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転移したら賢者、転生して魔王の息子になりました。  作者: 雪国竜
第1章

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第103話 冒険の終わり

『以上が、我がそこにいる者を卑怯者と呼ぶ理由だ』

 烏は鋭い視線を天城へ向けた。

「で、出鱈目だ! これも魔王が仕組んだ罠に違いない!」

『虚けが。死んだ魔王が今さらそんなことをして何の得になる?』

「ぐっ……そもそも、お前は本当に猪田の使い魔なのか? 偽物じゃないのか!」

『ほう。そちの言葉を借りるなら、あの映像も偽物と言いたいわけだな?』

「そうだ!」

『ならば我が契約者はどこにいる?』

「えっ……?」

『映像が偽物ならば、契約者は生きていることになる。魔王討伐の場にいたお主なら、その居場所を知っておるはずだが?』

「そ、それは……」

『それにな』

 烏は冷たく続けた。

『貴様、我を見た時、切り掛かろうとしておったであろう?』

「な、何のことだ!」

『惚けるでない。そこに王女がおらねば、我に斬り掛かっていたはずだ』

「ち、違う! 魔物がいたから警戒しただけだ!」

 語るに落ちたな。

 この場にいる者の大半は、この烏が猪田の使い魔だと知っている。

 それなのに斬り掛かろうとした時点で、「この烏に知られたくないことを握られている」と自白したようなものだった。

 先程の映像と今のやり取りを見ていた者たちの視線は、すでに称賛から軽蔑へと変わっていた。

 各種族の将軍たちも同じだ。

 そんな中、一人の少女が立ち上がった。

 雪奈だった。

「雪奈、どうした?」

 俺が声を掛けても返事はない。

 雪奈は夢遊病者のようにふらふらと歩き、天城の前で立ち止まった。

「天城君」

「し、椎名さん……信じてくれ。俺は猪田を殺してなんかいない!」

「……そうなんだ」

「ああ、本当だ!」

「そうだね。映像では刺したところまでしか映ってなかったもんね」

「ああ! そうだ! 俺だって流石にクラスメートを直接殺すのは嫌だったから――」

 そこまで言って、天城の顔が凍り付いた。

 雪奈は静かに言った。

「語るに落ちたね。この卑怯者」

 腰のナイフを抜く。

「ま、待っ――」

「もう喋らないで」

 雪奈の瞳に感情はなかった。

「『呪いの一撃(カース・ペイン)』」

 刃が閃いた。

 天城の身体が大きく震える。

 口を開き、絶叫しているはずなのに、声が聞こえない。

「――――――――!」

 喉を押さえながら何かを叫ぶ。

 しかし音は一切出なかった。

「これね、わたしが作った魔法なの」

 雪奈は淡々と説明する。

「斬った相手の身体機能を壊す呪い」

 天城は必死に何かを訴える。

 だが誰にも伝わらない。

 雪奈はさらに一歩近づいた。

「わたし、言ったよね」

 その声は静かだった。

 静かだからこそ恐ろしかった。

「好きな人がいるって」

 また一閃。

 天城の膝が崩れ落ちる。

「わたしは貴方のことが好きじゃないって」

 さらに斬る。

 天城は地面へ倒れ伏した。

「香水の匂いも嫌い」

 斬る。

「話し掛けてくる声も嫌い」

 斬る。

「時々わたしを見る、その目も嫌い」

 斬る。

「女子から貰った物を陰で捨てる性根も嫌い」

 斬る。

「わたしと猪田君の会話に割り込んで、自分の思い通りにしようとする性格も嫌い」

 斬る。

 そして雪奈は見下ろした。

「存在そのものが嫌い」

 天城は動けない。

 声も出せない。

 ただ恐怖だけを浮かべていた。

「もう二度とわたしに話し掛けられないようにはした」

 雪奈は静かにナイフを構える。

「だから、これで最後」

 刃が振り上げられる。

「二度とわたしを見ないで」

 天城の顔が引き攣る。

 止めてくれ。

 その願いだけは誰の目にも分かった。

 だが届かない。

 刃が振り下ろされた。

 次の瞬間、天城の瞳から光が消えた。

 視力を奪われたのだ。

 雪奈はようやくナイフを鞘に収めた。

「可哀想だから、聴覚だけは残してあげる」

 まるで慈悲を与えたかのように言う。

 そして烏へ顔を向けた。

「ねえ、烏さん」

『何だ?』

「猪田君の遺体がある場所へ案内してくれる?」

『理由を聞いてもよいか?』

 雪奈は迷いなく答えた。

「決まってるじゃない」

 その笑顔はあまりにも綺麗だった。

 一片の曇りもない。

 まるで聖女の微笑みのようで――だからこそ恐ろしい。

「そこに猪田君がいるからよ」


 翌日。

 天城の処刑が執行されるというので、俺は最後くらいは顔を出そうと思った。

 腐ってもクラスメートだ。

 担任の青園先生は事件を知ってもなお、助命嘆願したようだが、他のクラスメート達は協力しなかった。

 それどころか、軽蔑していた。

 今まで好意を持っていた女子達も醒めたとばかりに、侮蔑していた。

 青園先生はそれでも助けようとしたが、猪田が第二王女の夫になる事がほぼ決まっていた。

 つまり、王族を害した事になる。

 だから、バァボル王は青園先生の嘆願を却下した。

 それでも、青園先生は助けようと頑張ったが、結果は処刑される事に変わりなかった。

 俺は最初から救う気は無かった。だが、クラスメートである事は変わりないので、最期を見届けるくらいはしてやるべきだろう。

 広場には大勢の市民が集まっていた。

 クラスメートの姿はほとんどない。

 残酷な刑を見たくないという気持ちは分かる。

 だが、誰も天城を助けようとしなかった。

 どうやらあの映像で、天城への評価は完全に地に落ちたらしい。

 やがて兵士たちが現れた。

 その中央には、拘束された天城がいた。

 制服は剥がされ、粗末な囚人服を着せられている。

 かつて勇者として讃えられた男の姿は、もはやどこにもなかった。

 天城は二人の兵士に引きずられるようにして運ばれ、広場の中央へ座らされた。

 兵士の一人が紙を広げる。

「罪人アマギ・ノブナリ。この者は魔王討伐の際、同胞であり我が国の男爵、ならびに第二王女セリーヌ殿下の伴侶であったイノータ・フォン・ターバクソン男爵を私欲のため殺害した」

 広場がざわつく。

「さらに戦功の詐称、および王族への加害の罪により、石打ちの刑に処す!」

 宣告が終わると同時に、一台の荷車が運ばれてきた。

 荷台には拳大の石が山のように積まれている。

 石の山は天城と群衆の間に置かれた。

 俺はその意味を理解した。

 市民自身の手で刑を執行しろということだ。

 果たして、本当に投げる者がいるのか。

 そう思った瞬間だった。

「男爵さまを返せー!」

 一人の子供が石を投げた。

 石は天城の肩に当たる。

 続いて別の子供が投げた。

「返せー!」

 それを合図にしたかのように、大人たちも動き始めた。

「男爵様を殺しやがって!」

「地獄へ落ちろ!」

「俺の友達の怪我を治してくださったんだぞ!」

「浮浪児を助けてくれた恩人だった!」

 怒号と共に無数の石が飛ぶ。

 天城の身体を容赦なく打ち据えていく。

 悲鳴は聞こえない。

 雪奈に声を奪われているからだ。

 それでも苦悶の表情だけははっきりと見て取れた。

 思えば猪田の奴は、王都へ来るたび炊き出しや治療をして回っていた。

 本人曰く、領地の運営が上手くいっているから還元しないと駄目だからとか言っていたなが、見返りを求めず、人助けを繰り返していた。

 人気があるのも当然だったのだろう。

 石は止まらない。

 誰も止めようとしない。

 この国の法を破った以上、天城を救う方法はない。

 俺は静かに目を閉じた。

(さらばだ、天城)

 短く別れを告げ、その場を後にした。

 処刑が終わる頃、俺は再び広場へ戻った。

 そこには変わり果てた天城の姿があった。

 顔は腫れ上がり、身体中に傷が走っている。

 既に息はなかった。

 少しだけ胸が重くなる。

 どれほど愚かだったとしても、同じ世界から来た人間で同級生だ。

 俺は手を合わせた。

 せめてもの弔いとして、髪の一房を切り取り遺髪とする。

 それから静かに広場を後にした。

 天城の遺体は暫く晒し者になった後、山か草原にでも捨てられると聞いた。


 それから数日後。

 ついに俺たちは元の世界へ帰れることになった。

 魔法師団の前団長とライデル司祭が、帰還魔法の解析に成功したらしい。

 その知らせを聞いたクラスメート達は大喜びだった。

 長かった異世界生活も終わる。

 ようやく日常が戻ってくるのだ。

 だが、そんな中でも複雑そうな顔をしている連中がいた。

 真田たち三人である。

 正直なところ、こいつらは雪奈の後を追うと思っていた。

 だから帰還組に残ったのは意外だった。

「雪奈の奴、無事だといいが」

 俺が呟く。

 あの日の後、竜人族と天人族は共同で龍の巣を調査した。

 発見されたのは大量の龍の死体だけ。

 雪奈も猪田の死体も見つからない。

 生死すら不明のままだった。

「では皆様、準備が整いました」

 ライデル司祭が前へ出る。

 巨大な魔法陣が足元に広がった。

 淡い光がゆっくりと俺たちを包み込んでいく。

「これで皆様と会うのも最後になるかもしれません。どうかお元気で」

 司祭と前団長が深々と頭を下げた。

 俺たちも口々に礼を返す。

 誰もが別れを惜しんだ。

 やがて光が強まり始める。

 その時、俺は真田たちへ尋ねた。

「本当にいいのか? このまま帰って」

 三人は顔を見合わせた。

 そして笑う。

「うん」

「帰ったらやることがあるからね」

「大事な用事だ」

 意味深な返答だった。

「何する気なんだ?」

「秘密」

「そのうち分かるさ」

「そうまっちにも、ちゃんと話すよ」

 ますます気になる。

 だが今聞いても教える気はないらしい。

 なら仕方ない。

 向こうへ帰ればいずれ分かるだろう。

 そう割り切った瞬間、視界を白い光が埋め尽くした。

 異世界での長い旅路は、こうして幕を下ろしたのだった。

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