引継ぎ旅(いつか)
女性の穏やかな瞳が揺れ眉間と目尻に皺を寄せたのは、係員とのやり取りから後日の作業を思い出したからだ。
「どうかされましたか?」
女性の表情の変化に気づいた年配の男性が声をかけると、女性はほんの少し首を揺らし、隣に座る二十歳の自分を見つめた。
「一番大変だったのは、やっぱり自分の記憶の再現だったの。」
「記憶ですか?」
「記憶と言うか、思い出ね。
最初は自分のことだから簡単だと思っていたのだけど、データ化するにあたって、ようは再現ドラマを作らなくといけなくて。
正確でなくてもいいとは言われたのだけど、データ化となると、うろ覚えていることの補間がたくさん必要で。」
「えっ?そんなことまでするんですか?
再現ドラマなんて、誰かに見られたりしたら恥ずかしくないですか?」
驚いて口走ってしまった若い男性を年配の男性が目を細めて諫めた。
「申し訳ありません。
こいつが失礼なことを。」
「ふふ、いえ、いいの、そう思うわよね。
私の思い出として、二十歳の姿の私の中にあるだけで、他の人には見れないから大丈夫らしいの。
再現ドラマと言っても、通常のプレイヤーで見られる形式では無くて、似たシチュエーションがあった時に過去の記憶として想起できるようにするのですって。
それをプログラムに含める?とサポーターが教えてくれたの。
実は、よく分かってないのだけど。」
下げた頭をあげた若い男性は、「そう言えば、」と、ポンと手を合わせた。
「聞いたことがあります。
性格や嗜好、思考のアルゴリズムや意味記憶はインプットできても、人間の過去のエピソード記憶のインプットは難しいと。
脳をそのままコピーできたとしても、その時の感情による体や心臓で感じる痛みはコピーできないとかなんとか。
脳のコピーなんて、それこそ神業でしょうけどね。」
「ふふふ、詳しいのね。
だから、二十歳の私は、今の私からヘルスケアデータもとっているのよ。
体調の他に、感情で左右される体や心臓の痛みも脳物質の変化からわかるらしくって。
これもサポーターから教えてもらったことの受け売りなのだけど。」
「ほお、そうなんですか?」
「なるほど、そんなこともデータ化してるんですね。」
二十歳の女性は、視線を向けられた男性それぞれににそっと会釈を返している。
年配の男性が空になった湯飲みを高齢の女性から受け取って、目の前に広がる茶畑の坂の下に視線を移した。
「ほら、あの方、あそこで観光客にお茶を振る舞っている方がいらっしゃるでしょう?」
「あの、茜だすきをかけた着物の方かしら?」
「そう、その方です。
ここだけの話ですが、あの方は記憶を引き継がれた方なんですよ。」
年配の男性はいたずらを告白するように笑うと、人差し指を口元にあてた。
「オリジナルの方は数十年前に亡くなられたのですが、同じように茶を摘み、作り、入れ、その技法や製法、入れ方を伝えていらっしゃるのですよ。」
「まあ、そうなの?」
高齢の女性と二十歳の女性は同じように目を丸め、年配の男性の視線の先の女性を見つめた。
「しかも、失敗談なんかも交えて、本当に楽しそうに、時には悲し気に、時には怒っているように。
しかも、あの方、引継ぎ2代目なんです。」
「えっ?」
「技術の進歩が速くて、新しく改良されたシステムやハードが次々と出てくるので、部品の交換ができるうちは本体そのまま継続するのですが、20年もたてば新しい部品に対応できなくなって。
先ほども言いましたようにオリジナルの方はすでに亡くなっていますので、引き継ぐと言っても記憶部分だけを移す作業でした。」
年配の男性の瞳に複雑な感情が見て取れ、高齢の女性はそっと息を吐いた。
「そうよね。
まだ、アンドロイドがアニメの中だけの話だった頃でも、体だけを変えると言う想像はありましたものね。」
高齢の女性は、若い女性からまだ冷めたお茶の入っている湯飲みを受け取ると、「アニメの中だけ?」と首を傾げる若い男性に渡した。
「でも、あの方を見ていると、私も申し込んでみようかな、と思ったりもするのですよ。」
店奥に湯飲みを下げに行く若い男性の後ろ姿を見送った年配の男性は、再びいたずらな笑みを見せ、片目を閉じた。
「部品がどうのってのは、これからの世代が考えてくれることだと思いますし、そんなこと知ったことじゃありません。
それよりも私はこの町を守りたいと守らせてもらいたいと思っておりますので。」
「まあ、ふふ、そうですよね。
自分がそうしたい、そう思わずにはいられない。
だから、この企画は人気があるのですものね。」
店奥から戻ってきた若い男性が、高齢の女性と年配の男性が微笑み合う姿を目にして、不思議そうに口を開いた。
「あの、あの人はもう、それ以外の人生?の選択は無いので、先ほど言われていたアニメのそれともちょっと違う気がします。
例えば、他のことをやってみたいとか、アニメだと体を変えるのも切望?から?
自分が死んだ時点を永遠に継続するみたいなこととは違うような。
うまく言えないんですけど。」
片手に自分が絵つけた湯飲みを持ったまま腕組みをした若い男性は、何かうまい言葉はないかと頭を悩ませている様子だ。
「私たちは、アルゴリズムでは解決できない非効率さも、きちんと学ぶことができます。」
口を開いたのは二十歳の女性だった。
「効率的で洗練された技術も、非効率ですが独自の手仕事も、きちんと伝えられると思います。
そこに、オリジナルの方の長い人生で培われた想いもきちんとのせて。
だから、安心してください。」
「そう、きちんと。
ふふ、そう、きちんと私として伝えてくれるのね。」
二十歳のころの私はこんな表情をして喋っていたのかしら、照れくさい気がするわ
ードーパミンの上昇
「あ、いや、きちんとできないとかそう言うことを言いたかったのではなく、、、。
すみません、また失礼なことを。」
申し訳なさげに頭を下げた若い男性に、高齢の女性は首を横に振った。
「いえ、誤らないで。
多分私もこの人に対して、同じ気持ちを持っていると思うの。
例えて言うなら、幼い自分が夢を叶えたいと思っていた気持ちかしら。
そんな気持ちを持てる心を引き継げたらいいなとは思うのよ。」
女性の言葉に、若い男性は腰を曲げたまま顔だけをあげて叫んだ。
「ああ、あっ、それです、それ。
夢を持つというか、湧き出る気持ちと言うか、それです!
それが無いのはどうなのかと思って。」
若い男性は、照れくさく笑うと背筋を伸ばして顎に手を当てた。
「ただ、どうしてもそうしたい、せずにいられない、と言う想いを感じないんです。
それが悪いと言うのでは無いのですが。」
年配の男性が高齢の女性に向かって、「若いでしょう?」と言わんばかりに微笑むと、女性は嬉しそうにほほ笑みを返した。
ーオキシトシンの分泌
「な、なんでしょう?」
若い男性は年配の男性と高齢の女性の顔を交互に見て、また何か失言したのかと焦りを感じているようだ。
「熱い想いは成長過程の人間の特権、専売特許。
今のところは、それでいいんじゃないかと思うよ。
熱い想いが無くなる訳じゃないが、歳をとると、それよりも無くしたくないと思うことが勝ってしまってね。」
年配の男性にしみじみと語られた若い男性は、遠い山並みを望み息を大きく吸い込んだ。
「そうなんですね、何百年と続いてきたこの町はアンドロイドなんてなくても守っていけるんじゃないかと、ちょっと思ってたんですが。
無くしたくない今の気持ち、を、引き継ぐってことなんですね。」
年配の男性は、小さく照れくさそうに笑いを漏らすと、手にした湯飲みを若い男性に向けて見せた。
「まあ、私の場合は、だけどね。
せっかくここまで上達したんだし。」
「いつか、今の継続だけでは無くて、夢を持って叶える、それも引き継いでくれるのではないかしら。
技術のことは全然分からないから、楽天的な考えだと思うのだけど。」
高齢の女性は二十歳の女性の肩にかかる髪を静かに後ろに流した。
「だから、このお茶を二十歳の私が飲めるようになる頃には、同じようにここに座って美味しいと面白い味だと語ってくれると思うわ。」
「ええ、楽しみにしています。
もし、私が企画に当選したあかつきには、今日の話をさせていただきましょう。
あの時も、面白い味だと言っていただけましたね、と。」
若い女性の目が弧を描き頬を上気させる嬉し気な姿に、若い男性も自分の頬が自然と緩むのを感じた。
「なんか、かっこいいですね。
私もおじさんのような味が出せるように精進しないと。」
坂の下にいた茜タスキの女性と観光客が茶屋にも客がいることに気がついたようで、手を振ってくれている。
「次の課題では、九州にいくんですよ。」
高齢の女性は振り返した手を静かに膝の上に添えた。
「そうですか、是非、また来てくださいね。
お二人で。」
「ええ、是非。
始めて訪れた今日、2度目の訪れ、それに、3度目に訪れたとき、どんな風に私の心情が変わるのか、引き継ぎたいもの。」
「はい、それに、この町の変わらないものや、緩やかな変化も感じていただけたら嬉しいです。」
こうやって、初めて訪れたのにどこか懐かしさを感じさせる長閑な景色、ではなくて、何度も訪れて、本当に懐かしい景色になっていくのね。
「ドーパミンやセロトニンなどの分泌が増加しました。
リラックス状態の範囲は継続しています。
幸福感、懐かしさが感じられます。」
「ええ、その通りよ。
私の気持ちを理解して引き継いでくれたのね。」
高齢の女性に認められ得意げな表情の二十歳の女性を囲んだ三人の人は、目の前の美しい景色にそれぞれの思いを馳せた。
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お読みいただき有難うございます。
先日試飲させていただいたお茶がとても印象的で、その町を舞台に何か書きたいと思ったことがきっかけです。
(ちなみにその町にこじんまりとした木造茶屋はありません。)
拙い表現ですが少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。




