第10話 謁見する
馬車が出発する前に、ライデルさんは、僕たちが乗る馬車に乗り込んでくれた。
他に乗れる馬車がないのでと言うので。僕は快く認めた。
マイちゃん達は不満そうな顔をしていたが、気にしない。
ゴトゴト……。
馬車は揺れながら街道を行く。僕は窓からそっと外の様子を窺う。
この街道には道に沿うように田園がある。その田園では、汗をかきながら畑仕事をする農夫たちの姿が見えた。
僕たちの馬車を見て、不思議そうな顔をしている。
まぁ、その気持ちは分かる。何せ騎士団が護衛している馬車の一団が通るのだから、何かあったのだろうかと思うのも当然だ。
馬車は農夫たちに見送られながら進む。
僕は馬車に揺られながら、王宮に着いてからのことを考える。
(僕たちを呼んだ理由は、本当にこの国を守るためなのか。それとも領土拡大のために呼んだのかな?)
もし領土拡大のために呼ばれたのなら、僕はすぐにこの国から出て、元いた世界に帰る方法を探すつもりだ。
生きるために人を殺すのは本意ではないが、仕方がないと諦められる。
だが、自分たちの国を豊かにするためだけに、僕たちを呼んで人殺しをさせる国に付き合う義理はない。
そのためには、王宮に着いたら色々と調べないといけない。
地理、風習、この世界の文化、貨幣、食べられる物の有無……調べることは多いな。
そこまで考えて、自嘲した。
(色々と考えているけど、実際のところ、王宮に着かないと分からないよね)
頭の中で考えていたことを片隅に追いやり、また外の風景を見る。
今度は先ほどの田園風景から変わって、何もない原っぱだ。
その原っぱには、この世界の野生生物が駆け回っている。
何という名前か分からない。なので、隣に座っている人に訊くことにした。
「あの、ライデル司教?」
「はい、何でしょうか?」
「あの動物は何という生物ですか?」
ライデルさんは身を乗り出して答えた。
「あれはグレイウルフという魔物です」
「魔物ですか?」
少し遠いのでよく見えないが、狼の姿をした魔物のようだ。
「グレイウルフは魔物の中では弱い分類に入ります。雑食で、与えれば何でも食べます。肉と毛皮、そして心臓にある魔石を売れば、それなりの値段で引き取られます」
「へぇ、そうなんだ」
僕はポケットに入れていたメモ帳に、今聞いたことを書き記す。
「他に特徴はありますか?」
「そうですな。特徴といえば、文字通り何でも食べます。鉄でも石でも」
「鉄や石を食べるのですか?」
「ええ。ですから、捕まえて調教して番犬代わりにすることもあります。もっとも、そんなことをするのは裕福な家柄か、酒場や飲食店といったところです」
「成程。自分たちの食べ残しなどを餌として与えると」
「そうです。それにグレイウルフは進化しますので、警備の面で言えば役に立ちます」
「進化?」
「はい。魔物はある程度まで育つと、自分を進化させることができるのです」
「進化させるとどうなるのですか?」
「研究によって、進化の段階は全部で十段階あるそうです」
「十段階もあるのですか!?」
凄いな。そんなに進化する先があるのか。
という事は、オルトロスとかケルベロスみたいなのも生まれる可能性もあるな
「ですが、普通の魔物ではそこまでいきません。せいぜい四〜五段階までしか進化しません」
「十段階まで進化するには、何か条件でもあるのですか?」
「わたしもそれほど詳しくはないのですが、与える餌と環境によって影響すると聞いたことがあります」
「なるほど、ありがとうございます」
「いえ、大したことではありません」
僕はライデルさんが言ったことを、メモに書いていく。
「ノっ君、なんでそんなことを書くの?」
マイちゃんが不思議そうに尋ねる。
「別に、魔物の生態なんて聞いても、あたし達には関係ないと思うけど」
「いや、そうでもないよ、マイちゃん」
僕はメモ帳を閉じて、対面に座っているマイちゃんを見る。
「グレイウルフの生態を聞いても、そんな動物がいるというだけのことでしょう?」
「それだけ聞くと、そうだね。でも、それだけじゃないんだよ」
「えっと、すまない。分かるように言ってくれないか?」
「まず、このグレイウルフの生態で分かったのは、雑食だということ。つまり、何でも食べられるということ」
僕の説明を聞いて、マイちゃんは頷く。
「さらに分かったのは、この魔物には肉と毛皮だけじゃなくて、心臓に魔石と呼ばれる物があること」
「それが?」
「この世界の魔物と呼ばれる生物には、魔石と呼ばれる物を宿していることが分かった」
「……あ、そっか。そうなるね」
マイちゃんは確かにとポンと手を叩く。
「よくお分かりになりましたね。この世界の魔物には、すべて魔石を身に宿していることを」
話が聞こえたのか、ライデルさんも驚いた顔をしていた。
「まぁ、ちょっと考えたらすぐに分かりますよ」
ゲームでも魔物は身体のどこかに魔石を宿していて、解体すると出てくるとかよくある。
「さらに、魔物を調教して自分たちで飼いならしていること」
「そうだね。さっきライデルさんも、裕福な家庭とかなら飼うことがあるとか言っていたな」
「ということは、魔物は狩るだけではなく、調教して自分たちのペット、または戦力として飼っている」
「飼うってことは、そうなるな」
「つまり、魔物の中には人の言葉を理解する知性がある個体もいるということになる」
「ああ、なるほど。そうじゃないと飼えないもんね」
「ざっと今の話だけで、これくらい分かったよ」
「魔物の生態を聞いただけで、よくそこまで分かったな」
マイちゃんは感心していた。
「ふっ。お前の頭の回転が悪いだけだろう」
「むっっ!」
ユエが鼻で笑うと、マイちゃんは顔をしかめる。
「二人とも、落ち着いて。こんな狭いところで喧嘩したら、馬車が横転しちゃうよ」
「うっ、確かに」
「それも分からなかったのか? お前は」
マイちゃんはムッとしたが、深く息を吐いて抑えてくれた。
二人はお互いの顔を見ないように外の風景へ目を向ける。
僕はそんな二人を見て、ため息を吐く。
僕の隣に座るライデルも、気の毒そうに僕を見る。
椎名さんだけは黙っているのが、幸いだな。
余談だが、天城君と西園寺君は同じ馬車に乗り、口喧嘩をしていたそうだ。
それを同じ馬車に乗り込んだ青園先生が仲裁に入り、何とか宥めたと青園先生から聞いた・
青園先生曰く、西園寺君が揶揄って、それに天城君が過剰に反応していそうだ。
暫くすると、ライデルさんが窓を見た。
「皆様、ここがヴァベリアの王都シルデアです」
僕たちは窓から言われた方に目を向ける。
「あれが……」
王都を見た僕たちは、絶句した。
厚く高い三重の白い城壁を巡らせた平城。初めて中世の城を見るので、どこが素晴らしいか分からないが、ただただ圧倒された。
城門に近づくと、これだけ大きくて高い城壁だから実用一点張りだと思っていたが、意外にも所々に装飾があり、デザインにも凝っているようだ。
「あの城壁、大きくて実用的なだけじゃなくて、所々に装飾があって芸術価値もあるんだ」
「その通りです。この城壁は『白獅子のたてがみ』と言われるもので、古代文明の技術を応用して作られた城壁です。先ほど皆様がいられた輝く丘は、その古代文明の施設を改築したものです。そして我が聖フィリアス教の総本山でもあります」
ライデルが嬉しそうに教えてくれた。
その総本山とやらは、名前から察するに高台に作られているのだろう。
その輝く丘から王宮まで馬車でそんなに時間が経たないうちに着いたので、そこまで離れていない場所に王都があると分かった。
(京都と比叡山くらいの距離かな? 乗っていて何回か坂があったから、小山の上に建っているんだろうなと思ってたけど)
やがて城門に辿り着くと、門の前にいる衛兵に、先頭にいた騎士団長のレオンという人が話しかける。衛兵が門に合図を送ると、門が開き中に入れるようになった。
一旦止まった馬車が進み始める。城下町に入ると、僕は町並みを見た。
一見「町並みを見る」というのは変だと思うかもしれないが、これが意外と馬鹿にできない。
町並みは平凡な造りか奇抜な形なのか、木造なのか石造りなのか。それを知るだけで国の文化レベルが分かる。例えば、石造りの家が多いと、この国は木材が採れないと分かるし、木造だったら使われている材質で気候が分かる。
改めて町並みを見ると、平凡な造りで木造だ。しかし、馬車が通ることを想定していたのか、広い道の両側に整然と立ち並んでいる。
それに王国の王都なだけはある。あちこちで活気に満ちた商いの声が聞こえてくる。
活気に満ちた声を聞くと、この国は戦争中だったよなと思った。それくらい活気があった。
街に入ってかなり進み、二つの門を越えて、僕たちはようやく王城の城門に着いた。
跳ね橋が降り、それを渡り城内に入る。
中庭にまで入ると、馬車が止まった。
どうやらここで降りるようだ。ライデルがまず最初に降りる。次に西園寺君、天城君と順に降りる。
僕は最後に降りた。
降りた先には、ここの王城の使用人だろう。メイドや執事が僕たちを出迎えてくれた。
「ようこそ、同胞にして異世界から来られた方々」
わざわざ頭を下げて出迎えてくれた。思ったよりも高待遇だ。
(同胞というのは、多分、同じ種族だからという意味だろうな)
テンプレでは僕たちのことを勇者とか言うものだが、言わないのは、僕たちが勇者と言われる働きをしていないからだろう。
だから「同胞で異世界から来た方々」と言ったのだろう。
クラスの皆は執事やメイドに出迎えられて、鼻の下を伸ばしていた。
しかも男子だけではなく女子もだ。
綺麗なメイドに男子が、女子は執事のイケメンにやられていた
その執事の中から、一番年上で白髪でモノクルをしている人が前に出た。
「初めまして、皆様。わたくしは王宮で侍従長をしております、セバス・フォン・チャンドラーと申します。以後お見知りおきを」
一目見て、この人本当に侍従かと思った。
黒い執事服に隠されているが、相当鍛えているのが分かる。
立ち振る舞いに隙がない。これは何かの武術をしていたのだろう。
「それでは皆様を謁見の間までご案内いたします。わたしの後に付いて来てください」
セバスさんが体を動かすと同時に、使用人たちが道を作るように分かれた。
(映画でこんなシーンあったな。でも、あれは海か)
そう思いながら、僕たちはセバスさんを先頭にして歩き出す。
謁見の間までかなり歩かないといけなかった。それだけこの城は広いということだ。
僕は迷っても大丈夫なように、あちらこちらに視線を走らせていると、いつの間にか隣に椎名さんがいた。
びっくりして声を上げそうになったが、口を押さえてなんとか耐えた。
「し、椎名さん、何か用?」
「……」
なぜだろう? なんか非難しているような目で僕を見ている。
「えっと、どうしてそんな目で見るのかな?」
「…………」
僕が話しかけても、椎名さんは僕を見るだけで何も言わない。
「椎名さん?」
「………………」
どうしよう、これでは会話にならない。
悩んでいると、前に言われたことをしたらいいのではと思った。
そう思ったが、ここで言うのかと迷った。
(で、でも、このままじゃ会話にならないし……でもここで言ったら確実に……)
誰か助けてくれそうな人はいないかと周りを見る。
マイちゃんとユエは歩きながら辺りをキョロキョロ見て、こちらに気づいた様子はない。
ならば男子ならと思い、それなりに親しい人に目を向ける。
天城君はライデルさんに色々と訊いている。
西園寺君は僕よりも前にいるので、気付いていない。
青園先生はクラスの皆に話しかけて、馬車酔いしていないか確認していた。
そう周りを見ていたら、椎名さんの眼力が増した気がする。
(もうここは言うしかないっ!)
意を決して言う事にした。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ……雪奈」
僕がそう言うと、椎名さんは太陽のような笑顔を向けてくる。
(やめて、そんな笑顔を向けないで。そんな誰もが見惚れる笑顔を向けられたら……)
おそるおそる近くにいる男子を見ると、皆、嫉妬と羨望と殺意に満ちた目で僕を見ている。
(う〜、言うのやめておけばよかった)
いつからか、椎名さんは僕に下の名前で呼んでと頼んできた。
僕は一度断ったのだが、その後もしつこく呼んでとせがむので、僕は賭けをした。
今度のテストで僕よりも成績が良かったら呼んであげる、という賭けだ。
結果、僕は一点差で椎名さんに負けた。
それ以来、二人きりの時か、たまに椎名さんがせがんで来た時に呼んでいる。
「で、し、ゆ、雪奈」
「うん、なぁに?」
「さっきから、僕を見ていたのは何で?」
「……分からない?」
僕が頷くと、椎名さんは僕の腕を抓る。
「いた、いたたた」
「もう、鈍感なんだから」
抓るのを止めると、椎名さんはプイッと顔を背ける。
(ええええ〜、僕、何かしたかな?)
普段温厚な椎名さんがこんな態度を取るなんて、よほどのことをしたのだろう。
僕はそれを訊こうとしたら、先頭にいるセバスさんが部屋の前で止まった。
その部屋の前には衛兵がいるので、どうやらここが謁見の間のようだ。
「王のご命令により、異世界から来られた同胞をお連れしました」
「はっ、少々お待ちを」
衛兵が息を深く吸う。
「侍従長セバス様の御入場です!」
衛兵が大声で言うと、扉が開く。
セバスさんが歩き出すので、僕たちはそれに続く。
*************
謁見の間に入って思ったのは、割と質素なつくりだなということだった。
石の床の中央に赤い絨毯が敷かれ、両側には出迎えてくれた騎士たちと同じ鎧を着た人々や、貴婦人、正装した偉い人たち(着ている服からそう判断)がズラリと並んでいた。
僕はその人たちが送ってくる嫉妬、羨望、好奇の視線を浴びて、足がすくんでしまいそうだ。
周りを見ると、ほとんどの生徒は僕と同じように足がすくんでいる。
中には、そんな視線など気にせず歩く人たちもいた。
名前を挙げるなら、ユエ、マイちゃん、西園寺君、天城君の四人だ。
青園先生は四人を見て、言葉を失っていた。
僕も四人に倣い、足を震わせながら絨毯を進むと、他のクラスメートたちもそれに続く。
絨毯の先には石段があり、その二〜三段上がったところに玉座がある。
その玉座の後ろの壁には、この国の紋章が描かれた旗が掛けられていた。
玉座には一人の老人が座っていた。
ゆったりとした衣をまとい、顔には豊かな髭が蓄えられている。
見た目から察するに、もう六十は越えていそうな年齢なのに、衰えを感じさせない鋭い視線が僕たちを見下ろしている。この人が王様だとすぐに分かった。
周りにいる人たちが、僕たちを見る目に怒りが混じっているのを感じて、僕は跪いた。
僕が跪くと、皆もそれに倣うように跪く。
跪きながら、僕は王様の隣にいる人を見る。
黒いローブを着ているので魔法使いだと思う。
ここは王宮だから、宮廷魔術師という役職に就いているのだろう。そして、いつの間にか、僕たちと一緒に来たライデルさんとセバスさんが王様の前に来て跪いていた。
王様は右手を出し、ライデルさんはその手を恭しく取ってキスをした。
そして王様の左隣に立つ。
セバスさんも差し出された手を恭しく取り、キスをした。
どこに立つのだろうと見ていると、セバスさんは一礼して謁見の間から出て行った。
セバスさんが出て行き、扉が閉まると、ようやく王様が口を開く。
「お主たちが、異世界から来た同胞であるな。儂はバアボル・ファーン五世である」
威厳に満ちた声が、謁見の間の隅々まで通っていく。
「この度のことは、そなたたちに多大な迷惑をかけた。これしか方法がなかったとはいえ、このような手段でそなたたちを呼んだのは、儂の不徳である。許してほしい」
ファーン五世が僕たちに頭を下げて謝罪してきた。
それを見て、この場にいる人たちが騒ぎ出す。
(まぁ、当然だよな。自分たちの王様が、僕たちみたいな馬の骨に謝罪したのだから、驚かない方がおかしい)
むしろ、僕はこの王様に好感を持った。
ここに呼んだのは、領土拡大のために何やかんや理由を言って誤魔化し、僕たちを働かせるつもりだと思っていた。
でも、最初に謝罪したということは、自分たちの都合で僕たちを勝手に召喚したことに罪悪感を持っているということが分かる。
これで「わざわざ手間暇かけて呼んだのだから、我が国のために戦え」と言われたら、僕はさっさとこの国を出て帰る手段を探すつもりだった。
「儂にできることは何でもするつもりだ。さしあたり、そなたたちの衣食住は儂の名において保障しよう。他に何かあれば遠慮なく言ってほしい。できる限り叶えよう」
お〜とクラスの皆は自分たちの待遇を聞いて驚く。
「さて、そなたたちは客人でもあるのだから、ささやかだが歓迎の宴を用意した。皆の者、今日は一日、存分に楽しもうぞ」
ファーン五世がそう宣言すると、居並ぶ一同から歓声が起こる。
扉が開放され、使用人たちが準備のために入って来た。
先ほど出て行ったセバスさんが監督しながら準備に走る。
さっき出て行ったのは、こういうわけか。
やがて準備が整い、音楽が響き始めた。宴が始まった。




