第9話妖王の咆哮
妖市の夜は、もはや戦場という言葉では足りなかった。崩れた建物。燃え上がる屋根。砕けた石畳。煙が空へと昇り、炎が夜を赤く染めている。
その中心に山のような影が立っていた。妖王級妖獣ヴァルガ。黒い岩のような皮膚。巨大な角。赤く燃える目。その体は通りを半分埋めるほど巨大だった。ヴァルガがゆっくり首を動かす。その動きだけで地面が震える。リンの声が震えた。
「……大きすぎる」
白蘭が低く言う。
「妖王級」
長老が杖を強く握った。
「まさか人狩りがここまでの妖獣を……」
ゼルが鎖を鳴らした。
シャラララ……
黒い鎖が夜の炎に光る。
「手に入れるのは苦労した」
ゼルの口元が歪む。
「だが」
鎖が地面を叩く。
カン!!
「それだけの価値はある」
ヴァルガが一歩踏み出した。
ドォン!!
妖市の地面が割れる。瓦礫が跳ね上がる。リンが叫ぶ。
「来る!」
巨大な腕が振り下ろされた。
ドォォォン!!
通りが完全に砕けた。建物の壁が崩れ落ちる。レンが瓦礫を蹴って跳んだ。
空中へ。拳が振り下ろされる。
ドゴォン!!
レンの拳がヴァルガの腕に直撃する。
だが巨体はほとんど動かない。レンが目を細める。
「……硬いな」
ヴァルガの赤い目がレンを見た。巨大な咆哮。
ゴォォォォォ!!
空気が震える。衝撃波が広がる。レンの体が吹き飛ばされた。
白蘭が前へ出る。刀が閃いた。
ザン!!
刃がヴァルガの腕を斬る。
しかし皮膚に浅い傷がつくだけ。白蘭が呟く。
「……通らない」
その瞬間炎が落ちた。イリスの火球。白蘭の頭上で爆発する。
ドォン!!
白蘭が後ろへ跳ぶ。煙が広がる。ゼルの鎖が動いた。
シャラ!!
黒い鎖が白蘭を狙う。リンが叫ぶ。
「白蘭!」
青い炎が飛んだ。狐火。鎖に当たる。
ドン!!
爆発。鎖が弾かれる。イリスが笑う。
「まだ元気」
リンが歯を食いしばる。
「負けない!」
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一方。瓦礫の中でレンが立ち上がった。肩の埃を払う。カイトがそれを見ていた。刀を肩に乗せる。
「どうする」
レンが顔を上げる。
「何が」
カイトが顎でヴァルガを指す。
「あれ」
ヴァルガが再び腕を上げる。巨大な影が街を覆う。レンが笑った。
「殴る」
カイトが小さく笑う。
「単純だ」
レンが答える。
「嫌いじゃないだろ」
カイトが刀を構えた。
「確かに」
二人が同時に走る。巨大な妖王へ。石畳が砕ける。瓦礫が跳ねる。
レンが跳ぶ。空中で拳を握る。カイトが地面を滑るように走る。
刀が光る。そして二人の攻撃が同時に入った。
ドゴォン!!ザン!!
衝撃が妖市を揺らした。ヴァルガの巨体がわずかに動く。
黒い血が飛んだ。ヴァルガが怒りの咆哮を上げる。
ゴォォォォォ!!
街の炎が揺れる。戦いはまだ始まったばかりだった。ヴァルガの巨体が揺れた。
レンの拳とカイトの斬撃。二つの攻撃が同時に入ったことで、巨大な妖王の体がわずかに後ろへ動いたのだ。黒い血が地面に落ちる。だがそれだけだった。
ヴァルガの赤い目がゆっくりと二人を見下ろす。
次の瞬間。咆哮。
ゴォォォォォォ!!
衝撃波が広がる。建物の窓が砕ける。瓦礫が宙へ舞い上がる。
レンが腕で顔をかばった。
「うるせえな」
カイトが低く言う。
「怒らせたらしい」
ヴァルガの巨大な腕が横へ振られる。レンが跳ぶ。カイトが滑り込む。
その腕が建物に当たる。
ドォォォン!!
石壁が崩れる。屋根が吹き飛ぶ。妖市の通りがさらに破壊されていく。
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一方。別の場所では鎖の嵐が吹き荒れていた。ゼルの黒鎖。
シャララララ!!
数十本の鎖が空中を走る。白蘭を囲むように広がる。
逃げ道はない。白蘭の刀が閃いた。
ザン!ザン!ザン!
鎖が斬れる。だがすぐに再生する。ゼルが楽しそうに笑う。
「無駄だ」
白蘭は無言だった。ただ刀を構える。そして足が動いた。風のように。一瞬で距離を詰める。ゼルの目の前。斬撃。ゼルが鎖で受ける。
ガキィン!!
火花が散る。白蘭の刃が回る。
二撃目。三撃目。ゼルの肩が切れる。血が流れる。ゼルが舌を鳴らす。
「速い」
そして鎖が爆発的に増えた。地面から。壁から。空中から。
白蘭の周囲を完全に覆う。
「だが」
ゼルの声。
「足場がなければどうする」
鎖が地面を砕く。石畳が崩れる。白蘭の足元が崩れた。
その瞬間鎖が一斉に襲う。
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一方。炎が空を染めていた。
イリスの炎。巨大な火球がいくつも浮かぶ。リンが息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……」
狐火を操る手が震えている。イリスが退屈そうに言う。
「まだやるの?」
指を振る。炎の槍が飛ぶ。リンが狐火で弾く。
ドォン!!
爆発。煙。リンの頬に汗が流れる。
「強い……」
イリスが肩をすくめる。
「当然」
炎がさらに大きくなる。巨大な火球。リンの顔が青くなる。
「大きすぎ……」
だがそのとき遠くから聞こえた。
ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!
レンの拳の音。ヴァルガを殴り続けている。リンが思わず笑った。
「……ほんとバカ」
その顔から少し恐怖が消える。リンが印を結ぶ。狐火がさらに増えた。
青い炎が空に広がる。
「負けない」
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一方。レンとカイトはヴァルガの足元で戦っていた。
レンが跳ぶ。ヴァルガの腕にしがみつく。拳を叩き込む。
ドゴン!!ドゴン!!ドゴン!!
カイトがその隙に走る。刀が閃く。
ザン!!
ヴァルガの足に深い傷。黒い血が噴き出す。ヴァルガが怒り狂った。
巨大な体が暴れる。
ドォォォン!!
地面が割れる。建物が倒れる。長老が前へ出た。杖が振られる。風の衝撃。
ドォン!!
ヴァルガの体が少し揺れる。だが止まらない。ヴァルガの赤い目が光る。
口がゆっくり開いた。黒い光が集まり始める。長老の顔が変わる。
「まずい……」
白蘭もそれに気づいた。
「レン!」
リンが叫ぶ。
「危ない!」
ヴァルガの口の中で黒い光が膨らむ。それは圧縮された破壊の塊だった。
ゼルが笑う。
「終わりだ」
イリスも笑う。
「全部消える」
次の瞬間。黒い光が放たれた。
ドォォォォォォォ!!
巨大な破壊の波。妖市の通りを飲み込む。建物が消し飛ぶ。
石畳が蒸発する。レンがその前に立った。拳を握る。
空気が震える。白蘭が呟く。
「……レン?」
レンの体から。ほんのわずかに。妖気が漏れた。カイトの目が細くなる。
「なるほど」
黒い破壊の波が迫る。街を飲み込む直前。レンが拳を振り上げた。
そして――殴った。レンの拳が振り抜かれる。
ただの拳。そう見えた。だが拳の周囲の空気が歪んだ。
ゴォッ……
低い振動。まるで空気そのものが押し潰されるような圧力。
長老の目が見開かれる。
「まさか……」
次の瞬間。
ドォォォォォォォォン!!
拳から衝撃が放たれた。黒い破壊の波と正面からぶつかる。
爆発。衝撃波が四方へ広がる。瓦礫が吹き飛ぶ。妖市の通りを白い衝撃が走る。
黒い破壊の光が砕けた。まるでガラスのように空中で粉々に弾ける。イリスが目を見開く。
「……え?」
ゼルの笑みも消える。
「……なんだと」
ヴァルガの巨大な目がレンを見下ろした。
レンは拳を下ろす。
「うるせえ」
短く言う。だがレン自身も気づいていなかった。
自分の体から漏れているものに。カイトが静かに笑う。
「ようやくか」
白蘭がレンを見る。その瞳がわずかに揺れた。
長老が震える声で呟く。
「妖王の……気配」
レンの周囲の空気が微かに揺れている。だがレンはいつも通りだった。
「は?」
頭をかく。
「今の何だよ」
リンが遠くから叫ぶ。
「今のっていうか!それ!!」
レンが振り返る。
「何?」
リンが言葉に詰まる。
「いや……今の……」
だがその瞬間ヴァルガが動いた。巨大な拳が振り下ろされる。
レンが跳ぶ。地面が爆発する。
ドォォォン!!
カイトが走る。刀が光る。
ザン!!
ヴァルガの腕に深い傷。ヴァルガが咆哮する。
ゴォォォォォ!!
ゼルが舌打ちする。
「面倒な」
鎖が広がる。白蘭が動く。風のように。ゼルの懐へ入る。斬撃。
ザン!!
ゼルの鎖が弾ける。イリスが炎を放つ。リンが狐火で迎え撃つ。
ドォン!!ドォン!!
炎と狐火がぶつかり合う。戦場は完全に四つに分かれていた。
レンとカイト vs ヴァルガ
白蘭 vs ゼル
リン vs イリス
そして――妖市そのもの。
街が揺れていた。長老が杖を握る。
「まずい」
ヴァルガが暴れるたびに建物が崩れていく。妖たちが逃げ惑う。長老が決断する。
「結界を張る」
杖が地面に突き立てられる。
ゴォォォ……
地面に光の紋様が広がる。妖市の中心に巨大な結界が形成され始めた。
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その頃。レンはヴァルガの肩へ飛び乗っていた。
「よっ」
拳を振り下ろす。
ドゴン!!
ヴァルガの体が揺れる。だが倒れない。レンが舌打ちする。
「硬すぎだろ」
カイトが下から叫ぶ。
「頭を狙え」
レンが顔を上げる。ヴァルガの巨大な頭。
「オーケー」
レンが足に力を込める。跳ぶ。空中へ。ヴァルガの顔の高さまで。そのときヴァルガの赤い目が光る。巨大な口が開く。牙。レンを噛み砕こうとする。レンが笑った。
「おせえ」
拳を振る。
ドゴォォォン!!
顔面への直撃。ヴァルガの頭が大きく揺れる。巨体がよろめく。地面が震える。
ゼルが眉をひそめる。
「……馬鹿な」
イリスも目を細める。
「あれ人間?」
白蘭が静かに言う。
「違う」
リンも小さく呟く。
「レンは……」
レンが地面に着地する。肩を回す。
「だいぶ慣れてきた」
カイトが笑う。
「最初からそれで来い」
レンが睨む。
「無理言うな」
だがそのとき地面が震えた。ヴァルガがゆっくり立ち直る。
だが今までと違った。赤い目。そこに浮かぶのは怒り。
そして明確な敵意。ヴァルガの視線はレンに固定されていた。長老が息を呑む。
「まずい……」
リンが振り返る。
「何が?」
長老の声が震える。
「妖王が……」
レンを見つけた。その意味。白蘭が理解する。
「狙われる」
次の瞬間ヴァルガの全身の妖気が爆発した。
ゴォォォォォォ!!
黒い妖気が空へ吹き上がる。街の空が暗く染まる。ゼルが笑った。
「面白い」
イリスも笑う。
「主役決まったね」
レンが顔をしかめる。
「は?」
ヴァルガの巨体が動いた。一直線。レンへ巨大な拳が振り上げられる。
カイトが叫ぶ。
「来るぞ!!」
レンが拳を握る。地面が軋む。そしてレンは笑った。
「上等だ」
妖王ヴァルガ。その巨体と真正面から向き合う。
その瞬間レンの背後で微かに巨大な影が揺れた。
まるでもう一人の妖王のように。




