引継ぎ旅(きっかけ)
「おめでとうございます。」
係員の女性は満面の笑みでそう挨拶してくれた。
「ありがとう、本当に嬉しいわ。」
世界の平均寿命が100歳を超えて久しく、その中でも日本人の平均寿命は未だに世界トップを走っている。
そんな中、今年100歳を迎えた記念に申し込んだある企画に見事当選したことを知らされた女性は心から喜んだ。
「では早速ですが、お受け取りまでに行っていただくスケジュールをお見せいたします。」
そう告げた係員が机上に並ぶ大きめのブザーボタンの1つを、腕を弾ませて押すと、ピッピッピピッと軽快なシステム音が鳴り、天井から紙のようなものが舞い落ちて来たかと思うと、目の前に半透明のスクリーンが浮かび並んだ。
「ご当選された、お客様の人生を半永久的に引き継ぐプラン、についての契約とスケジュールはこのようになっております。
文字の大きさを整えますので、少々お待ちください。」
並ぶスクリーンの向こうから、楽し気に文字をなぞる係員の指先が透けて見えている。
「文字の大きさはこれくらいで大丈夫でしょうか?」
びっしりと詰め込まれた小さな文字が拡大され読みやすくはなったが、その量は変わらないため女性は苦笑をこぼす。
「ええ、大丈夫、読めるわ。」
「まずは、お客様から向かって左側が契約条項ですが、これからのスケジュールに関係のある条項としては、
ひとつ、お客様の人となりのデータ化を行う上で、
ひとつ、ご希望の年齢の外見を持つアンドロイド作成にあたって、
ひとつ、お客様のこれまでの人生の思い出のデータ作成を行うにあたって、
ひとつ、お客様がお亡くなりになったあとのアンドロイドの処遇について
などですね。
これらの規約、条件、注意事項の詳細は、今回応募申請された際に確認していただいたものと同じですので、割愛させていただきますね。
次が、スケジュールの時系列です。」
係員が幾つかのスクリーンをスライドさせて、目的のスクリーンで止めると、それには年間の項目とそれに付随する要項が並んでいた。
「ご覧のように、今後行っていただきたい項目や要項が書かれています。」
「年間の項目が分かれてはいるけれど大雑把にテーマがあるだけなのね?」
目を丸くする女性に係員は「はい、その通りです。」と簡潔に答える。
「もっと綿密なスケジュールがたてられているのかと思ったのだけど。」
あまりの大雑把なスケジュールに戸惑い、不安気に目を細めた女性に、係員は白い歯を見せて、中央のボタンを勢いよく押した。
その勢いがまるでクイズ番組の早押しのようだと、女性が目を丸くすると、係員は目の前のスクリーンを指先で摘まんだ。
「さてここで、お客様の負担を軽減する、このサポーターを紹介しましょう。
ここにある契約条項、スケジュールは、こうして丸めて、、、」
指先で摘まんだスクリーンをヒラヒラと振って見せた係員は、今度は両手に包みこんで丸めはじめた。
丸めているように見せているだけで、物理ではないスクリーンからは、紙を潰すようなクシャッとした音は流石に出ない。
ただ、本当に紙を摘まんで丸めているような演出がおかしく、女性は頬を緩ませた。
係員が次々とスクリーンを摘まみ、両手で潰して丸め大きな1つの塊を作り終わると、タイミングを見計らったように二頭身の黒い物体がテーブルの上に表れた。
サーフボード型の乗り物で宙を滑べるように現れたその物体は、ティアドロップ型というよりは、卵を縦長にしたような体の上に、角を丸く滑らかにした横長の長方形を乗せている。
体より大きめのバランスの悪そうなそれは恐らく頭だろうが、体の首元で浮き沈みしているので、固定はされていないよう。
やわらかそうな体にはなめらかな凹凸もあり、その姿形は、まるで子供の落書きから出てきたようにも感じる。
物体には体と頭があるだけで手足が無いところを見ると、ボードは乗り物と言うよりも足のかわりで体の一部なのかもしれない。
両手の平に乗るくらいの大きさのその物体は、丸い黒目を女性に向けた。
「ふふ、目をパチクリさせて、可愛らしいわ。」
先程のブザーはこの二頭身の黒い子を呼び出すためのものだったようだ。
「はい、口を開けて~。」
係員の軽い口調に、黒い二頭身の物体は口を大きく開けてみせた。
「あら、その子、口があるのね?」
「はい、ありますよ。」
係員が丸めたデータを、その大きく開いた口に放り込むと、黒い物体は口を閉じてゴックンと喉を鳴らした。
(喉がどこにあるのか分からないけど)
「はい、データ登録完了です。
黒い円らな目はわかりやすいので割愛しますが、口も耳もちゃんとありますよ。
だから会話もできますし、今登録したデータに従ってこれからのスケジュールの相談にも乗ってくれます。
もちろん、契約違反や許容範囲も事前に教えてくれますよ。
分からないことや困ったこと、迷うようなことも、どんどん相談してください。」
「だから、サポーターなのね?」
「はい、とても可愛らしいサポーターでしょう?
私的には昔見た、どこかの万博の丸っこい体で最初に5色でヌイが売り出された人気キャラのような形が好きなのですが、見慣れるとこの子も満更ではないです。
コホンッ、それはおいといて。
この子、今は黒ですが、お客様の好みに応じて色を変えることが可能です。
黒い色がデフォルトで、お客様の好きな色を見せるとその色に染まってくれるんですよ。
もちろんグラデーションカラーもいけます。
日替わりもOKです!」
グッと親指を立て話を続ける係員。
「それから、AIに取り込むためのデータとするために、お客様の所作、反応を観察する役目もあります。
見ていただいてお分かりいただけるかと思いますが、この下のサーフィン型の土台で、浮遊します。
少し前に某ゲーム社がドローン搭載の自立起動型マスコットを発表したのをご存じでしょうか?
実はそこと一部の技術を専属契約しまして、それを採用しているのです。」
「だから空を飛べるのね。」
「はい。」
じゃじゃーん!と口から効果音を発した係員に広げた両手を差し出された黒い物体は、体と頭を揺らして上手にバランスをとりながら、机の上を浮上して見せた。
心なしか頬を染めているように見える。
「この通り、ゆっくりですが飛行もできますので、お客様の日常を360度あらゆる角度から観察し、データ化してくれます。」
「とても可愛らしいわ。
これからよろしくお願いしますね。」
女性の差し出された手の上に移動した黒い物体は、頭を何度も頷かせている。
「では、話を戻しますね。
旅の課題はこちらになり、先程お気づきの通り、テーマだけがあるかなり大雑把なものとなっておりますので、ルートや具体的に何をするのか等のプランはお客様自身で考え決めていただく必要があります。
ようするに、行先の決まったフリープランだとお捉えください。
ご自身で調べるのもいいですし、サポーターに調べさせるのも自由です。」
「あら、そうなの?
人のデータを取り、後世に繋げるのが目的なのよね?
データ化するための課題を消化するために、旅のプランはスケジュールがびっしりと指定されるのかと思ったわ。」
「いえいえ、個々人の異なる個性を保存しなければ意味がありませんから。
人、と言うよりも、その人の人生を、想いを、残すための企画なのです。
ですので、是非、自分らしくをモットウに、自由に過ごせるプランをお立てください。」
係員はにこやかに話していたのだが、「それよりも、」と前置きすると、神妙な顔つきに変わった。
「大変なのは、過去の記憶データの作成の方なんです。
実は、この項目は一昔前のパンフレットには無かったのですが、やはり、より人間らしくを考えると必須条項となりまして。」
「過去の記憶データ、ということは。
思い出ということね?」
「はい、その通りです。
ひとつ、お客様のこれまでの人生の思い出のデータ作成を行うにあたって、のことです。
思い出と言うのは思い出すと言う行為があって成り立ちますので、その思い出す元が必要となり、有ればあるほど有益です。
ただ、やはりそれを作ることが大変で、もう、ね。」
くだけた態度で係員は肩をすくめている。
「ビデオにとっているものがあれば、それを利用し、あとは日記を見たり、過去のメモや、もし家計簿をつけられていればそちらも参考にして頂いて、出来るだけ一人で思い出していただく必要があります。」
「家族に聞いちゃダメなの?」
「はい、出来ればおひとりで。
思い出、ですので正確でなくても大丈夫なのですが、その思い出す過程で他の人の介入があると、思い出が修正されてしまう恐れがあるのです。
あの時はああだった、いえいえ、こうだったわ。
なんて言い争いにもなったり。」
係員は、セリフごとに表情を変え、体の向きや手足の動きを変え、その様子は一人芝居そのもの。
「ふふ、ふふふ。」
係員の様子に女性は思わず笑いを漏らした。




