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ジェス

 浄化の魔術に特化した神託の聖女様の働きのおかげで、国内の魔獣の出没件数は格段に減り、中でも大型で討伐には大規模な部隊の出動が必要となるような魔獣の出現となると皆無と言って差し支えないほどとなった今。昔はひっきりなしにあっちこっちの地方に派遣され、王都に戻ってきても碌にゆっくりする時間もなく、ただ寮に戻って次の遠征に備えるのが常だったのが嘘のように、普通にまとまった休みが取れるようになった現在。久しぶりに地方遠征から戻った俺は、明日から数日間休暇ということもあり、今晩は飲み明かすつもりで下町に繰り出していた。

 テロの首謀者と思われる人物が消滅した後、テロそのものはおさまったものの、起爆していない瘴気爆弾や、瘴気爆弾の試作品と思われる物が多量に国中のあちこちに残っていることが判明した。あまりの数の多さに、完成された瘴気爆弾や瘴気の計測値が大きく一般的な聖職者で浄化が難しいと判断された物は、神託の聖女様と特務部隊が対応し、それ以外の雑多な物は教会が派遣した聖職者と魔獣討伐隊が対応する事となった。小さな欠片は数が多く、撒かれた範囲も広かったため、テロ事件発生時に作成された神託の聖女様の使用する羅針盤型の魔道具の劣化版を支給された、瘴気結晶の処理をする浄化が行える聖職者一名に、魔獣が発生した場合の討伐及び浄化中の聖職者の護衛のための魔獣討伐部隊の隊員数名で一班を編成し、班ごとに担当地区を割り当てられ、事後処理を行うこととなったのだ。その遠征からようやく帰ってきた。自分の担当区域は国境近くで王都から酷く離れていたためか、戻るのが一番遅かったようで、他の班に編制されていた仲間は休みが合わず、一緒の班で遠征に出ていた仲間は久しぶりの王都帰還にまず家族の元へ顔を出すことが先決で、家族もなく尋ねる相手もいない俺は一人で飲みに出たのだった。まぁ、明日仕事がある連中も、誘えば乗ってきただろうが、自分自身が少し一人で浸りたかったのもあって、強く誘うようなことはしなかったのもある。

 現在の王太子妃殿下のご実家である、グランベール辺境伯領で起きた魔獣の大量発生から瘴気爆弾による連続テロ事件にかけての間、魔獣討伐部隊の出動件数は過去に類を見ないほど多く、多くの仲間が死んでいった。忙しさは以前から緩和していたが、残された瘴気爆弾の処理も終わって、ようやくあの怒濤の日々から解放された気がした。そして、事後処理の遠征から戻ってきて耳にした噂話しと、その噂に、お貴族様のやることはえげつないと言って眉をひそめる仲間達の様子に、自分も胸の内に不快感と苛立たしさが沸いてきて、どうにもならない気持ちになった。だから、一人で酒を飲みたくなったのだ。誰かと一緒に飲んでしまえば、口に出してはいけない言葉を吐いてしまいそうで怖かった。一緒に飲んだ誰かも口が滑ってしまい、とんでもないことをやらかしそうで怖かった。だから一人が良かった。一人で良かった。例え酒を飲んで口を滑らせ、それが聞かれては困る誰かの耳に入ってしまったとしても、元々孤児で親兄弟もなく、縁がなく所帯も持っていない、天涯孤独な身の上の自分だけなら、姿を消しても嘆き悲しむような相手はいないから。ただでさえ死傷率が高く、離職率も高い職場にいるのだ、仲間達との距離はほどほどで、いつ誰がいなくなっても、そこまで深く悲しむほどの関係性は誰にもない。それが気楽で、それくらいが丁度いい。誰かの死や消失をいちいち嘆いていたら、心身共にやられてしまう。深く関わらず、ほどほどの距離でいるのが良いのだ。今も、以前も、これからも・・・。そう考えて、頭の中にチラリと一人の女性の姿が思い出されて、少しだけ胸がチクリと痛んだ。


 自分が住んでいた魔獣討伐部隊の寮に彼女が現れたのは、かれこれ二十年近く前のことだったろうか。当時の彼女は、まだあどけなさの残る少女の様に見えたのを覚えている。

 通いの使用人しかおらず、その通いで来ている寮の使用人は朝夕の食事の準備と共有スペースの掃除しかしないため、基本的に自分のことは自分でするのが当たり前。洗濯も、魔獣討伐部隊全体の洗濯係は存在しているものの、それを利用できるのは数少ない貴族席を持つ隊員達だけで、平民の隊員や、末端貴族と呼ばれ他の貴族席を持つ隊員から貴族扱いされていないような隊員は、自分で行うことが当たり前だった。そんな所に、彼女は住み込みの使用人としてやってきた。口も態度も悪い、ついでにあまり素行も良くない男どもしかいない魔獣討伐部隊の寮に、俯き気味で陰気そうな印象ではあるが、よく見ると可愛らしい顔立ちをした美しい少女が住み込みで働きに来たのだ、それはもう格好の餌食になるのは当たり前で、心身休めるときなど彼女にはなかったことだろうと思う。

 ただ、幸か不幸か、彼女は、その年に王国軍に入隊し、魔獣討伐部隊に配属された、サンジェスト公爵家子息の専属使用人の様なものだったため、目立った暴力を受けるようなことはなかった。筆頭公爵家の子息のくせに魔獣討伐部隊に配属されるなんて、よほど問題のある人物なのだろうと誰もが理解していた。そして、異例の使用人を連れての入寮。実際に子息が入寮する前は、公爵家のドラ息子が実家の権力を使って自分の女を連れ込むのだろうと思われていたので、最初の内は誰も彼も彼女のことは遠巻きに見ているだけだった。だが、蓋を開ければ、彼女に対する子息の扱いは酷く、彼女が必死に子息を止めたり、起こした問題の後始末に追われているのを見て、彼女は問題行動の多い子息に実家が付けた使用人兼娼婦なのだろうと結論づけるのは早く、隊員達の彼女への態度もそれに伴い悪化した。いくら子息からの扱いが酷くても、公爵家が子息に付けた使用人。流石にバカな俺たちでも、そんな娘に手を出せばどうなるかなんて明白で、ただ主に大切にされていないのだから雑に扱っても構わないだろう、ちょっとくらいちょっかいをかけたって構わないだろう、という認識がされただけで、寮の隊員達から彼女が酷い暴力を受けるようなことはなかったが、若い娘が置かれる状況としては最悪だったことは間違いないだろうと思う。

 寮の壁は薄い。子息が部屋に呼びつけた彼女に何をさせ、何をしていたのかなんて筒抜けで、だからこそ彼女は使用人兼娼婦だと思われていた。

 プライドの高いお貴族様がどれだけ自分が下に見て雑に扱っていたとしても自分の所有物に自分の許可を得ず手を出されたら面白くないと思うのは明白で、それが怒りを買う行為だと気付かなかったのか、俺たちの中でもどうしようもないくらいバカな奴が何人か、自分の相手もしろと彼女に迫って姿を消した。子息がいない隙を狙って彼女に強引に迫ったバカは、帰ってきた子息が彼女の腕に残った手形を発見し激怒した結果、見せしめのように血祭りにあった。多分、静かに消えた何人かも同じような運命をたどっていたのだろう。そんなこともあって、隊員達が彼女に手を出そうとすることはなくなったが、子息は彼女を使用人部屋から自分の部屋に移らせ、囲った。

 そう、態度は酷かったが、子息は彼女を囲っていた。囲って、暴力的に支配していた。彼女が他の男にちょっかいを出されれば、その男を血祭りに上げ、男を誘惑するようなことをした淫乱と彼女を罵り、乱暴に彼女を犯していた。彼女が少しでも他の男に好意的に接せれば、それがちょっとしたやりとりでお礼を述べながら少し笑みを浮かべただけというような些細なことであっても、彼女の腕を掴み自室へ引きずり込んで、彼女を罵りながら彼女に奉仕させことに及んでいた。その全てが、薄い壁を通して寮に住む者達に筒抜けだった。だから、俺たちは、当人達よりずっと、子息が彼女に向ける感情を正しく理解していたと思う。だからこそ、彼女に同情した。とんでもなくやっかいな男に執着され、男の実家の権力の前に彼女を助け出せるものはいないに等しく、逃げることもできない。きっとこのまま一生、彼女はこの男に支配されて生きていくのだろう。暴力的に、尊厳を踏みにじられ、雑に扱われなから、ただ必死に、ひたすらに、この男に尽くして、尽くし続けて一生を終える。それが彼女に与えられ、許された人生。なんて救いのない人生なのだろう。子息が彼女への好意に素直になるか、逆に全く興味がなければ、こんなことにはならなかっただろうに。そう思っていた。好意は子息からの一方通行で、彼女は子息から向けられる感情に気付かず、きっと恐怖の対象でしかなく、子息のことを軽蔑し憎んでいることだろうと思っていた。子息が遠征に出る度に、彼女はきっと、生きて帰ってこないことを望んでいるだろうと思っていた。きっと、毎回心の内では、生きて帰ってきたことにがっかりし、これからも続く地獄のような日々に絶望しているのだろうと思っていた。

 面倒ごとはごめんで、高位貴族に目なんて付けられたらたまったものじゃないと、彼女には関わらないようにしていた俺だったが、いつのことだっただろうか、彼女が一人、子息の隊服を繕っているところに遭遇したことがあった。繕いながら、目立たないところに、刺繍を施していた彼女。それが魔術式だと気付いて、子息を呪っているのかと思って、大人しそうにしていても、いや大人しいからこそこういう方法で報復しようとしているのか?と、興味を持ってしまい、のぞき込んでしまった。そして、彼女が施していた紋が、呪いなどではなく、守護の紋であることが解って、思わず、「あんたはあいつに死んでほしいと思わないのか?」と驚愕のまま聞いてしまったのだ。顔を上げた彼女が「好きか嫌いかでいったら嫌いですが、それでも死んでほしいとは思わないです。」と真顔で答え、少し躊躇いがちに言葉を続けたのを覚えている。

 「逆に、死んでしまったら、自分が恨んでしまったせいなんじゃないかなんて思ってしまいそうで。だから、生きて帰ってきてほしいです。無事で、何事もなく、五体満足で戻ってきて欲しい。わたしは憎いからと人を害する人間にはなりたくないのです。自分の中の嫌な感情に負けて人を傷つける人間にはなりたくないのです。だから。皆さんの無事もいつも願っていますよ。」

 そう真顔のまま言って、視線をまた指先に戻して針を差し出す彼女を俺は、ただ呆然と見ていた。彼女の発した言葉の意味がわからなかった。ただ、子息だけでなく、自分たちも彼女から恨まれていて当然なのだと、ふいに理解した。そして、ふと気がついてしまった。彼女が来てから、魔獣討伐の遠征での死者重傷者の数が格段に減っていることを。そして、意識して観察すればなるほど、寮いたるところに、彼女の魔術が施されていて、自分たちはその恩恵をあやかっていたことに気がついてしまった。至る所に置いてある備品にかけられた高度な魔術。寝具に施された疲労回復の術式、薬瓶に施された中身の効能を落とさないための保護魔術、傷の手当てをする布などには治癒効果を高めるための魔術的処置が施され、他にも調理器具や細々としたものまで、至る所に彼女の痕跡を見つけた。そこに、彼女の人柄を見たような気がした。

 「憎いからと人を害する人間にはなりたくない」「自分の中の嫌な感情に負けて人を傷つける人間にはなりたくない」そう言った彼女の瞳は力強い意志が宿っている様で、何よりも美しいものに見えた。いつも淡々とて、誰かに愛想を振ること、微笑むことすらなく、俯き気味で主張をすることのない彼女の、真心に触れた気がした。意識したことのなかった彼女の存在が、初めて形を持って見えてきて、俺はその彼女の高潔さに強く惹かれた。憧れとか憧憬とかそういわれるものと近い、でも、それだけではなく、確実に女性として彼女のことを意識し強く惹かれていた。でも、それを表に出すことはしなかった。相変わらず、手を伸ばすことも、話しかけることさえしなかった。不必要に近づかず、彼女が置かれている状況から目を逸らし、耳を塞いで、彼女の人生はこれからもずっとこんな形で一生続いていくんだろうなと、ただ心の中で哀れんでいた。良くなることもないだろうが、それより酷くなることなどないと思っていた。なのに・・・。


 下町の飲み屋街に向かっている途中、不意に声をかけられて振り向いた先に、今し方思い出していた人物がいて、俺はうんざりしたような気持ちになった。

 サンジェスト公爵の三男。現在は子爵位を譲られて、サンジェスト公爵家子息ではなく、サンジェスト子爵家当主となった、ファリアス・サンジェスト子爵。今一番会いたくなかった人物。

 端から見れば高位貴族らしく選民意識の塊のような振る舞いをするこの男だが、実際は貴族らしくない平等さを持った奴だということは、短くない付き合いの中でよく知っている。この男は、王族だからと敬意を表さないし、かといって平民貧民だからと見下しもしない。人間性も噂できくほど悪くはないと知ってる。ただ、甘やかされて育ったせいか傲慢で、他者への気遣いができず、捻くれていて素直じゃないなく、周りに八つ当たりばかりする、そんな大人になれずに中身が我が儘な子供のままでいただけの奴なんだと思う。彼女のことがなければきっと、昔同じ部隊にいて寝食を共にした仲間だと親しみを覚えていただろう。多分、こいつは自分をそれなりに親しい間柄だと認識して声をかけてきていると思う。実際、魔獣討伐部隊の同じ寮で過ごし、あの頃は他の連中と同じくらいには親しく過ごしていた。こいつは、意外と勤勉で能力は高く、使命感をもって職務に当たる真面目さもあり、自分とそれ以外の戦力を見極め適切な采配をする冷静さも持っていれば、不必要な死者を出さないために他の兵を庇い自分が前に出て一番危険な役割を担うような果敢な男気も持ち合わせている男なのだ。自分が高位貴族だとか、相手が平民兵だとか関係なく、自分が動いて犠牲が抑えられるのであれば、聞くに堪えないような罵倒しながらも庇って助ける。そうやって戦場でこの男に助けられた兵士は多い。自分も、何度も助けられた。付き合いが長くなれば、不器用で捻くれているだけで悪い奴じゃないことは解った。だからこそ、その他の仲間達と同じように気を許して、気安く接するようになった。確かに、こいつはかつて俺たちの仲間だった。女からしたら女の敵のような男だっただろうが、男からしたら憎めない奴で、貴族の嫌らしさのない、貴族にしては話しのわかる良い奴だと思っていた。彼女のことに触れさえしなければ、付き合っていくことに苦痛のない相手だった。こいつが神託の聖女様と婚約し、彼女を切り捨てるまでは。彼女を切り捨てて、まるではじめか存在しなかったもののように振る舞う姿を見て、あぁやっぱりこいつも貴族なんだと思い知った。俺たちとは相容れない。下々の者のことなんて、同じ人となんて思っていなくて、自分勝手におもちゃにして使い潰して、使えなくなったら、いらなくなったら、ゴミのように捨ててしまうような、そんな貴族らしい貴族だった。そのくせ、こうして気軽に声をかけてきて、普通の仲間のように、友のように接してきて。本当に、反吐が出そうだ。


 高位貴族の子息に執着されて囲われている女なんて、触れようとするだけで首が飛ぶような、自分とは生きている世界が違う存在で、手が届くわけもないし、掻っ攫うなんてできるわけがないから諦めた。

素直になれず不器用で態度が酷く扱いも酷いものの、こいつが彼女のことを特別に想っているのが解ったから、あいつなりに気にかけて周囲から護っていることに気がついていたから、彼女にとっては不幸でも、そこら辺に転がっている最悪よりはだいぶましだと思って、彼女の不幸から目を逸らし耳を塞いで知らないふりを決め込んだ。

 貴族の都合で政略結婚しなきゃいけなくなったって。こいつが彼女を手放すなんてないと思ってたから、どっかに隠して囲われて、それまで通りこいつの腕の中におさめられてるんだと思ってた。そうであって欲しかった。辺境伯領での魔獣の大量発生に伴う遠征で死にかけて、奇跡的に五体満足で生きて帰ることができて、あの時、こいつは、ようやく素直になることを決めて、今までのことを謝罪して彼女と向き合うと言っていたから。だからこそ、彼女はちゃんと幸せになっていると思っていたのに。こいつを受け入れて囲われることを選んでも、こいつを拒絶して離れることを選んでも、こいつはちゃんと、彼女と向き合って、彼女が望むようにしてやったのだと、その上での今なんだと、信じたかった。信じていたかった。今流れている噂なんて嘘なんだと思いたかった。


 誘われるがままサンジェスト子爵と一緒に、下町の飲み屋街の店で酒を交わした。

 貴族様が来るような店じゃないのに、相変わらず気にした様子もなく、こちらの敬意もへったくれもない雑な言葉遣いをとがめることもなく、普通の仕事終わりに一杯やりに来た仲間同士のような雰囲気で席に着き、注文をし、酒を飲む。

 こちらが水を向ける迄もなくペラペラと仕事の愚痴を吐くように、聞きたくもない、聞くに堪えない暴言が、目の前の男の口から次々に止まることなく吐き出されていく。その表情から、声音から、本気でこいつがこれを言っていることが解って、腹の底から怒りがふつふつとわいてきて、耐えきれなくなって、思わず持っていたジョッキをテーブルに叩き付けて、目の前の男に「あんた本気でそれ言ってんのか?」と言っていた。そして、魔獣討伐部内の仲間達が言っていたことをさも自分がそう思っていたかのように、ところどころ言葉を濁しながら吐き出した。俺は、信じていたかった。あいつらの言うことはただの憶測で、本当は違うって、あの娘はこいつに恋われて、自分が幸せになれる選択をしたんだって、思っていたかった。だけど違うことがはっきりしたから、はっきりしてしまったから、目の前の男を責めずにはいられなかった。

 王都に戻ってきて、彼女が火炙りにされたという噂を聞いた。こいつが、聖女様と婚約する際に邪魔になって捨てた女と今になって予期せず再会して、聖女様や教会に気取られないように、他人の振りして犯罪者扱いし、必要以上に厳しく責め立てて、処刑場に送って火炙りにしたという噂だった。噂では、彼女は辺境で一人こいつの子供を産んで育てていて、その子供はこいつそっくりの顔をしているらしい。実際に、王都で子供の姿を見たという仲間もいて、眼鏡でぱっと見印象が違うものの、よく見ると瓜二つでビックリしたと言っていた。彼女を火炙りにして殺しただけじゃなく、子供も一緒に殺そうとしただとか、信じられないような内容の噂を沢山、面白おかしく、または怖々と恐怖を煽り注意を促すように聞かされて・・・。

 噂話は概ね真実なんだろうなと思ってた。だけど、真実であって欲しくないと願ってもいた。なのに、目の前の男が噂が嘘ではないと肯定してくる。ただ、わざとではない。策略を持って彼女を処刑場に送ったわけではない。ただ本気でこいつは彼女を犯罪者だと思って、彼女と自分との間にできた子供を犯罪者の子供だと思って、本気で憤って、罰せたれて然るべき対象だと、罵っている。つまりこいつは彼女の顔を覚えていなかったんだ。あれだけ執着していた相手なのに、こいつの中で彼女はとうに過去の人で、顔も忘れてしまうようなどうでも良い軽い存在に成り下がってしまっていて。つまり本当に、あの時、こいつは、彼女をゴミのように捨てて、そして自分の中から消してしまったんだ。聖女様と一緒になるために。一部記憶喪失なんて噂もあったが、そんなものは嘘だろう。そんな都合良く、彼女のことだけ忘れるなんてありえない。

 何で俺は、彼女の人生があれ以上酷くなることはないと思い込んでいたのだろう。こいつが改心したから、きっと、幸せになっているなんて思っていたのだろう。実際は、腹に子供がいる状態で捨てられて、その挙げ句、何の罪も犯していないのにかつて自分を飼い殺していた男に捕まって、犯罪者のように扱われて、処刑場に送られた。

 こいつの話しの通りなら、彼女は死霊となって復活をはたしたのだろう。そして不穏な言葉を残したというのなら、「憎いからと人を害する人間にはなりたくない」「自分の中の嫌な感情に負けて人を傷つける人間にはなりたくない」と言っていた彼女はもういないのだ。その信念さえ保てないほど、彼女も限界で、ついに壊れてしまったんだ。あんなに高潔で慈悲深く美しかった彼女が、人に害意を向けるというのなら、それはきっと神罰のようなものとして受け入れるべきなのだろう。俺は、ちゃんと解っている。この男だけを責められない。結局、彼女の不幸を見て見ぬ振りをし続けた俺も同罪で、同じく彼女に罰せられるべきなんだ。

 彼女をそこまで追い詰めたこんな国なんて滅んでしまえば良い。彼女がそう望むなら、俺も含めて全部、全部纏めて滅んでしまえば良い。そう思った。

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