第50話 準備完了、さて、三人を呼ぶとしよう
屋敷に戻ると、厨房には頼んだ物が置かれていた。
僕達はエプロンを着けて、調理に入る。
「さて、久しぶりに作るか」
「今さらですけど、料理の経験はあるのですか?」
「はい、向こうの世界にいた時から簡単な物をよく作ってました」
主に、マイちゃんがおばさんがいない時に「お腹が空いたから何か作って」と言うので、よく作らされていた。
また、その食べる量が凄くて、一人で十人前の料理をぺろりと平らげるのだ。
僕が作る料理も、おばさんが作る料理も肉が中心だ。
本人曰く「肉を食べないと力が出ない」らしい。
(よくあれだけの量を胃に入れられるよね。加えて太らないから不思議だ)
おっと、今はマイちゃんの事よりも料理に集中しないと。
まずするのは、ミルクから生クリームを作る事だ。
この世界では、生クリームの作り方はないようだ。ミルクを煮詰めて作った物をクリームと呼ぶくらいだ。
僕も昔は、牛乳から生クリームができると知って色々と研究したものだ。
結果、牛乳を一晩常温で置きっぱなしにしたら生クリームができるという話があるが、あれは脂肪が多い牛乳じゃないとできないと分かった。
次に「牛乳をかき混ぜ続けたら生クリームができる」というのは嘘だ。かき混ぜる事で牛乳の中に含まれている脂肪がバラバラになって固まらない。
牛乳から生クリームを作るには遠心分離機を使うしかないと、小学生の頃にその考えに達した。
侯爵に遠心分離機を作るよう頼んだ。
魔石を使えば自動で回せるかもしれないが、今回は実験も兼ねて手動で回せる物にした。
出来上がった物は、形で言えばサラダの水を切るサラダスピナーに似ている。
その箱の上と下にはノズルが二つ付いている。
上のボタンを押すと、中が回転する仕組みだ。
「これは何ですか?」
「今、何をする物なのか見せますから」
僕は説明するよりも、何をするのか見せた方が良いと思い、ミルクをその機械の中に入れて蓋を閉める。
そしてボタンを押すと、中の部分が回りだした。その後も何回もボタンを押す。
遠心分離機の原理は、液体と固体を分けるものだ。
回す事で牛乳の脂肪が少しずつ固まり、生クリームとなる。
何回か回したら、回転が止まるのを待つ。
そしてノズルの口の下にボウルを置き、蓋を取る。
すると、二つのノズルから生クリームと生乳がそれぞれ出てきた。
僕は試しに生クリームをスプーンで掬ってみた。
スプーンが触れた瞬間、とろりとした感触が伝わる。
持ち上げると、白い糸が引くようなとろみがあった。
この生クリームは泡立てただけで、綿あめのようなフワフワな生クリームができるだろう。
いやぁ、あれだな。侯爵に何となく使い方を教えたけど、それでこれだけの物が出来るとはな。
あの人、凄い有能なんだなと改めて思うのであった。
「よし、これで生クリームは出来た」
「この白くて粘りがあってスライムのような液体は何ですか?」
「これは生クリームですよ」
「なまくりーむ? クリームだったら、ミルクを煮詰めてトロミができた物でしょう?」
「これは火を通してないのにトロミがあるので、生クリームと言うのです」
「……確かに、火を通してないから“生”ね。ミルクからこんなのが出来るなんて」
「じゃあ、もっと驚く物を見せてあげますよ」
生クリームの入ったボウルを氷水の入った大きなボウルに重ね、泡立て器で軽く混ぜる。
少し混ぜただけで固くなってきた。この世界の生クリームは凄いな。
市販の物ではこんなに早く固くならないぞ。
少し固くなってきたので、砂糖を少し入れる。
ちなみに、この世界では黒砂糖と白砂糖が普通にある。
少しだけ入れたのは、一度に大量に入れると溶けきらない事があり、砂糖のジャリジャリした食感が残るのを防ぐためだ。
砂糖が溶けたら、また少し砂糖を入れて混ぜる。
溶けたら砂糖を入れて混ぜる。
これを計った砂糖がなくなるまで続けた。
「……ふぅ、これで完成だ」
泡立て器を持ち上げると、八分立ての生クリームが出来ていた。
隣のエリザさんが味見したそうに、泡立て器についたクリームをじっと見ている。
僕が手を動かすと、エリザさんの目もそれに合わせて動く。
面白いので、しばらく手を動かして反応を楽しんだ。
「コホン、お嬢様、その生クリームとやらの味見をしたらいかがですか?」
「では」
僕は泡立て器をエリザさんの顔の前に差し出した。
エリザさんは指でクリームを掬い、口に入れた。
「っっっっ⁉」
生クリームを口に入れた瞬間、驚愕の表情を浮かべた。
「なに、これ? こんなにフワフワしているのに、絹のように滑らかで、濃厚だけど甘くて美味しいわ。どれだけ食べても飽きない味だわ。これはっ……!」
エリザさんは頬を上気させながらコメントする。
その様子を見て、使用人達も指で掬って舐めた。
「「っっっっっ⁉」」
生クリームのフワフワした食感と甘みに驚いている。
「こ、こんなものが、この世に存在するなんて」
「わたし、こんな食べ物初めて食べたわ」
凄い驚いてるな。まぁ、遠心分離機がなかったら生クリームなんて出来ないから当然か。
驚いているエリザさんを尻目に、僕は次の工程に移る。
牛肉の一塊を見る。
大きさは僕が伝えた通りだ。
見た感じ、サシはほとんど入っていない赤身の肉だ。
まぁ、日本みたいにサシが入った肉はないのは当然か。
あれは品種改良と脂肪がつくように飼育した結果だ。
この世界では、品種改良なんてしていないだろう。
何年か前に家族で海外旅行して知ったが、日本の牛肉は外国の人には好き嫌いがあるらしい。
聞いたところによると「肉の中に脂肪が入っていると不健康で美味しいのか分からない」「脂身の味しかしない」という人が結構多いそうだ。
僕は日本の牛肉も外国の肉も、それぞれ特徴があって美味しいと思う。
と、また考え事をしていたな。
今はこの牛肉の下ごしらえをしないと。
と言っても、する事は至って簡単だ。
牛肉に塩と胡椒を振り、十分に擦りつける。
切った人参のような物と玉ねぎのような物、そして牛肉に相性の良いハーブをオイルに入れる。そのオイルは、とある果実の種を絞った油だそうだ。
それを聞いて僕は、ブドウの種を絞ったグレープシードオイルに似た物だと思った。
野菜を入れたオイルに肉を入れる。
肉の上に玉ねぎのような物をどっさりとかける。
「後は時々裏返して、数日間漬け込むだけだから、今日はこれで終わり」
「えっ、もう終わりですか⁉」
「はい。下ごしらえは終わりで、後は当日に作れば問題ありません」
「意外に早く終わったわね」
「下ごしらえだけですから、すぐに終わりますよ」
その後、エリザさんが「他に何ができるのか」と聞いてきたので、僕はマヨネーズの作り方と、生クリームを取った後に出た脱脂乳を使ったアイスクリームの作り方を教えた。
皆、マヨネーズとアイスクリームを食べて悶えていた。
準備は完了したし、侯爵が帰って来たら三人を屋敷に呼んでもらうよう頼むとするか。
侯爵に「三人を呼んでも良いですか」と聞いたら「好きに使って構わない」と言われた。
なんだったら「わたしが連れてこよう」と言うので、頼んだ。
そして侯爵が三人を今日の正午ぐらいに屋敷に連れて来ると言うので、僕はその時間に間に合うように料理を作る。
丁度、オーブンに入れていた牛肉に火が通った頃だ。
オーブンから肉を出して、竹串を刺して中心部分の温度を確かめる。
「……よし、中まで火が通ったな」
竹串を刺した所から透明な肉汁がピュッと噴き出す。
これは中まで完全に火が通った証拠だ。
常温でそのまま放置する。そうする事で肉汁が中に閉じ込められる。
「えっと、プリンとケーキはもう出来てるし、肉の方は今できたから、後は来るのを待つだけか」
肉に掛けるソースも出来ている。
エリザさんの作った調味料『名前はまだ無い』を使ったソースだ。
どうやって作ったのかと訊いたら、ブラッグビーンズと言われる黒い豆を煮て絞ると液体が出るので、その液体を湯煎したら出来たらしい。
煮た豆を食べたが、その味は大豆によく似ていた。
「肉はこのまま置いておいていいのですか?」
「はい、少し置いておくと肉汁が安定するので、そのままにしておいてください」
「分かりました」
いやぁ、エリザさんに手伝ってもらって助かる。
一人で全部作るのは大変だったから、手伝ってくれて嬉しいな。
準備が全て完了したところで、使用人が厨房に来た。
「お客様方を乗せた馬車が参りました」
「分かりました、今お迎えに行きます」
「わたくしも行きますわ」
僕とエリザさんはエプロンを脱いで玄関に向かう。
玄関に着くと、馬車が中に入り、玄関の前で停まっていた。
御者が扉を開けると、まず侯爵が降りて来た。
「イノータ殿、言われた通りに連れてまいりましたぞ」
そう言われて馬車を見ると、台が置かれ、その台を踏んでまず降りて来たのはユエだった。
「久しぶりだな。ノブ、元気そうだな」
「うん、ユエも元気そうで何よりだよ」
ユエは笑顔を浮かべながら挨拶する。
普段と変わらない様子に内心首を傾げる。
次に降りて来たのはマイちゃんだった。
「ノッ君、久しぶり! 元気だった? 怪我とかしなかった? 酷い目にあわなかった?」
マイちゃんは僕の身体に異常がないか触れて確かめながら、話す間も与えないくらいのマシンガントークで話しかけてくるので、僕は何も言えなかった。
「う、うん、大丈夫だよ」
いつものマイちゃんだ。見ていて安心する。
次に降りて来たのは椎名さんだった。僕を見て笑顔を浮かべる。
「久しぶりだね、猪田君」
「うん、久しぶり、椎名さん」
「魔法の制御はどう? 上達した?」
「まぁ、それなりかな。皆の所に戻るのは、もう少し先かな」
「そう。ところで、ここで魔法制御の特訓をしてるの?」
「そうだよ。エリザさんが付きっきりで、僕の特訓を監督しているんだ」
僕は振り返り、エリザさんを紹介しようとしたら、不意に寒気を感じた。
顔を前に戻すと、笑顔を浮かべる三人がいる。
(今、何で寒気を感じたのだろう?)
突然寒気を感じたので、僕は首を傾げた。
「紹介は後で良いので、早く屋敷に」
「ああ、そうですね。皆、屋敷に入ろう。美味しい物を用意したから」
「やった! 約束通り色々作ってくれたんだ。ありがとう」
「マイだけではなく、わたし達も呼ばれたと言う事は、わたし達も相伴に与っても良いのか?」
「勿論、その為に呼んだのだから」
「じゃあ、猪田君のお言葉に甘えさせてもらいます」
「どうぞ。まぁ、僕の屋敷じゃないから、こんな事を言うのは変か。ははは」
「お気になさらずに」
「誰か、御客人方を客室に案内なさい」
「かしこまりました。お嬢様」
使用人がそう言って、僕達を案内してくれた。
その案内に従いながら、僕は内心首を傾げる。
(おかしいな。聞いていた話とえらく違うぞ?)
話を聞いた限りでは、周りに殺気をばらまく危険人物みたいに言っていたけど、会ってみると普段と同じだ。
話の食い違いに、僕は頭を傾げた。




