第49話 買い物
翌朝。
ユサ、ユサユサ――誰かが僕の身体を揺らしていた。
(誰だろう? マイちゃんだったらもっと乱暴に揺らすはずだけど)
マイちゃんは僕が起きないと、平然とフライングボディプレスをしてくる。
あれを食らえばさすがに起きるけど、その時に身体を押し付けられて、男として色々と危ない。
そんなことを思い返している間にも、身体は揺れ続ける。
目を開けると、そこにいたのはエリザさんだった。
「起きました?」
「……はい」
眠気を振り払い、顔を拭き、用意された服に着替える。
いつもの制服ではなく、この世界の男性用の服だ。
「どうして制服じゃないんですか?」
「あの珍しい生地の服で市場に行ったら目立ちますから」
「あ、そっか……忘れてました」
エリザさんに急かされ、馬車で市場へ向かう。
後ろの使用人たちが小声で話している。
「お嬢様にもついに春が来たようね」
「普段は殿方と親しくなさろうとしないのに」
「旦那様が気に入るのも分かるわね」
(春? もう初夏なんだけど……どういう意味だ?)
屋敷を出て少しすると、市場に辿り着いた。
馬車から降りて市場を見ると、朝日が昇る前から活気に満ちていた。
初めて見る光景に圧倒されていると、エリザさんが僕の紙をひったくる。
「……これ何語ですか?」
「僕の母国語です。小麦粉、ミルク、果物、牛肉って書いてます」
するとエリザさんが何処からかペンを取り出して、僕の言葉の上に字を書いた。
それが終わると指を鳴らし、どこからともなくガラの悪い男たちが集まってきた。
(えっ、誰! 顔怖いっ)
「お嬢!」
「これを買ってきて頂戴。金に色目はつけなくていいわ」
「了解です、お嬢!」
男たちは四方へ散っていった。
(何者なんだこの人たち……)
市場を巡っていると、巨大な魚が目に入った。
僕の身長の二倍はあるだろう。しかも――マグロにそっくりだ。
その魚を売っている店の人に尋ねた。
「これは『オイル・ツーナー』って魔物だよ。食べられるが脂っこくて誰も食わねぇ」
「一切れだけ食べてみたいので、買います」
銀貨一枚で丸々購入し、解体してもらう。
僕は親戚の魚屋で見たマグロ解体を思い出しながら、脳天や皮下の赤身を取り出して貰った。
市場で見つけたラデイッシュを摩り下ろし、エリザさんが作った黒い調味料をかける。
何かに使えると思い持ってきてくれた事に感謝しつつ、赤身を調味料と摩り下ろしたラデイッシュを付ける。
周囲の視線を感じながら、刺身を口に運ぶ。
「……美味い!」
脂の甘みが口内に広がり、それだけではくどい所をラデイッシュの辛みで調和してくれる。
黒い調味料の旨味が混ざり合い、まさに故郷で食べた大トロの刺身そのままの味であった。
その味に感動していると、店主や周囲の人々も気になったのか食べ始めた。
すると、絶賛の嵐が起こる。
「なんて甘みだ! ラデイッシュの辛みが脂に負けてねぇ!」
「初めて生魚を食べたが、こんなに美味いのか!」
「こいつはすげぇ!」
エリザさんも一口食べて目を見開いた。
「美味しい……わたくしの調味料とこんなに合うなんて」
その後、焙り刺身や鍋料理も教え、市場はちょっとした騒ぎになった。
買い物はすべて終わり、屋敷にはすでに品物が届けられているという。
なんやかんやあったが、準備は整った。




