第88話 各方面の状況を確認。
タカトーラル城を落とした僕たちは、しばらく侵攻を止め、この城で休養を取ることにした。
理由は二つある。
一つは、この城を今後の侵攻拠点として使うため、補修作業を行う必要があったからだ。
補給線の維持にも、この城は重要な役割を果たす。
二つ目は、各方面軍の侵攻状況を詳しく把握するためだ。
移動しながらでは情報収集が難しく、判断を誤る可能性がある。
以上の理由から、僕たちはこの城に駐屯している。
そして今日も、謁見の間では作戦会議が開かれ、各方面からの伝令が次々と報告を行っていた。
「ふむ。獣人族方面と鬼人族方面から攻めた軍は、いまだ一度も戦闘しておらぬか」
「はっ。城は存在するのですが、兵士が一人もいないとのことです。また、城近くの村にも住民がまったく見当たらぬと」
なるほど。妨害を受けているのは、人間族領から進んだ軍だけというわけか。
これは、人間族領から進むと敵首都が他方面より近いのだろうか。
それとも、単純に他方面へ回す兵力がなかったのか。
だが、この城を守っていた兵は三千。
魔人族の総兵力は不明だが、万単位の兵を動員できるはずだ。
それなのに、確認できた兵力は三千のみ。
――敵の全兵力は首都に集結している、と考えるべきなのか。
(でも、時間稼ぎをするなら各方面にも兵を置くはずだよな……)
うーん、敵の戦略が読めない。
「他方面に兵がいないとは……敵は何を考えておるのじゃ?」
「首都で待ち構えているのでは?」
「ならば、何故城近くの村に住民がいない?」
「男爵殿が言っていた焦土作戦の一環でしょうな」
「その理屈なら、敵首都には民衆が大量にいるはずだ」
「もしそうなら、首都に攻め込めば民衆が民兵となり、籠城戦力の一部となるでしょう」
「そうなれば、首都には数万規模の戦力が存在することになるぞ!」
「だが、その分食料の消費も激しい。兵糧攻めに弱くなるはずだ」
将軍たちの議論で謁見の間は熱気に包まれていた。
僕は敵の戦略が読めなくなり、議論には加わらなかった。
アウラ王女は顎に手を添え、終始考え込んでいる。
結局、王女は一言も発さず会議は終了した。
数日後。城の補修が完了し、一部の兵を残して僕たちは首都へ向けて進軍を開始した。
タカトーラル城を後にした僕たちは、魔人族の首都――オレバーツビムアへ向けて進軍を開始した。
道中、小城や村がいくつも目に入ったが、調べてみるとどこも完全に無人だった。
「ふむ……敵は徹底した焦土作戦を取るつもりなのか?」
「前回の侵攻では、首都へ至るまで防備を固めた城で時間稼ぎをしてきたが……今回は様子が違うな」
レオン騎士団長とアルベルト将軍の会話を聞きながら、僕は敵の意図を考え続けていた。
(最初は焦土作戦だと思ったけど……補給線はもう十分伸びている。そこを奇襲すれば、こちらも各方面軍も撤退せざるを得ないはずだ。それなのに何もしないのは、どういうことだ? それに補給線を攻撃するなら、村の住民を残しておけばいい。住民の食料をこちらが肩代わりすることになり、補給線に負担がかかるはずだ)
某スペースオペラの英雄伝でも、帝国支配下の星から食料だけ奪い、住民を残すことで占領軍の兵糧を圧迫し、補給線を叩いて混乱を引き起こしていた。
その混乱を利用して帝国軍が占領軍を撃退した――そんな戦術があった。
だが魔人族はそれをしない。
むしろ食料と住民をまとめて首都へ移動させている。
(敵の意図が分からないと、首都に着いても作戦が立てづらいな……)
下手に作戦を立てて、それが敵の想定通りなら被害は甚大だ。
だからこそ、敵の狙いを読み解く必要がある。
「どうした? そんなに眉間に皺を寄せて」
声をかけてきたのはユエだった。
僕はグリフォンに乗り、ユエはヒポグリフに乗っている。
ちなみに、そのヒポグリフは僕のグリフォンと馬を交配して生まれた魔物だ。
「いや、ちょっと考え事をね」
「当ててやろうか。敵の意図が分からず、どう動くべきか悩んでいるんだろう?」
「……よく分かったね」
「ふっ。小さい頃から見ているんだ。それくらい分かる」
「そっか。ユエはどう思う?」
「ふむ。わたしにも敵の意図は分からん。ただ――」
「ただ?」
「敵は首都に戦力を集中させているように思えるのだ」
「? じゃないと首都を奪われるだろう?」
「別に首都を奪われても、どこかの城塞を拠点にして戦えばよかろう」
「なるほど。そういう考えもあるか」
「それに――」
ユエは周囲に聞こえないよう、顔を僕に寄せてきた。
「お前、トロイア戦争を知っているか?」
「うん。トロイの木馬の由来になった神話だろう」
「なら話が早い。トロイアが滅んだとき、王族のアイネイアスという者が家族と民衆を連れて都を脱出し、イタリアへ向かったそうだ」
「それで?」
「アイネイアスはそこで都市を築き、その子孫が代々王となった。時が巡り、双子の兄弟が冒険の末に都市を建てた――その名はローマ」
「それって、もしかして……」
「後にそのローマは発展し、帝国を名乗った。これがローマ帝国の成り立ちだ」
「……ユエは、魔人族が自分たちの土地を捨てて、どこか別の場所で新しい国を作る可能性があると言いたいのか?」
「そういう可能性もある、というだけだ」
まさかとは思うが、あり得なくはない。
ただ、まだ断定できる話ではないので、口に出すべきではないだろう。
その後、僕たちは黙々と行軍を続けた。
行軍開始から十日。
僕たちは首都から百キロほど離れた平原に陣を構えた。
ここは各方面軍が集結する合流地点だ。
「そろそろ来てもいい頃ですけどね」
「多少の誤差はあるでしょう。それよりも」
エリザさんが僕をジッと見て来た。
「はい、何でしょうか?」
「ここまで妨害がありませんでしたが、どう考えます?」
「うーん……分かりません」
「そうですか。じゃあ仕方ないですね」
エリザさんはそれ以上何も言わなかった。
ただ、僕の右手の小指をつついてきた。
「何か?」
「えっと、その――」
「申し上げます!」
エリザさんが言葉を続けようとした瞬間、伝令が駆け寄ってきた。
「何かありましたか?」
「はっ! 間もなく各方面軍が到着するとのことです。到着次第、軍議を行うよう総大将閣下よりご命令です!」
「分かりました」
「では、これにて!」
伝令は一礼して去っていった。
「………………」
エリザさんがなぜか身体を震わせていた。
「あの、何かありました?」
「知りません!」
そう叫んで、怒ったようにどこかへ行ってしまった。
(僕、何かしたかな……?)
考えてみたが、心当たりはまったくなかった。




