして俺がそれをなかなか満たすことができなかったからだろう。フェリシアの条件がなんだったのかは解らない。だけど、多分、俺の条件は、フェリシアから助けを求められることだった。その覚醒の条件はきっと、魔人化する際に強く願うなりなんなりした想いに基づくのだろう。

 かつて魔人製造の実験により魔人化した者達の事を考えれば、魔人化し覚醒するためには、本人が願い誰かに願われることが条件にあると思う。ただ、覚醒する際に、どのような存在として目覚めを望まれるかで、覚醒後の性質が決まるのではないかと思う。かつて。俺とフェリシア以外に生前そのままの様子で魔人化できた者はいなかった。自我を持っているように見えて会話ができるような奴でも、どっかぶっ壊れてて、隠してた欲望がむき出しで理性が全く働かなくなってたり、命令されたこと以外はできなくなったりしてた。俺たちは実験の末に魔人化したのではなく、偶然魔人化した存在で、願い願われる対象はきっとお互いで、俺も、フェリシアも、互いが互いであることを望み、他の何かになることなど求めていなかったから、俺たちは俺たちのままでいられたのだと思う。

 ならば、ここにある朽ちない死体の覚醒条件は何なのだろう?そして、覚醒したとき、どのような存在として覚醒するのか。

 あの処刑場で、俺は、俺の仮説を元に、種をまいてきた。多くの人間が、この朽ちない死体が復讐者となることを想像したならば、こいつに滅ぼされる未来を想像したのなら、きっと、こいつはそういう存在として覚醒する。一応、救済方法のヒントも与えてやった。こいつに恨まれる諸悪の根源を生け贄にして、民衆がこれで大丈夫と心底思えたなら、そこまで酷い厄災にはならないだろう。もしかしたら、厄災にならずに終わるかもしれない。だけど、きっとそんなことにはならないだろう。フェリシアにバレないように、俺が煽りに行ってやってもいい。覚醒条件になりそうな事象を、色々ぶつけてみてもいい。

瘴気爆弾テロではこの国をぶっ壊すところまでいけなかったが、厄災の魔人相手にはどうにもできないだろう。

 五百年前ならいざ知らず、現代にはもう、原初の魔女の祝福を受けた不死身の勇者も、全ての聖痕を身体に刻み神の御業とも言えるほどの聖魔法を行使できるようになった聖職者もいない。災害級の魔獣は今の時代ではおとぎ話の世界の存在になっていて、俺たちが生きていた時代には沢山いた、災害級の魔獣と戦える騎士達も戦士達も存在しない。そんな強者達がわんさかいた、俺たちが生きていたあの頃でさえ脅威の存在だった魔人を、討伐できるような戦力はこの時代には存在しない。誰も厄災を止めることなどできない。

 だから、自分たちが生み出した厄災に滅ぼされてしまえば良い。全てはお前達の罪故だ。全て、全て、滅んでしまえ。

 フェリシアをあんな所に置いてけぼりにして、使命を与えて縛り付けたりしないで、解放してくれれば良かった。いつかきっとなんて希望なんて持たせずに、無理なものは無理だと諦めさせて、あの時に、悲しませてやってくれれば良かった。そうすれば、こいつはこんなに苦しまなくて良かったのに。そうしていれば、今更になって全てを失わなくても良かったのに。

 俺は、フェリシアが敬愛する大聖女イーリシアのことも心底恨んでいる。だから、そんな大聖女が作り上げた見せかけの幸福に満ちたこの国を消し去って、フェリシアから未練を全て消し去ってしまいたい。そこまでしないと結局、お前は今を受け入れて前に進む事なんてできないんだろ、そう思うから。俺はこの国を跡形もなく滅ぼしてしまいたい。

 テロに失敗し、フェリシアが戻ってきてしまった以上、俺の手でそれはできないから、この朽ちない死体が厄災の魔人として覚醒して、この国を破滅に導いてくれることを、俺は心底願っている。

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