第57話 これが戦場の空気か
この城に来てから数日が経った。
今日は師団が城内で教練を受けていた。
僕たち戦争参加組は教練に参加していないが、代わりに体力作りとして訓練場を走り回っていた。
本来なら僕も参加しなければならないのだが――
何故か、僕はエリザさんの隣で師団の教練を見ていた。
皆が汗を流しながら頑張っている中、僕とエリザさんは日傘の差された下で椅子に座りながら教練を見ている。
ちなみに、マイちゃん達はこの前の騒動で謹慎をくらい、今でも自室謹慎中だ。
傘を差しているので汗をかくことはないのだが。
(何か、すっごい居心地が悪い)
これで副師団長をしているカドモスさん(さっき知った)が居るなら分かるけど、何故か僕が居る。
正直、何故ここに居るのか分からない。
エリザさんに朝起きるなり「今日は傍に居て下さい」と言われて、ずっと側にいる。
今日の師団の教練は特殊なので、僕が見るのはまぁ分かる。
でも、エリザさんの隣に居る理由が分からない。
「エリザさん、何で僕がここに居るのでしょうか?」
「・・・・・・イノータ殿から見て教練はどうなのか意見を欲しいと思いまして」
「でも、ここじゃなくても良いと思うのですが」
「隣に居た方がよく見えますので」
そう言われたら、そうだけどさ。
今日の教練は、僕が前に侯爵に頼んだ魔弾銃のバリエーションの一つだから、この世界の人達は使った事がないから仕方がないか。
今回の教練に使っている魔弾銃は、僕が使っていた拳銃タイプではなく、ライフルの形をしている。
僕が使っていたのは試作品という事もあって威力と連射性を重視した物だったが、教練で使っている物は命中率と射程距離を重視した物だ。
その魔弾銃の量産試品を三千丁ほど用意された。
皆、初めて見るので扱いに四苦八苦しながら慣れようと頑張っている。
まだ狙いが甘く、的に当たっていない人が多いが、それでも少しずつ増えてきている。
「狙いをつけて引き金を引けば当たるのですが」
「それです」
エリザさんはそれが聞きたかったとばかりに、頷いた。
「はい?」
「だから、その引き金を引くというのが、わたくし達には難しいのよ」
「引き金を引く、ですか?」
「そうよ。弓を使うにしても魔法を使うにしても、的を目で見ながら使うわ。でも、この銃は違うわ」
違う? 何が違うのだろう?
「この銃を使う時は、照星という物で照準を合わせて引き金を引く、という感じで使うわね」
「はい、そうです」
「その照星というのが、皆使った事がなかったから、扱いに困っているのよ」
そっか。
弓を使う際は目で狙いをつけて構えて弦を引く。
魔法は詠唱をしなくても良いから、目で狙いをつけて魔法を放つだけだ。
だが銃の場合は、照星で狙いをつけて、引き金を引く。
でも、ボウガンとかクロスボウがあるのを見た事があるので、それを似たような物だと思うけどな。
まぁ、使えるようにならないと、この戦に勝てないから慣れて貰わないとな。
そう考えていたら、敵の動向を探っていた人が走りながらエリザさんの元に来た。
エリザさんの前まで来て跪いた。
「ご報告申し上げます。敵軍、我が城から五日ほどの距離にある離れた森にて発見いたしました!」
「数は変わらず?」
「はっ、事前の報告通り敵軍三万です。増援はされていない模様です」
「ご苦労。下がって休みなさい」
「はっ!」
兵士が下がると、エリザさんは立ち上がる。
「皆、聞こましたね。あと五日で敵が来ます。それまでにはその魔弾銃で戦えるようになっているように」
「「「承知しました!」」」
各部隊の隊長が敬礼をしながら答えた。
その檄により、兵士達のやる気が上がったようで教練に熱が入った。
教練の後は軍議が行われた。当然僕もその軍議には参加させられた。
部隊長の意見を聞きつつ、僕の意見も聞きながら、どこを戦場にするか綿密に話し合った。
それが三日間続いて、今回の新兵器の効果を試したい事も考慮されて、戦場は当初から予定されていた平原に決まった。
次の日、斥候から敵が城の近くの平原に到達すると報告を受けて、エリザさんはすぐに進軍準備を始めた。
その日のうちに先遣隊一万が出発できた。その後に二万の兵が続いて出発した。
一日跨いで、漸く残りの軍が出発できた。
僕達は後続の軍に混じりながら、これから行く戦場に思いをはせる。
戦場に近付く度に、肌がピリピリしてきた。
「これが戦場の空気なのかな?」
初めて実戦訓練よりも怖いと思えてきた。
怖くて体を震わせていたら、僕の肩を叩かれた。
振り返ると、カドモスさんが僕の肩を叩いていた。
「大丈夫です。戦場は初めて向かうので怖いかもしれませんが、肩の力を抜けば存外生き残れるものですよ。わたしはそうでしたから」
これから戦場に行くのに肩の力を抜くとか、かなり難しい注文だな。
そう思っても、顔には出さず苦笑して何も言わない。
予定されていた戦場に着くと、先に出発していた先陣が陣を敷いていた。
敵はまだ戦場に到達していないようだ。
「敵が来る前に到達できましたね」
「ええ、どうやら間に合ったようですね」
カドモスさんはほっとした顔をしている。
「カドモス。ほっとしている場合ではないわ。敵が来る前に軍議を行うから、各部隊長に本陣に来るよう伝令を出して下さい」
「はっ、ただちに」
カドモスさんはそう言って何処かに行く。
「僕は何をしたら良いでしょうか?」
「そうですね。イノータ殿はお仲間に今日の作戦の事を話してきてください」
「作戦ですか。でも今回の戦の作戦って言っても、僕達の活躍がないのでは?」
何せ後方で待機しているだけだ。
今回の戦は新兵器のお披露目も兼ねているので、僕達が活躍する所などない。
「戦場で一番恐ろしいのは、言う事を聞かない味方と言いますから」
ようするに、戦場に初めて出て来る僕達は自分達の実力も分からず、勝手な行動をとるかもしれないから、今回の作戦の趣旨を話して理解させろという事か。
「……ああ、成程。分かりました。僕達は戦場に参加するなという事ですね」
「そうよ。そっちの取り纏めはお任せします」
エリザさんは本陣に行ってしまった。
(取り纏めか、どうしよう……)
自分で言うのも何だが、僕はクラスメート達には好かれている印象がない。
多分、僕が言っても皆聞いてくれないだろう。
ここは僕の代わりに誰かに言ってもらったほうがいいな。
「でも、誰にしよう?」
僕の話を聞いて皆を纏める事が出来る人と言えば――
マイちゃんとユエも駄目だ。人に説明するのが下手だ。
「残っているのは、村松さんと椎名さんか」
二人は男女ともに人気があって、話し上手だ。
なので、僕が言った事を皆に分かるように説明してくれるだろう。
「村松さんはいいけど……椎名さんか」
正直、頼み事をしたら何かとんでもない事を頼み込んできそうだ。
別に嫌いになったりはしないのだが、まぁ何と言うか、その。
「重いんだよな。椎名さんのは」
「わたしの何が重いの?」
背後からいきなり声を掛けられ、僕は悲鳴をあげた。
流石に尻餅はつかなかったが、でもかなり怖かった。
「そ、そんなに驚かなくても」
椎名さんがしょんぼりしだした。
声を驚かせてしまったので、傷ついたようだ。
「あ、ああ、ご、ごめんね。いきなり声を掛けられたから、ビックリしたんだ」
「ううん、わたしも脅かそうと思って気配を消して近づいたから、わたしも悪いから気にしないで」
椎名さんも手を振って、気にしないでと言う。
(こういう態度を見ていたら、椎名さんは良い人だと思うんだろうな。きっと)
表の顔は温厚で人当たりが良い人を演じているが、本性は僕の事が好きで好きでたまらない、一歩間違えれば犯罪者になるかもしれない執着性を持った性格だ。
好きか嫌いかと言われたら、好きだと答える。
いずれ元の世界に帰る事が出来たら、この事について話し合えば良いし。
今は元の世界に帰れる方法を探すのが大事だ。うん、そうだ。
「猪田君、どうかした?」
「何でもないよ。それよりも頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事? うん、良いよ何でも言って」
内容を聞かないでそんな事を言って良いの?
と思っていたら、背中に差している二本の大きなナイフを抜いて、刃を僕に見せる。
「で、誰を暗殺するの? この師団の団長? それとも師団の上層部全員? もしくは敵の総大将?」
「いやいやいや、何で暗殺を椎名さんに頼むのさっ⁈」
僕はとんでもない事を言う椎名さんに突っ込む。
「えっ? じゃあ、わたしに頼みって何?」
「……それを今言うから」
僕はエリザさんに言われた事をそのまま椎名さんに伝えた。
椎名さんはそれを聞いて納得してくれた。
「分かったわ。わたしが皆に今言ったように、勝手な行動を取らないように注意しておけばいいのね」
「お願いできるかな?」
「勿論。猪田君の頼みだし、それに勝手な行動を取って軍事行動に支障が出たらこっちに迷惑が掛かるから、皆にはちゃんと言っておくね」
「じゃあ、そっちは任せるね」
いやぁ、よかったよかった。これで一安心だ。
一応、この事を村松さんにも話しておこうと思い、僕はその場を離れようとしたら――
服の裾が掴まれた。
振り返ると、椎名さんが服の裾を掴んでいた。
「まだ何かある?」
「え、えっとね、その……猪田君の代わりに皆に説明するじゃない?」
「うん、そうだね」
「その、猪田君にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「う、うん。聞いてくれるかな?」
上目づかいで僕の顔を見てくる。
ぐっ、そんな顔をされたら断る事も出来ないよ。
「え、えっと、僕に出来る事だったら、いいよ」
「……本当に?」
「あくまでも、僕に出来る事だけだよ」
「うん、分かってる。ちゃんと猪田君が出来る事しか頼まないから」
「なら良いけど。それでお願いって何?」
「それは……城に帰ったら話すね」
「城に?」
「うん、じゃあ、わたしは皆に話してくるから」
そう言って、椎名さんはクラスメート達が居る所に向かった。
僕はその背を見送っていて、ふと思った。
(あれ? これってドラマとかアニメとか漫画とかによくある“死亡フラグ”という奴では?)
今までのやり取りを見ていて思った。
思わず背筋に寒気が走った。
「……前線に出ないようにしよう」
そう思いながら、僕は村松さんが居る所に向かう。




