第70話 指導開始
料理長の試食をした日から数日後。
王宮の中庭の一角を借りて、僕は近衛兵団に料理を振る舞うことになった。
料理を出す前に近衛兵団の人たちの顔をチラッと見たが――
うん、ほとんどの人が死んだ魚のような目をしている。
残りの人たちも虚ろな目で小声でブツブツ言っていた。
聞こえてくるのは、
「……俺たちは選ばれた存在なのに」
「鬼だ……異世界の女性は鬼しかいないんだ……」
などなど。
すいません。あなた達のプライドをへし折ったのは、僕の友達です。
「イノータ様、陛下より話は伺っております。何やら教えてくださるそうですが」
声を掛けてきたのは近衛兵団団長、サイモフ・フォン・テネイラさん。
四十代で皺は多いが、歴戦の将らしい貫禄がある。
ただ、顔には疲労が色濃く出ていた。
多分、部下を励まそうと頑張ったのだろう。
しかし効果はゼロと見た。
ここは気を紛らわせてから話をした方がいい。
僕はヴェルデドゥールさんに合図を送る。
彼女は軽く頭を下げ、厨房へ向かった。料理はすでに焼き上がっているので、あとは運んで切り分けるだけだ。
やがてヴェルデドゥールさんが、大きな鉄板に仔牛のような肉の丸焼きを乗せて戻ってきた。
運んでいるのは王宮の使用人たちだ。
近衛兵団の人たちの目の前まで運ばれると、焼けた肉の香ばしい匂いと香辛料の香りが漂い――
さっきまで死んだ魚の目だった皆さんが、途端に目に力を宿し、鼻をヒクヒクさせ始めた。
僕は肉を適当な大きさに切り分け、皿に盛る。
そこへ事前に作って温めておいたグレービーソースをかければ完成だ。
このソースは肉汁と野菜を水で長時間煮込み、灰汁と油を取り続け、トロミがついたら塩と胡椒で味を整えたもの。
料理長にも試食してもらったので、味は問題ない。
皿を受け取った近衛兵団の人たちは「何だこれは」という顔で料理を見つめる。
フォークを渡されて食べ物だと判断したらしく、一人が恐る恐る肉を刺して口に運んだ。
目を閉じて咀嚼し――
「……っ⁉」
飲み込んだ瞬間、目がカッと見開かれた。
そして食いちぎるように食べ始め、あっという間に肉が消えた。
「お代わりをっ!」
皿を持って僕のところへ来て要求してくる。
僕はすぐに切って盛り付ける。
お代わりを受け取ると、欠食児童のようにガツガツ食べ始めた。
その姿を見て誰かが生唾を飲み込み、次々と料理を食べ始める。
「「「「っっっっっっっっっっっっっっ⁉」」」」
あまりの美味しさに全員が驚愕していた。
皿の肉はすぐに消え、「お代わりを!」「こっちもだ!」と凄い顔で要求してくる。
よく見るとサイモフさんまでガツガツ食べてお代わりしている。
……まあ、話は食べ終わってからでいいか。
僕は全員が食べ終わるのを待ち、声を掛ける。
「え、えーと……皆さん。料理は美味しかったでしょうか?」
近衛兵団の人たちは力強く頷いた。
掴みはOK。そろそろ本題に入る。
「皆さんにお話があります。どうぞ楽な姿勢で聞いてください」
そう言うと、皆さんは休めの体勢になった。
椅子を要求されると思っていたので拍子抜けだ。
(まあ、このまま話せばいいか)
僕は話し始める。
「僕はイノータ・ノブヤスと言います。気軽にイノータと呼んでください。さて、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。国王陛下より直々の命令で、皆さんにある魔法を伝授するよう申し付けられました」
その言葉に近衛兵団がざわつく。
子供から魔法を教わるなんて、プライドが傷つくのだろう。
「本当に王の命令なのか?」
当然の質問だ。
「本当です。気になるなら――」
「はい。確かに国王陛下からのご命令でございます」
いつの間にかモリアさんが横にいた。
さっきまでいなかったのに……これが副侍従長の実力か?
モリアさんの言葉で皆は納得した。
「それで、我々にどんな魔法を伝授するというのだ? これでも我々は魔法の適性があり、最低でも二つの魔法を使えるのだぞ」
はい。近衛兵団は魔法適性が必須です。
ジュ―リロさんの調べでは(頼んでないのに調べてくれた)ほとんどが炎と水、少数が風と土。
光と闇はゼロ。
まあ、問題ない。
僕は実演することにした。
「はあぁ、『我が手に宿れ、炎よ。氷よ』」
右手に炎の玉、左手に氷の玉が生まれる。
詠唱は短縮版だ。
これも、エリザさんの家で特訓した成果だな。
それを見ても、近衛兵団は「それくらいなら俺でもできる」という顔をしていた。
「『炎よ。氷よ。交わりて、一つとなれ』」
両手の魔法が合体した瞬間、皆の目が変わった。
「ありえない……」と小声が漏れる。
無色の玉を見せる。
(そういえば名前つけてなかったな……)
仮称のままでは痛いので、考えて決めた。
僕は空へ向けて放つ。
「『我は放つ、無色の波動砲』」
無色の玉がレーザーとなって空へ伸び、雲を突き抜け青空が覗いた。
「「「「………………」」」」
うん、どう反応していいか迷っている。
僕もどう説明するか迷っている。
まさかここまで威力があるとは思わなかった。
悩んでいると――
「「「「……あなたは、神の眷族ですか?」」」」
「はい?」
眷族? 違います。
念話でバズヴに話しかけてきた。
『今の魔法を見ると、正直、我が仕える神に半神にするべきだと進言出来る程の威力だな』
とんでもないカミングアウトが来た。
半神って何?
『まぁ、それは今度話す。ほれ、今はこやつらのことに専念せんか』
ああ、そうだった。
「コホン。僕は神様の眷属ではありません。ただの異世界人です」
「「「「異世界人は皆あんな強力な魔法を使えるのか?」」」」
うーん、どうだろう。僕は漫画やテレビを見ていたからできたけど、他の人は分からない。
「皆さんには、今僕が使った魔法を伝授します。使えるようになってください」
「「「「それは本当か⁉」」」」
「はい。国王陛下からのご命令です。もし使えるようになれば、先ほどの料理をもう一度振る舞います」
皆が生唾を飲み込む。
「さらにこれも差し上げます」
僕が合図すると、使用人が台車を押してきた。
乗っているのはクッキーとロールケーキ。
クッキーは砂糖・バター・小麦粉だけの単純なもの。
ロールケーキもクリームを塗って巻いただけ。
レシピは事前に料理人に渡して作ってもらった。
「どうぞ。手に取って食べてください」
初めて見るので恐る恐る手に取る。
「これは食い物なのか?」と首を傾げた人は、女性使用人とヴェルデドゥールさん達に睨まれ、すぐに黙った。
口に入れると、未知の甘味に驚愕していた。
「もし魔法を完全に扱えるようになったら、これも差し上げます。ご家族や恋人と一緒に食べてください」
近衛兵団は全員家族か恋人がいる(これもジュ―リロさん情報)。
甘い物を持ち帰れば喜ばれるし、一人で食べてもいい。
その際バレても自己責任で。
ここまで条件を出せば、魔法を教えてほしくなるはずだ。多分。




