第58話 リュミエル城の戦い 前
こちらの陣が整い始めた頃、敵が平原へと姿を見せた。
まばらな塊で進んでいた敵は、僕達を見つけると陣形を組み始める。
僕達は後方の丘の上から、その様子を見下ろしていた。
(いよいよ、戦争が始まるんだ)
敵が陣形を整えるのを見ながら、生唾を飲み込む。
ドラマや映画やアニメで戦争を描いた作品は数多くあったが、
この目で“本物の戦争”を見ることになるなんて、クラスメートの誰も想像していなかっただろう。
向こうは陣形を組み上げているが、こちらは動く気配がない。
こちらは部隊を横一列に並べた横陣。
対する敵はV字の陣形――鶴翼の陣だとすぐに分かった。
「横陣に対して鶴翼の陣か。敵はどう攻めるつもりなんだろう」
僕が小声でブツブツと呟いていたら、後頭部を叩かれた。
パコンッという大きな音の割に、痛みはほとんどない。
振り向くと、マイちゃんが立っていた。
「いきなり叩かないでよ、マイちゃん」
「ノッ君が不気味だったから止めただけだよ」
う~ん、そんなつもりはなかったのだけど。
「小さい声でブツブツ呟いてたら、不気味でしょう」
「うっ、確かに」
「もう、それくらい言われなくても分かってよ」
「ごめんなさい」
そんなやり取りをしていると、敵陣が騒ぎ始めた。
陣の中から一騎が前へ出てくる。
人馬族だ。僕達の陣の前まで来ると、何か叫んでいるが、ここからでは聞き取れない。
多分、降伏勧告だろう。
どう対処するのかと思っていたら、こちらからも一騎が進み出た。
赤い髪――エリザさんだ。
遠くからでも分かるほど鮮やかな赤。
何をするのかと思った次の瞬間、エリザさんは槍を構えて駆けだした。
進路上には、先ほど来た人馬族の使者。
使者は腰の剣を抜こうとしたが、その前に槍が胸を貫いた。
ここからでも分かるほどの致命傷。
人馬族の使者は地面に倒れ、エリザさんは血に濡れた槍を掲げる。
こちらの陣から歓声が上がり、敵はその声に一瞬怯んだように見えた。
その隙にエリザさんは陣へ戻る。
怯んだ敵も、すぐに陣形を整え直して進軍を開始した。
味方は魔弾銃を構える。
敵が近づいてくるが、まだ発砲しない。
攻撃されないことに不審がる様子もなく、敵は突撃を続ける。
そして、敵が攻撃可能な距離まで迫った瞬間――魔弾銃が火を噴いた。
マズルフラッシュが鮮明に見える。
第一射で敵の第一陣が大きく崩れた。
後ろの敵も倒れた味方に引っかかって次々と倒れていく。
中には引っかかる前に止まれた者もいた。
第一陣が膝をつくと、後ろの第二陣が魔弾銃を構え、間髪入れず第二射を放つ。
倒れている者も、辛うじて立っている者も、魔弾銃の餌食になった。
それでも敵の突撃は止まらない。
第二陣が膝をつくと、さらに後ろの第三陣が魔弾銃を構えた。
突撃してくる敵はその銃撃を受け、また多くが倒れる。
敵の中に弓を構える一団が見えた。
矢が放たれ、魔法師団へ向かって曲線を描く――が、横風が吹き、矢は風に流されて見当違いの方向へ飛んでいった。
弓兵の一団に、弾込めを終えた第一陣が魔弾銃を向け、一斉掃射する。
敵はまた大量に倒れた。
それでも人馬族は突撃を止めない。
味方の屍を踏み越え、前へ前へと進む無謀な突撃。
多大な被害を出しながらも、こちらの陣に迫ってきた。
あと少しで槍を交える――その瞬間。
地面が沈んだ。
地面が消えたように穴が開き、敵はそのまま落ちていく。
陣の前に穴がある理由は単純だ。
攻撃前に先遣隊が魔法で密かに掘り、幻影魔法で隠していたのだ。
敵が射撃を耐えて陣近くまで来たら落とし穴に嵌める――そのための罠。
矢を放たれても風魔法で逸らし、届かないようにしていた。
迂回しても同じだ。そちらにも落とし穴を作り、魔弾銃三段撃ちができるようにしてある。
だが敵は正面からしか突撃しないので、迂回はしなかった。
「それにしても、敵はどうして正面からの突撃を繰り返すんだろう? もう破れないことは分かっているはずなのに」
「敵がそんなことも分からない脳筋なのかもしれないよ」
「そんな人は指揮官になる資格はないね」
将とは、勝ち戦でも負け戦でも兵士の損害をできるだけ減らすよう努めるべき職務だと僕は思う。
負けるのが嫌で部下に無理な攻撃を命じる人は、将になるべきではない。
味方を余計に殺すだけだ。
僕がもしこの先、部隊を率いる指揮官になったとしても、部下に無理な命令はしないようにしよう――この戦場を見て強くそう思った。
そう考えている間に、戦は終わった。
敵が撤退したのではない。
最後の一兵になっても突撃を続け、全滅したのだ。
軍は進軍を始める。掃討戦を行うらしい。
兵士達が槍を構えて進み、倒れている敵を刺して生存を確認していく。
僕はこれから起こることに、目も耳も背けず向き合うつもりだ。
だって、この惨劇は僕がもたらしたものなのだから。
クラスメート達はこの一方的な虐殺を見て顔色を悪くし、口を押さえてどこかへ行く者が続出した。
僕は自分のしたことの恐ろしさに身体を震わせるが、僕の身体に抱きつく人達がいた。
マイちゃん達だ。
その温かさに包まれ、僕の震えはようやく止まった。




