第10話妖王の器
妖市の空が黒く染まっていた。ヴァルガの妖気。巨大な黒い柱のように天へと吹き上がっている。地面が震える。建物の壁が軋む。妖たちが恐怖に震えていた。
「妖王が……怒っている……」
誰かが呟いた。その視線の先。通りの中央。レンが立っている。
目の前には――ヴァルガ。山のような巨体。赤い目がレンを真っ直ぐに見下ろしていた。レンが肩を回す。
「なんだよ」
不機嫌そうに言う。
「急に本気モードか?」
カイトが横に並ぶ。刀を構える。
「お前が気に入られたらしい」
レンが顔をしかめる。
「最悪だな」
ヴァルガの巨大な腕がゆっくり上がる。空気が重くなる。長老が叫ぶ。
「離れろ!」
レンとカイトが同時に跳んだ。次の瞬間。
ドォォォォォン!!
拳が地面に落ちた。石畳が砕ける。通りが陥没する。衝撃波が建物を揺らす。
レンが瓦礫の上に着地する。
「力もスピードも上がってるな」
カイトが冷静に言う。
「怒りで強化されている」
レンが笑う。
「めんどくせえ」
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そのとき。白蘭の戦場。ゼルの鎖が空を埋めていた。
シャララララ!!
数百の黒鎖。蛇のように動く。白蘭を包囲する。ゼルが笑う。
「面白くなってきた」
白蘭は静かだった。刀を下げる。
「何がだ」
ゼルが顎でレンの方を指す。
「あの人間」
白蘭の視線も一瞬そちらへ向く。
「妖王の気配」
ゼルが続ける。
「知ってるか?」
鎖が一斉に動く。白蘭へ襲いかかる。白蘭が踏み込む斬撃。
ザン!!
鎖が十本まとめて切れる。ゼルが言う。
「妖王は一体じゃない」
白蘭の動きが一瞬止まる。
「……」
ゼルが笑う。
「器がある」
白蘭の刀が止まったままになる。
「強すぎる妖気は」
ゼルの目が細くなる。
「世界に溢れる」
鎖が再び増殖する。地面から。壁から。空中から。
「だから――」
ゼルが言う。
「器が必要だ」
白蘭の目が鋭くなる。
「黙れ」
斬撃。空気が裂ける。ゼルの鎖がまとめて吹き飛ぶ。ゼルが後ろへ跳ぶ。
「怒った」
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一方。炎の戦場。イリスが空に浮かぶ火球を操っていた。巨大な炎。
五。十。二十。
リンの顔から血の気が引く。
「いや多すぎでしょ……」
イリスが楽しそうに笑う。
「逃げる?」
リンが狐火を構える。
「逃げない」
狐火が青く燃える。イリスが手を振る。炎の雨。
ドォォォォォン!!
爆発が連続する。煙が上がる。リンが瓦礫の影に転がり込む。
「熱っ……」
髪の先が焦げている。イリスが降りてくる。
「弱いね」
リンが立ち上がる。
「うるさい」
狐火が増える。
十。二十。三十。
青い炎が周囲に浮かぶ。イリスが少し驚く。
「へえ」
一方。レンとヴァルガ。巨大な拳が振り下ろされる。レンが横へ走る。
ドォォン!!
地面が砕ける。カイトが飛び上がる。ヴァルガの肩へ。刀が振られる。
ザン!!
深い傷。黒い血。ヴァルガが咆哮する。
ゴォォォォォ!!
レンが笑う。
「効いてる効いてる」
そして跳ぶ。ヴァルガの顔の高さまで。拳を振る。
ドゴォォォン!!
顔面直撃。巨体が揺れる。だがヴァルガの目が光る。
レンを見た。完全に狙っている。レンが呟く。
「なんか……」
嫌な予感。その瞬間ヴァルガの背中から黒い妖気が噴き出した。
まるで翼のように広がる。長老が震える。
「第二段階……」
リンが振り返る。
「え?」
長老が言う。
「完全覚醒だ……!」
ヴァルガの体が膨れ上がる。筋肉。妖気。圧力。空気が歪む。
レンが顔をしかめる。
「マジかよ」
カイトが地面へ降りる。刀を構える。
「ここからが本番だ」
ヴァルガの目が光る。そして消えた。レンの目が開く。
「速――」
次の瞬間。
ドォォォォォォォン!!
レンの体が吹き飛んだ。建物を突き破る。壁が崩壊する。
瓦礫が崩れる。リンが叫ぶ。
「レン!!」
煙の中。静かになる。カイトが目を細める。
「……」
瓦礫が動いた。
ガラ……
レンが立ち上がる。額から血が流れている。だが笑っていた。
「いいね」
拳を握る。その瞬間レンの背後に黒い影が揺れる。長老が震える声で言う。
「やはり……」
白蘭もその気配を見る。リンも感じる。それはヴァルガと同じ。
だがもっと深いもっと古い妖気。レンが言う。
「ようやく分かってきた」
拳を鳴らす。
「この力」
ヴァルガが咆哮する。レンも笑う。そして。二つの妖王の気配が妖市の空でぶつかろうとしていた。妖市の空気が変わっていた。ヴァルガの妖気。それに対抗するようにレンの周囲の空気が震えている。長老が震える声で言った。
「やはり……」
リンが振り向く。
「何が?」
長老の目はレンを見つめていた。
「妖王の……器だ」
リンの顔が固まる。
「……え?」
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一方。レンは瓦礫の上に立っていた。額から血が流れている。
だが本人は気にしていない。拳を握る。
「いてぇな……」
ヴァルガがゆっくり近づく。巨大な足。
ドン……ドン……
地面が揺れる。レンが笑う。
「いいじゃん」
肩を回す。
「やっと本気か」
カイトが横へ来る。刀を構える。
「油断するな」
レンがちらっと見る。
「さっき吹き飛ばされたの誰だっけ」
カイトが無表情で言う。
「今度は避けろ」
その瞬間ヴァルガが動いた。消えた。レンの目が開く。
「速っ」
背後。巨大な拳。レンが振り向く。間に合わない。
だがカイトが前へ出た。刀が光る。
ガキィィン!!
衝撃。カイトの足元の地面が割れる。だが防いだ。カイトが歯を食いしばる。
「……重いな」
レンが笑う。
「サンキュー」
次の瞬間レンが踏み込む。拳。
ドゴォォォン!!
ヴァルガの腹へ直撃。巨体が少し浮く。カイトが目を細める。
「今のは……」
レンの拳。その周囲に黒い揺らぎ。妖気。レンは気づいていない。
「なんか」
拳を見る。
「さっきより殴りやすい」
長老が呟く。
「覚醒が始まっている……」
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一方。白蘭とゼル。戦いはさらに激しくなっていた。
鎖。無数。空を埋める。
シャララララ!!
白蘭の周囲を完全に包囲。ゼルが笑う。
「どうした?」
白蘭は静かだった。ただ刀を持つ。
「……」
ゼルが言う。
「妖王の器」
白蘭の目が鋭くなる。
「お前も感じているだろ」
鎖が迫る。白蘭が動く。斬撃。風。
ザザザザザ!!
鎖がまとめて切れる。ゼルが後ろへ跳ぶ。
「面白い」
白蘭が言う。
「黙れ」
ゼルが笑う。
「怖いのか?」
白蘭の刀が止まる。ゼルが続ける。
「もしあの人間が完全に覚醒したら」
鎖が空中で揺れる。
「ヴァルガすら」
ゼルの目が細くなる。
「殺される」
白蘭の目が揺れた。
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一方。炎の戦場。イリスが空に浮かんでいる。
炎の輪が彼女の周囲を回る。リンが息を切らしていた。
「はぁ……」
狐火がまだ燃えている。だが数は減っている。イリスが退屈そうに言う。
「頑張るね」
リンが睨む。
「まだ終わってない」
イリスが指を鳴らす。炎の槍。数十本。リンへ。
リンが印を結ぶ。狐火が広がる。
ドォォォン!!
爆発。煙。リンが瓦礫の上に着地する。
「……まだ」
遠くを見る。レンが戦っている。ボロボロなのに笑っている。リンが小さく笑う。
「ほんとバカ」
狐火が再び燃える。
「でも」
炎が大きくなる。
「負けられない」
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一方。レンとヴァルガ。ヴァルガが両腕を振り上げる。巨大な攻撃。
レンが跳ぶ。カイトが走る。
ドォォォン!!
地面が完全に崩れる。レンが空中で体をひねる。拳を振る。
ドゴン!!
ヴァルガの目に当たる。巨体がよろめく。レンが着地する。
「だいぶ効くようになった」
その瞬間。レンの背後。黒い影。少しだけ形になる。巨大な角のようなもの。
長老が震える。
「妖王……」
カイトも気づく。
「……なるほど」
レンが言う。
「なんだ?」
カイトが答える。
「お前」
刀を構える。
「人間じゃないな」
レンが笑う。
「知ってる」
そのときヴァルガが咆哮した。
ゴォォォォォォ!!
妖気が爆発する。空が震える。街の結界が軋む。長老が叫ぶ。
「まずい!」
ヴァルガの口。黒い光が集まる。今度はさっきの比じゃない。巨大。
圧縮された破壊。リンが叫ぶ。
「また!?」
ゼルが笑う。
「終わりだ」
イリスも笑う。
「全部焼ける」
白蘭の目が鋭くなる。レンが空を見る。
「でっか」
カイトが言う。
「避けろ」
レンが首を振る。
「無理だろ」
黒い光が膨れ上がる。妖市全体を飲み込むサイズ。長老が絶望する。
「結界が持たん……!」
次の瞬間ヴァルガが放った。
ドォォォォォォォォ!!
破壊の奔流。街へ。妖市へ。すべてを消し飛ばす一撃。リンが叫ぶ。
「レン!!」
そのときレンが一歩前へ出た。拳を握る。その背後。黒い影が大きく広がる。
巨大な妖の影。角。牙。王の気配。レンが呟く。
「なるほど」
拳を振り上げる。
「こう使うのか」
そして――殴った。ヴァルガの放った破壊の奔流。黒い光の洪水。
妖市を丸ごと消し飛ばすほどの力が、一直線に押し寄せていた。
空気が焼ける。石畳が崩れる。建物の壁がひび割れる。長老が叫んだ。
「結界がもたん!」
リンの顔が青くなる。
「そんな……!」
ゼルが笑う。
「終わりだ」
イリスも楽しそうに空を見上げていた。
「綺麗に消えるね」
白蘭だけが動かなかった。ただ――レンを見ていた。
その視線の先。通りの中央。レンが一歩前に出る。黒い破壊の波が迫る。
カイトが言う。
「避けろ」
レンが答える。
「無理だろ」
その声は妙に落ち着いていた。拳を握る。その瞬間。レンの背後、黒い影が揺れた。ゆっくりと形になる。巨大な輪郭。角。鋭い牙。まるで――古代の妖王。
長老の声が震える。
「妖王の……影……」
リンが呟く。
「レン……?」
レンは空を見上げる。迫る破壊の光。そして小さく言った。
「なるほど」
拳を構える。
「こう使うのか」
その瞬間レンの拳の周囲に黒い妖気が集まる。空気が歪む。地面が軋む。
カイトが目を細めた。
「……完全じゃないが」
レンが笑う。
「十分だ」
そして――拳を振り抜いた。
ドォォォォォォォォォン!!
衝撃。見えない壁のような圧力が前方へ爆発する。黒い破壊の奔流と正面衝突。
一瞬空間が止まる。そして砕けた。
バキィィィィン!!
黒い光が粉々に割れる。ガラスのように破壊の波が消滅する。衝撃波だけが空へ広がる。妖市の空が揺れた。静寂。誰も動けなかった。ゼルが呟く。
「……嘘だろ」
イリスの笑みも消える。
「なにあれ」
長老は震えていた。
「妖王……」
白蘭が静かに言う。
「違う」
視線はレン。
「あれは」
白蘭の声が低くなる。
「器だ」
レンは拳を振り下ろす。
「ふぅ」
まるで軽い運動の後のような顔。
「なんとかなるもんだな」
カイトが呆れた顔をする。
「なんとかのレベルじゃない」
レンが振り向く。
「そう?」
だが次の瞬間ヴァルガが動いた。咆哮。
ゴォォォォォォォ!!
巨大な怒り。黒い妖気が空へ噴き上がる。完全に怒っていた。ヴァルガの赤い目。
レンだけを見ている。長老が言う。
「まずい……」
リンが聞く。
「何が?」
長老の声が重い。
「妖王は」
ゆっくり言う。
「自分と同じ存在を許さない」
レンが首をかしげる。
「どういう意味?」
その瞬間ヴァルガの妖気が爆発した。
ゴォォォォォ!!
空が黒く染まる。街全体が震える。ゼルが笑った。
「なるほど」
イリスも笑う。
「始まるね」
白蘭が刀を構える。リンも狐火を燃やす。カイトが言う。
「レン」
レンが振り向く。
「ん?」
カイトの目は真剣だった。
「ここからが本当の戦いだ」
レンが笑う。
「最初からそうだろ」
ヴァルガが走った。巨大な体。地面を踏み砕きながら一直線にレンへ。
レンが拳を握る。その背後黒い妖王の影が再び揺れる。まだ不完全だが確実に目覚め始めていた。レンが笑う。
「来いよ」
そして。二つの妖王の力が妖市の中心で激突しようとしていた。




