第97話 魔王の策謀
扉を押し開けた瞬間、冷たい石造りの床が視界に広がった。
中央には深紅の絨毯がまっすぐ伸び、その先に石段。そして玉座。
「来たか」
玉座に腰掛ける男。魔王ツシカーヨロウリ。
顔は知っている。間違いなく本物だ。
周囲を見渡すが、魔王以外の姿はない。
「魔王っ、とうとうここまで追い詰めたぞ!」
天城君が、まるでゲームのラスボスに挑むかのようなテンプレ台詞を叫ぶ。
魔王はその様子を見て、口元をゆるめた。
「わたしを倒すのに二人だけか。ふふ・・・舐められたものだ」
「お前の汚い策で分断されただけだ! すぐに部下を倒してここに来る!」
天城君は剣先を魔王へ向けて吠える。
「威勢がいいな。どれ、相手をしてやろう」
魔王は立ち上がり、傍らの鞘から大剣を引き抜いた。
禍々しいオーラをまとった刀身──魔王の魔剣にふさわしい。
「行くぞ、魔王‼」
天城君が踏み込もうとした、その瞬間。
「ちょっと待って、天城君」
僕が声をかけると、彼は急ブレーキで止まり、前につんのめった。
魔王も怪訝な顔を向ける。
「な、何だよ。猪田」
「戦う前に訊きたいことがある」
僕は天城君の前に出て、魔王を見据えた。
「魔王。どうして四魔将の最後の一人がここにいない?」
魔王は鼻で笑う。
「少し考えれば分かるであろう」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
守るべき魔王を放置して、どこへ行く?
守りより優先すべき“攻める相手”がいるとしたら。
「・・・まさか」
僕が呟くと、魔王は愉快そうに笑った。
「ほぅ、なかなか頭が回るようだな」
天城君が僕に問いかける。
「なぁ猪田、なんで魔王が笑ってるんだ?」
「・・・・・・恐らく、本陣を強襲するつもりだ。首都の城壁が突破されたら、残った兵をかき集めて」
「本陣を強襲⁉ じゃあ首都の守りは?」
「『魔王の軍勢』に要所を守らせればいい。指揮は」
「一人いるよ。四魔将の最後の一人」
魔王が続ける。
「そやつの考えている通りだ。四魔将『花炎』のオサーブマが兵を集め、本陣を強襲している頃だ」
「な、なんだって⁉」
天城君が蒼白になる。
「は、早く救援に行かないと!」
「行かせると思うなよ」
魔王が手をかざすと、黒い瘴気が渦巻き、兵士の形を成した。
「本陣が落ちるまで、わたしの相手をしてもらうぞ」
魔王が剣を構え、瘴気の兵士たちが襲いかかってくる。
僕たちは得物を構え、迎え撃った。
真田視点
本陣のテントでは、兵士たちが慌ただしく出入りしていた。
「報告します! 首都潜入部隊が全城門の解放に成功しました!」
やった。これで首都に突入できる。
戦いは終わる。そう思った矢先、王女様が号令を下す。
「この機を逃すな。全軍、突入せよ」
「敵の奇襲部隊は?」
「本陣左翼で叩く。心配無用と伝えろ」
伝令が走り去る。
「左翼のアドラーに伝令。奇襲部隊を叩け!」
命令が飛び、兵士が駆け出す。
やがて首都から喊声が響き、本陣まで届いた。
「ねぇユエ、勝てるかな?」
「分からん」
「えっ? でも城門は開いたし、魔王を討てば」
「魔王を討つまでに戦局がひっくり返る可能性がある」
「どうやって?」
ユエは不謹慎そうに顔を寄せる。
「例えば、各種族の将を暗殺する」
「それは確かにひっくり返るね」
「もう一つは──総大将を討ち取ることだ」
「……王女様を?」
それ以上は言えなかったが、ユエは理解したようだ。
「今攻め込まれたら、本陣は危ない」
「だよね・・・」
そこへ伝令が駆け込む。
「敵の奇襲部隊が姿を隠した模様。本陣も注意されたしとのことです!」
王女様は顎に手を添え、考え込む。
(ノッ君がいてくれたら・・・)
そう思うのは私だけではないらしい。ユエも、椎名さんも、セナッチも同じ顔をしていた。
その時、兵士が慌てて飛び込んできた。
「東門の獣人族ライオル陛下より急報! 魔人族軍が東門を突破、数一万!」
「一万。落ちる首都から抜けたにしては多いな。進路は?」
「南へ向かったとのことです!」
地図が広げられ、王女様が目を走らせる。
「東門から南……成程。敵は本陣を狙っている」
「まことですか?」
「恐らくな。勝つにはわたしを討ち取るしかない」
「確かに」
「各将軍に通達。警戒を厳にせよ」
命令が飛び、兵士たちが動く。
そこへさらに伝令が走って来た。
「魔人族軍が本陣に迫っています!」
「迎え撃て」
本陣は騒然となった。
「ユエ、敵は来る?」
「六分四分で来るな」
「どっちが六分?」
「本陣に来る方だ」
「そっか、じゃあ準備しないと」
私は得物を構えた。
◆椎名視点
本陣は騒然としていた。
兵士の報告によれば戦況は一進一退。
こちら三万、敵一万。それでも敵は奮戦している。
(早く終わって、猪田君が戻ってこないかな)
そんなことを考えていると、伝令が駆け込む。
「敵軍の後背を混成軍団が強襲! 敵軍が混乱しています!」
「よし、そのまま挟撃せよ」
戦いは終わったも同然そう思った矢先。
「急報! 敵軍が我が軍の後背に現れ攻撃しています!」
「な、なんだと⁉」
敵兵力は三千五百。奇襲部隊と同数。
「三千五百で一万の本陣を攻撃するとは無謀では?」
「向こうは相手をする気はない。恐らく──わたしの首を狙っている」
「閣下、退避を!」
「愚か者。ここで退けば首都攻略に影響が出る」
王女様の覇気に、誰も逆らえなかった。
(……面倒なことになったわね)
私はテントを出ようとしたが、張さんに呼び止められる。
「椎名、どこへ行く?」
「ちょっと風に当たりに」
「一人でか?」
「来る?」
「・・・遠慮しておこう」
(猪田君の大事な友達なのに、失礼ね)
私はテントを出て、魔法を発動した。
「『鷹の目』」
半径千メートルを見渡す千里眼。
本陣を攻撃する魔人族軍が視界に入る。
「……狙いは付いた」
弓を構え、風の矢を生み出す。
「唸れ、雷光」
雷を宿した矢が空へ放たれ、魔法陣が展開。
そこから雷槍が降り注ぎ、敵軍を貫いた。
「……面倒なのが生き残ったわね」
煌びやかな鎧の男──四魔将オサーブマが魔法で防いでいた。
「仕方ない。直接行くか」
私は走り出す。
戦場は阿鼻叫喚。
魔人族の兵は雷槍に貫かれ、ある者は四肢を失い、ある者は正気を失っていた。
その中で、オサーブマが前に出る。
「先程の魔法、てめえか?」
「そうよ。あなた名前は?」
「俺様は四魔将最強、『花炎』のオサーブマだ!」
(品がない。不良みたいな喋りね)
「わたしは──」
「名乗らなくていい! どうせここで死ぬ!」
オサーブマが火の花を生み出す。
「散れ! 『爆散華』!」
爆炎が咲き乱れた。
「・・・危ないわね。服が焦げるところだったじゃない」
私が埃を払うと、オサーブマは口をパクパクさせた。
「な、なんで生きてる⁉」
「爆発する前に離れただけよ」
腰のナイフを抜く。
内反りの湾曲した刃──私の直感で鍛冶屋に作らせたもの。
「くそっ、ならもう一度──『爆──』」
「遅い」
私は腕を斬り飛ばした。
「ぎゃああああっ、俺の腕がぁぁぁ!」
「さよなら」
首を斬り落とす。
敵将は自分が死んだことに気づかぬまま、地に落ちた。
「将軍の仇!」
魔人族の兵が襲いかかるが、私はすれ違いざまに斬り伏せた。
「……血の匂いはしないわね。汗臭くもない。よし」
猪田君が戻ったときに臭かったら恥ずかしい。
「後は任せます」
部隊長が震えながら頷く。
「えっ、は、はい……」
(人なのか? とか言ってたけど、気のせいね)
「そういえば、あの敵将の名前……まあいいか」
猪田君、早く戻ってこないかな。
そう思いながら、本陣へ戻った。




