第81話 侵攻前夜
総大将が思いのほか早く決まり、残るは侵攻ルートの決定だけとなった。それも短時間で終わり、武具や兵糧の準備は人間族が一手に引き受けると宣言すると、会議に参加していた面々は大いに喜んだ。
戦で最も厄介なのは、兵站を含む後方支援だ。
兵站を軽視すれば、戦の最中に深刻な事態を招く。さらに兵站を守るための兵力も必要になる。
昔の中国に項籍という武将がいた。一般には「項羽」の名で知られているが、羽は字である。
彼は戦闘では無類の強さを誇ったが、戦略面ではまるで駄目だった。兵站を考えずに戦うため、終盤になると兵糧不足で撤退することが度々あった。
最後には名将・韓信に敗れ、自害したという。
戦に勝つには兵站がいかに重要か、よく分かる話だ。
……とはいえ、兵站を預かる者としては「大変」の一言に尽きる。
なぜそんなことを言うのかといえば、僕自身が後方支援部隊の仕事をしているからだ。
バァボル陛下の命令で各種族の武具や兵糧を買い集め、次はそれらをどこに保管し、どのルートで輸送し、護衛をどれほど付けるかを部隊の人たちと話し合った。
人間族の領土を通る軍隊には、侵攻ルートに合わせた輸送手段を整えることができた。
しかし獣人族と鬼人族の領土は、地図がなかなか届かず、輸送経路を作れなかった。
獣人族の地図はライオル陛下のおかげで比較的早く届いたが、鬼人族の地図は承諾の返事が来るまでに随分と時間がかかった。
その間、僕は兵糧と武具の確認作業を徹底的にやらされた。
傷やへこみがないか、各種族の動員兵数に見合う武具が揃っているか……延々と続く作業だった。
後方支援部隊の中で、武具の扱いを熟知しているのが僕だけだったからだ。
ようやく地図が届くと、侵攻ルートに合わせて輸送経路を割り出し、不測の事態に備えて複数の予備ルートも用意した。
すべての方面の輸送ルートを整え終えた頃には、各種族の軍が王都に到着して半月が経っていた。
その間、僕はほとんど眠れなかった。
そして今日。明日の出陣に備えて、ようやく休息が許された。
(やっと……ベッドで眠れる……)
最後にベッドで眠ったのがいつだったか思い出せない。
疲れ切った身体を引きずりながら寝室へ向かい、そのまま倒れ込もうとした——が、ベッドに妙な“山”が二つできているのに気づいた。
誰かがシーツの中にいるらしい。慎重に近づき、そっとシーツをめくる。
「わっ!」
「あら、ばれました?」
そこには、エリザさんとセリーヌ王女がいた。
二人とも淡い色の寝間着姿で、どこか気恥ずかしそうに微笑んでいる。
「え、えっと……どうしてここに?」
エリザさんは顔を赤くしながら指をつんつん合わせ、セリーヌ王女は楽しげにその頬をつついた。
「うふふ、エリちゃん可愛いわ」
「あ、あうう……」
「すいません、話が進まないので……セリーヌ王女様、説明をお願いできますか」
促すと、王女は軽く咳払いして真面目な表情になった。
「簡単に言えば、明日の出陣に際して……ノブヤス様がずっと休めていなかったでしょう? だから、今夜くらいは安心して眠れるように、わたくし達が“見守り”に来ましたの」
「み、見守り……?」
「はい。戦の前は心が不安定になる方も多いですから。少しでも落ち着いて眠れるように、そばにいようと思いまして」
エリザさんは顔を赤くして、何も言わない。
何も言わないという事は、これは無言の肯定という奴か?
「……最近、がんばりすぎですから……」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
とは言え、これはこれで問題があるのではと思った。
「あの、その王女殿下はまだ誰とも結婚していませんので、僕の寝所から出てきたら、問題があると思います」
「あら、気にしなくても良いですよ。この戦争が終わったら、そういう関係になりますので」
「そういう関係? ・・・・・・はっ、もしかしてっ」
「さぁ、今夜は良い夢を見れるように、たっぷりと奉仕してあげますわ」
「あ、あわわわ、やっぱりもっと親しくなってからでも」
「エリちゃん。親しくなってと言うけど、どのくらい親しくなってからだと思うの?」
「・・・・・・ぶ、文通を三年ほどして」
「婚期が遅れるわよ」
顔を赤くしながら言うエリザさんにセリーヌ王女は呆れていた。
「ささ、どうぞこちらに」
「ち、ちょっと、まって、こうゆうのはもっとお互いが分かりあってからでも」
「問答無用、ですわ♥」
「き、きゃあああああああっ⁉」
その夜、僕は大人の階段を昇った。
翌朝。
目を覚ますと、左右に温もりを感じた。
エリザさんとセリーヌ王女が穏やかな寝息を立てている。
僕が起きた気配を察したのか、セリーヌ王女が目を開けて微笑んだ。
「昨日は楽しかったですね」
僕は照れくさくなり、シーツで顔を隠した。




