ファリアス
「くそっ。」
思わず苛つきが口からこぼれてしまい、眉間を指でもみながら天井を仰ぎ大きく息を吐いた。
瘴気爆弾テロで散蒔かれた瘴気結晶爆弾のうち最後の一粒と思われる未爆発の瘴気結晶の浄化に失敗して暫く。死んだと思われていたテロリストが現れ、瘴気結晶を宿した人物と共に消え去ったことで、現在自分が所属する特務部隊はあちらこちらから突き上げを食らっている状態だった。
瘴気結晶を埋め込まれた人物は、国王と貴族院相手にあり得ないような内容の魔法契約を結ばせ、それを対価に浄化の炎という最上級の浄化魔術を組み込まれた処刑具で火あぶりの刑に処されることを了承した。実際に、処刑は実行されたものの、浄化の炎はその人物を焼き尽くすことはなく、体内に埋め込まれた瘴気結晶を浄化することもできず、みすみすあのテロリストに持ち去られてしまったわけなのだが。なぜか、処刑が未遂に終わったにもかかわらず、交わした魔法契約はしっかりと発動し、処刑されるはずだった人物の息子には一切の手出しができなくなっていた。瘴気結晶を埋め込まれた人物は死んで、その死体を何か別の意思が乗っ取って動かしているという話になってはいるが、そんなことがあるはずがない。なにかからくりがあって、最初からあの女はテロリストの仲間だったに違いない。そして、自身の弱みになる息子の安全を確保した上で逃亡し、あのテロリストと共に何か大きな企てをしているに違いないのだ。
あの女の近辺を洗えばあのテロリストとの繋がりが出てくるかと思ったが、あのテロリストが活動をし始める少し前に辺境にある村に住み始めたということしか解らず、辺境の村に住み始めて以降は村から出たこともなければ怪しい動きをしていた情報も何も得られなかった。きっと、村に来る前に繋がっていて、テロが始まる前に安全な地に移住し何食わぬ顔で生活していたのだろう。なんとも面の皮が厚い女だ。きっと息子もあのテロリストか、自分たちが把握できていない仲間との間の子供で、犯罪者の両親を持つ穢らわしい存在のくせに、そんな者を国が貴族が護って、大切に扱って、将来を、生活を保障してやらなければならないなんて、なんて悍ましく、苛立たしいことだろう。
平民は各地域を治めている貴族が管理しており、生まれた領の外へ移動ないしは引っ越しをする際は、その土地を治めている貴族の許可がいることになっているが、あの女が辺境の地にたどり着いたのはちょうど魔獣の大量発生が起きて辺境で多くの難民がでてあちこちに流れた時期と重なっており、通常の手続きなく領の移動が可能だった時だったのだ。きっと、それを狙って、難民を装って移住したのだろう。どこの領地からあの村に移ってきたのかなどの記録が一切存在していなかったために、あの女の過去を追うことは不可能に近い状態だ。もともと正体不明のテロリストに、過去の解らない女。姿を消した二人の潜伏先の目星を付けたくともなんの手がかりを掴むこともできず、ただ一つ残っている手がかりである息子を尋問したくとも、魔法契約のせいで手出しができない。本当に、苛立たしい。
あまりにも手がかりがないため、あの女の狂言を元に、結界の聖女フェリシアについて、無駄骨似なること前提ではあるが調べてみたものの、やはり手がかりになりそうなものはなかった。確かに、500年ほど前に、結界の聖女と呼ばれていた大聖女候補の女がいたようだが、そいつは大聖女選別の直前に聖騎士見習いの男と共に教会から逃亡を謀り、二人とも教会騎士団に拘束され、当時の規定に則り、鞭打ちの刑に処された後に三日間教会の広場にて磔の状態でさらされた後、当時は存在していた教会が管理する瘴気溜まりに落とされ処刑されていた。当時は、教会に所属する聖職者の逃亡は教会法で最も重い罪の一つとされていたのだ。神の御心を人々に伝え、人々を救う使命を有する聖職者が、神の赦しを得ることもせず責務から逃げるということは、神に背くことであり、死に値する罪であると。現在より戒律が厳しかった時代、現在では考えられないような惨い仕打ちではあるが、かといって、彼の大聖女候補がしたことが許されるかというと、いくら落ちこぼれと呼ばれており大聖女になることはほぼないとしたとしても、許されることではないだろう。大聖女候補にまでなりながら、落ちこぼれと呼ばれるほどほかの候補者との実力差があり、それに嫌気がさしたのか、男に縋って誑かして、聖女としての責務からも逃げだそうとした愚かな女。それが教会に残された記録に綴られた結界の聖女フェリシア。そんな歴代聖女の汚点と言っても過言ではないような女を騙るなど、頭がおかしいとしか思えない。あのテロリストと一緒に、500年前の愚かな大聖女候補と聖騎士見習いごっこでもしていたというのだろうか。そして記録に残されたあの処刑が不当であるとでも主張した結果のテロだったのだろうか。約束を守らなかった国と教会、テロリストが発した言葉の意味は、あの女がしたように教会騎士団に捉えたれた後、国と教会に対して何らかの取引をしており、それが反故にされみすみす処刑されたということだったとか?その意趣返しに、わざとあの女は自分たちに捕まり、とんでもない内容の魔法契約書を作らせ、嘲笑うように自分たちは逃げ延びて契約だけを守らせたと。馬鹿馬鹿しい。事実そう言うことなら、逆恨みも良いところだし、500年も前のことを今更、しかもごっごでこの国の人々を恐怖に陥れ、たくさんの無辜の命を奪ったというのか。赦されるはずがない。なんとしてでもあのテロリストどもの居場所を探し出し、今度こそ完全に滅せねば。
あぁ、あのガキさえ利用できれば。拷問して吐かせる。拷問しても何も出てこなければ、人質にして、痛めつけて、さらして、出てこざるをえない状態にしてやれたものの。きっと子供を利用し痛めつけるなんて事、心優しいリリアは許容できないだろうから、リリアの見えないところで、知られないところでそっと、犯罪者の子供になど生まれてきたことを後悔どころか、生まれてきたことが罪なのだと思い知らせてやるのに。手が出せないなんて、なんて腹立たしい。犯罪者の子供のくせに、膨大すぎるほどの恩恵を与えられて、悠々とぬくぬくと生活できていること自体が烏滸がましい。本当に苛々する。
思えば最初の遭遇時から反逆者の疑いを持つに値する女だった。
瘴気爆弾の反応を追って辿り着いた先にいた女。一見、優しげで無害に見える女だったが、自分たちが瘴気爆弾浄化のために捕縛しようとすると、高度な魔術を巧みに操り抵抗をしてきた。一般人ならとてもできない動きだった。その後の対応も実に冷静だった。急に襲われたから抵抗しただけだと主張し、実際殺傷能力のない魔術しか使用していなかったことからその主張が認められ、その後の調査でテロとは無関係の一般人であることが認められたが、それは間違いだったのだと思っている。あの女は魔術師として優秀すぎて、魔術で操るなど力業で従わせることはできなかった。かといってあの女を討伐しようと戦闘するとなれば、女の中の瘴気爆弾が爆発する可能性があり、女の中に埋め込まれた瘴気爆弾の大きさや瘴気濃度の濃さを鑑みるに、大昔の大災害レベルの魔獣の大量発生が起きてもおかしくなく、それこそ国家の危機となるため、手が出せなかった。
あの女を見たとき、妙な胸騒ぎがして頭の中に警鐘が鳴っていた。あの女が自分を見る目に、警戒と何かを探る色、そして少しの怯えと敵意が滲んでいた。それだけでも十分疑いを持つに値すると思うのに、俺の主張は退けられ、あの女は利用されたものの、運良く瘴気爆弾が発動せず正気汚染の影響を受けず正気を保ち生活を続けていただけの被害者という認定を受けた。俺の勘は正しかったのだ。あの女はテロリストの一味だった。なのに、あの女の手のひらで転がされてこんな結果になり、腹立たしくてしょうがない。
あの女がテロに加担した動機も、今になれば想像がつく。
教会が所有し神託の聖女が現れた際に聖女の魔道具として使用される羅針盤型の魔道具。それは、速やかに浄化が行われるように強い瘴気の発生場所を示すものとだけ世間には知られているが、実際は瘴気汚染が酷く浄化が仕切れなかった場所に結界を張って封じた場所を、強い浄化の力を持つ神託の聖女が現れた際に浄化し正常化するため、その場所を検知するための魔道具なのだ。つまり、神託の聖女が使う羅針盤型の魔道具は、聖魔法による結界で封印された状態の瘴気の塊を見つけ出すための魔道具なのである。つまり、それに反応するということは、テロに使われた瘴気結晶は、聖魔法の結界を纏っていたということ。そのため当初から教会内にテロリストの一味が紛れているのではないかとの疑いが持たれていたのだが、実際は聖魔法の適性がありながら教会に所属していない聖職者崩れがテロリストにいたという話だったのだ。そしてその聖職者崩れがあの女だったのだろう。
結界の聖女を騙るような女だ。きっと聖魔法適性があったものの浄化に対しては適性がほとんどなく、聖魔法で使用できるのは結界魔法くらいで、聖職者になれるほどの実力はなく、そのことで教会を逆恨みでもしていたのだろう。動機としても十分だと思われるが、残念なことにあの女が教会の門を叩いた形跡は見つけられなかったので裏付けはとれなかった。また、一度国が無実無関係と発表した哀れな被害者を明確な証拠なくテロリスト扱いすることはできず、大々的に触れ回って探すことができない事実がまた腹立たしい。
あの女に対する疑念とそれを証明することができないもどかしさ、苛立ちを、俺は所構わず吹聴していた。それに同調する者も多く、同調しない者こそおかしいと思っていた。
特務部隊に移動になる前に所属していた、魔獣討伐を主に役割とする部隊のかつての部下と久しぶりに再会し、飲みに行った時、俺はいつも通りそいつにテロリスト女への腹立たしさを吐き出していた。自分の見解に否を唱えられるなんて微塵も思わず、苛立ちを吐き出して、女に対する罵詈雑言を並べて、女の残した子供に親の罪を償わせたいのに手が出せない苛立ちも全て吐き出して・・・。
「あんた本気でそれ言ってんのか?」
ジョッキを机に叩き付ける音がして、目の前にいる男が、そう苛立たしげに言ってきた。
かつて所属していた部隊は、死傷率も高く平民の兵士が多く粗暴な者ばかり部隊だったので、丁寧な言葉遣いができる者など皆無に等しく、相手が貴族だろうと上官だろうと関係なく皆粗野な態度を崩さない者で溢れていた。その時の態度のまま、一緒に飲んでいた男が軽蔑ともとれる視線を自分に向けてきたことに、俺は不機嫌になり、どういう意味か問いただした。
「あー。あんた。そういえば、辺境の大量発生した魔獣討伐に参戦したあと、一部記憶喪失になってんだったっけか。そんなん都合良く流された嘘だと思ってたけど、あれ本当だったのか?だからそんなこと言えんのか。」
そう言われて、それが何か関係あるのかと苛立たしく思う。
「もしあんたの言うとおり、その女が実際にテロリストの一味だったとしたら、テロに加担した動機は、あんたが原因だと思うぜ。調べるなら、神託の聖女様と婚約する前の自分の近辺調べろよ。あと、その女の息子の顔をよく見た方が良い。あんたの生家に目を付けられたくないから皆黙ってるだけで、一部の人間には知れ渡ってる話しだ。あんた自身がいくら探ろうとしても話は出てこないはずさ。余計なことをあんたの耳に入れて報復されるのを恐れてる。正直俺は、あれだけのことをしてたんだから恨まれて当然だろと思うよ。本当に昔のあんたは酷かった。だけど、魔獣の大発生を生き延びた後、あんたは、あの娘の献身を心から感謝してた。自分が生き残れたのはあの娘のおかげだって、遠征に出立する時にあの娘からもらった護符を握リ締めて言ってた。それまでの行いを酷く後悔してて、帰ったらちゃんと話して関係をやり直すんだと言ってた。だけど、王都に帰った後のあんたの隣には神託の聖女様がいた。俺はあんたがあの娘に振られたんだと思った。あんな態度とってたらそりゃ、今更態度変えられたって受け入れられないよなって。だけど、あの娘が消えて、あぁ、あんたが振られたんじゃなくて、家の都合で聖女様を娶ることになって、あの娘は邪魔になって消されたんだろうと思った。あんたがしたとは思ってない。だけど、あんたの生家がしたんだろうって思ってる。やっぱり貴族様は恐ろしい。あの娘とあんたの関係を知っている人間は皆、あの娘のされた仕打ちに怯えて口を噤んだ。あんたが記憶喪失になったという話しを、嘘だと思いながらも誰も突っ込まなかった。あんたの態度が柔らかくなったことが聖女様のおかげだと吹聴されていることに対し、あんたの性格が改善したから聖女様とうまくやれてるの間違いだろと、思っていても口に出さなかった。いつもの軽口を言う調子で下手に口を出したら、次は自分が消される。そう思って、皆あんたから距離を置いた。あれからすぐあんたが部隊を移動になってくれて、正直皆ほっとしたんだ。今だって、こうしてたまに遭遇してあんたに誘われ酒を酌み交わしても、余計な口を滑らせないように、みんな恐怖しながらあんたと接してる。そんなことも気付かなかっただろ?そりゃ、あんたがいくらその女の素性を調べようとしても何も出てこないさ。あんたの生家が存在を消して、知ってる奴らが皆口を噤んでる。何も出てくるわけがない。そして素性を知っている権力者は、その女がテロに加担することができなかったことを把握しているから、無実無関係の発表をした。そして、女を探ったところでテロに関することは何も出てこないし、出てくるとしたら出てきて欲しくない不都合な真実だけだから、あんたに余計なことをするなと釘を刺しているんだろう。だけど、騙して母子もろとも始末するつもりが上手くいかなかったことが腹立たしくて、あんたが流す事実無根の誹謗中傷は放置しているんだろう。直接手が出せなくても、残された息子が周りから孤立し、あわよくば精神的に追い詰められて自殺でもしてくれないかとでも思ってるんじゃないか?本当に、貴族様のやることは恐ろしくて悍ましい。正直、可能なら息子を引き取ってやりたいと思ってる奴はいっぱいいるだろう。だけど、息子自身には手が出せなくても周りには手が出せるんだ。孤立させ追い詰めるために息子に手を伸ばした者は惨いことになるだろうな。それが目に見えているから。残された息子に同情している者も手が出せないまま見ているだけしかできない。そういうことさ。」
そう語って、かつての部下だった男は酒をあおった。流石にあんたの言い分に腹が立って、何にも覚えていない様子に腹が立って、口を出しちまった。俺も消されるのかね。まぁ俺は孤児上がりで親兄弟もいないし所帯も持ってないからかまわないか。逆に、他の誰かの口が滑る前に俺が言って良かった。なんて、どこか諦めきった様子で呟きながら震える手で酒を次から次に流し入れていく様子に、この男が本気でそれを言っていることがうかがえて、何も言葉が出なくなる。
『お前は死ね。』
処刑所でテロリストに告げられたように聞こえた言葉が頭に甦る。あの時はなぜそのようなことを言われたのか、それがどのような意味なのかわからなかったが、今になってその言葉が明確に自分に向けられた殺意であることを実感してきて、あの時身体を支配した恐怖が甦って、背中を冷たいものが流れた。




