第61話 戦争が終わって
朝起きて部屋を出ると、エリザさんが廊下で何かしていた。
「何をしているのですか?」
「いえ、何でもありません」
と、言葉を濁していた。
何かあったようだと分かったが、教えてくれないので何もできなかった。
疑問を抱えたまま、僕は朝食を取るため食事に向かう。
すると、エリザさんが教えてくれた。
「あと数日したら王都に凱旋しますよ」
それを聞いて、ようやくかと思った。
荷物は少ないので、城を出る時にまとめれば十分だ。
朝食後、エリザさんが来て「軍議があるから今日は好きにしてください」とだけ言って離れて行った。
急に自由と言われても、どうしたらいいか悩む。
(そうだ。マイちゃん達の様子を見に行こう)
そう思って部屋を出たのだが、階段を降りてすぐ気付いた。
(……どこにいるのか知らない)
戦争中に聞くのも変だと思っていたが、今になって困る。
頭を抱えていると、前方から誰かが歩いてきた。
村松さんだった。
絶妙なタイミングで現れてくれたことに、僕は心の中で神に感謝した。
「イノッチ、おはよう~」
「おはよう、村松さん」
軽く挨拶を交わす。
「村松さんは何でここに?」
「暇だから城を散策してたんだよ。イノッチはこの階に部屋があるの?」
「いや、もう一つ上の階だよ」
「上の階?」
村松さんが怪訝そうな顔をする。
「どうかしたの?」
「イノッチ、この城って六階建てなんだけどね。地下一階、地上五階なの。地下は物置と牢屋、一〜二階は兵士達の階。三階は中級士官、四階は軍団長とその世話係の部屋しかないんだって。五階は見張り台ね」
「なるほど……つまり僕はエリザさんの世話係扱いなのかな?」
「話を信じるなら、そうなるね」
世話係と言われても、実際はエリザさんが僕の世話を焼いている気がする。
「まぁいいや。それより皆は元気?」
「元気を売るほど元気だよ。……一人除いて」
「一人?」
「椎名ッチがね。朝から部屋を出ないんだよ」
「椎名さんが?」
「うん。何があったのか分からないけど、チャンチャンとサナダッチは『ほっとけばそのうち元気になる』って言ってた」
「原因が分からないと対処できないしね。二人の意見も間違ってはいないけど」
「ちょっと不人情じゃない?」
「まぁ、そうだね」
「様子を見に行きたいんだけど……」
「道案内してほしいんでしょう?」
「お願いします」
「ええ~、タダは嫌だな~」
やっぱり何か要求してきた。
「何をしたらいい?」
「今度、あたしにも何か作ってほしいな~」
「何を?」
「甘い物」
直球だな。
「ちなみに何?」
「アイスクリーム」
簡単で助かった。
「王都に帰ったらでいい?」
「いいよ。取引成立だね」
村松さんの案内で椎名さんの部屋へ向かう。
十数分歩いて到着した。
「じゃあ、あたしはこれで」
「ありがとう」
「約束守ってね~」
村松さんが去り、僕はノックしようとした――その瞬間。
ドアが開いた。
「おはよう、猪田君」
「……おはよう、椎名さん」
元気そうだ。安心した。
「心配してくれてありがとうね」
微笑む椎名さん。
そんな顔をされたら、男子に誤解されるからやめてほしい。
「じゃあ僕は――」
身体を向けようとした瞬間。
ムニョン。
椎名さんの胸が僕の腕に当たった。
「えっ?」
「まだいいじゃない。お昼まで暇だから、わたしの部屋でお話しましょう♪」
腕を絡めてくる椎名さん。
笑顔なのに、何故か背筋が寒い。
逃げようと腕を振りほどこうとしたが――
「ささ、入って入って♪」
思ったより力が強くて抜けられない。
このまま連行される――そう思った時。
「あ、いたいた。ノッ君、おはよう~」
「そんな所で何をしてるんだ、ノブ」
マイちゃんとユエの声。
神は僕を救うどころか、地獄に突き落としたようだ。
二人は僕と椎名さんの“腕組み状態”を見て、鬼のような顔になった。
三人が僕を挟んで口論を始める。
宥めようとしても聞く耳を持たない。
今にも戦いが始まりそうだった。
どうしようと悩んでいると、横から腕を引っ張られた。
村松さんだった。
「ここも騒がしくなるし、そろそろお昼だから食堂に行こう」
「でも」
「あんなのほっとけば静かになるよ」
確かにそうかもしれない。
村松さんと食堂へ向かい、一緒に食事を取った。
僕の料理を見て「美味しそう、一口頂戴」と言われたので皿ごと渡す。
「美味しいね。あたしのも美味しいからあげるね」
そう言って自分の料理を一口切り取り、フォークで刺して僕の顔の前へ。
「あ~ん」
フォークが僕の口の前で止まる。
「あ~んは?」
悲しそうな顔をされ、僕は口を開けて食べた。
「美味しい?」
「うん、とても」
恥ずかしくて味は分からないが、そう言うしかない。
村松さんは嬉しそうに笑って食事を続けた。
(あっ、このフォーク……間接キスでは?)
言おうとしたが恥ずかしくて言えなかった。
その後も村松さんは僕に食べさせたりして食事を続けた。
マイちゃん達が食堂に来たのは、僕達が食べ終わった後だった。
村松さんは勝ち誇った顔をしていた。
三人は地団駄を踏み、責任のなすりつけ合いを始める。
騒がしくなったので、僕達は食堂を出た。
<第三者視点>
村松さんが猪田を連れて行った後。
残された三人の間に、重い沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはユエだった。
「この悪趣味女め……とうとう実力行使に出たか」
「そうだそうだ!」
舞華もすぐに乗っかる。
雪奈は腕を組み、冷たい視線を二人に向けた。
「邪魔しないでよ。わたしは久しぶりに猪田君と話したいだけなんだから」
「とか言って、既成事実でも作るつもりだったんじゃないの?」
舞華がすかさず突っ込む。
「ふむ、あり得るな」
ユエも頷く。
雪奈は肩をすくめ、あっさりと言い返した。
「あら、だったらどうなの?」
その挑発に、ユエの眉がピクリと跳ねた。
「お前にノブは渡さん!」
「じゃあ、わたしはいいんだ」
舞華が手を挙げる。
「馬鹿を言え。お前にも渡さんよ、マイ」
ユエが即座に切り捨てた。
「残念。ノッ君はもう、あたしと将来の約束をしてるんだよ。ねぇ、ノッ君――」
舞華が振り返った先に、猪田の姿はなかった。
代わりに、床に一枚の紙が落ちていた。
「……何これ?」
舞華は拾い上げ、文字を見た瞬間、顔が悪魔のように歪んだ。
その変化が気になり、ユエと雪奈も横から覗き込む。
紙には、こう書かれていた。
『イノッチを連れて食堂に行って、先にご飯食べてるね~。
三人は楽しく不毛な言い争いしていてね~。
その間、あたしはイノッチと一緒に楽しくご飯を食べてるから(笑)』
「「「………………」」」
二人は震えていた
怒り、悔しさか、嫉妬の全てを合わせて。
ユエは静かに頷いた。
「ふむ。やはり、あいつもノブを狙っていたか」
ユエは薄々気付いていたらしく、妙に納得していた。
「えええええっ!? あたし、全然気づかなかった!」
舞華が叫ぶ。
「わたしも……」
雪奈も肩を落とす。
ユエは深く息を吐き、二人を見た。
「まぁ、何はともあれ言えることは一つだ」
「だね」
舞華が頷く。
「そうね」
雪奈も同意した。
三人は同時にため息をつき、同じ言葉を口にする。
「「「また、ライバルが増えた……」」」
この瞬間だけ、三人の心は完全に一致していた。




