第51話 ついに、始まったか。
「う~ん、ノッ君の料理、久しぶりに食べるけど……美味しいぃぃ!」
マイちゃんはローストビーフを頬張り、体をくねらせて悶えていた。
その幸せそうな顔を見ると、作った側としては嬉しい。
「ははは、大袈裟だよ。僕の料理なんて、王宮の料理に比べたら全然だと思うけど」
素人の僕より、プロの料理人の方が美味しいに決まっている。
……と思っていたけど、皆はそうでもないらしい。
「いや、この世界の料理も不味くはないのだが、どうも向こうの世界と違って色がな……」
「そうだね。食べ物にこの色は駄目だろってのが多いよね」
青いシチュー、紫のソース、緑色の肉。
言われてみれば、確かに食欲が湧かない色が多い。
ふと見ると、椎名さんが静かだ。どうしたんだろう?
視線を向けると、彼女はケーキを小さく切り分け、そっと口に運んでいた。
その表情は、まるで宝物を味わうみたいに柔らかい。
「~~~~~~~~~」
……綺麗だな。見ているだけで癒される。
僕の視線に気付いた椎名さんは、頬を赤くして顔をそらした。
「そ、そんなに見ないで。食べてる女の顔を見るなんて、失礼だよ……猪田君」
「あ、ごめん」
素直に謝ると、椎名さんは少しだけ視線を戻してきた。
「猪田君って、料理得意なの?」
「まぁ、そこそこかな。椎名さんは?」
「わたしは……それなりかな?」
「そっか。今度、椎名さんの料理も食べてみたいな」
「っ……う、うん。楽しみにしててね!」
ぱっと花が咲いたみたいに笑う椎名さん。
その笑顔に見惚れていると、横から刺すような視線を感じた。
見ると、マイちゃんとユエがジト目で睨んでいる。
「な、なに?」
「べつにぃ。相変わらず、たらしだなって思っただけだよ」
「うむ、マイの言う通りだ」
たらし? 普通に話してるだけなんだけど。
「ねぇ猪田君、このローストビーフのソースってどうしたの?」
椎名さんが黒いソースを見て首を傾げる。
「ああ、それね。屋敷の調味料と肉汁を合わせて作ったんだ」
「へぇ……この味、日本の醤油に似てるね」
「そうだな。こっちは少し甘いけど、ほぼ醤油だよ」
「この調味料、どこで手に入れたんだろう?」
「エリザさんが作ったらしいよ」
その瞬間、部屋の温度が少し下がった気がした。
三人とも笑顔なのに、目がまったく笑っていない。
「エリザさんって、さっき会った人だよね?」
「そう。屋敷に来てから色々世話になってるんだ」
「い、色々と?」
「魔法制御の特訓とか、ほぼ毎日一緒にいるね」
「いっしょに……いるの? あの人と?」
「うん。屋敷で暮らしてるから、自然とね」
三人の顔が引きつっていく。
「「「……敵が増えた……」」」
敵? 何の?
意味が分からず聞こうとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。
入って来たのは、侯爵とエリザさんだった。
礼儀に厳しい侯爵が、ノックもなく急に入ってくるなんて――ただ事じゃない。
「御二人とも、何かあったのですか?」
僕が尋ねると、侯爵は重い声で答えた。
「はい。今しがた王宮から使者が参りまして、我々と皆さまを至急参れとのことです」
「王宮に? 何が起こったのだ?」
僕が問うと、侯爵が口を開いた。
「戦争が始まりました。魔人族を除く全種族が、我が王国へ侵攻を開始したようです」
「「「「なっ⁉」」」」
僕たちは一斉に声を上げた。
戦争はいつか始まると言われていた。
でも、まさか本当に今日とは。
「ついに……始まったんだね」
「ご歓談中に失礼だけれど、陛下の命令で。すぐに同行して頂きたい」
「分かりました。皆、行こう」
「うむ」「はい」
……あれ? マイちゃんの返事がない。
見ると、ローストビーフを凄まじい勢いで食べていた。
「何してるの?」
「むぐ……今のうちに食っとこうと思って……」
「はぁ……早くしなよ。遅れても待たないからね」
「ふぁあはった(分かった)」
僕たちは急いで馬車へ向かった。
皆が乗り込んだのに、マイちゃんだけ来ない。
……やっぱり。
「イノータ殿、そのサナダ殿は……」
「すいません。もう少しだけ待ってください」
「はぁ……分かりました」
「まったく、陛下から至急と言われているのに、遅れたら笑い者だぞ」
「すいません……」
「どうしますか?」
「もう少しだけ待って、来なかったら迎えに行きます
僕が迎えに行こうとした瞬間――ようやくマイちゃんが走ってきた。
頬をパンパンに膨らませて。
「もう、遅いよ」
マイちゃんはコクリと頷く。
喋れないほど詰め込んだらしい。
「ほら、行くよ」
僕はマイちゃんの腕をそっと掴む。
「~~~~~」
マイちゃんは嬉しそうに目を細めた。
馬車に乗り込むと、エリザさんが頬を膨らませたマイちゃんを見た。
「……まるで子リスみたいですね」
確かに、丸い頬はリスのようだ。
「~~~~~~っ」
マイちゃんはエリザさんを睨む。
エリザさんは失言したとばかりに、手で口を抑えるのであった。
はぁ……もっと仲良くしてほしいんだけどな。




