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『喧嘩上等、異界道中』  作者: 弓庭柔悟


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第3話狐面の剣士

妖市の夜は長い。だが、騒ぎのあと通りは少し静かになっていた。壊れた屋台を妖たちが片付けている。


「ったく」


レンが腕を回す。


「めちゃくちゃにしやがって」


「半分はお前だ」


白蘭が言う。


「俺のせい!?」


「殴っただろう」


「殴るだろ普通!」


鬼の門番が近づいてくる。巨大な影。


「……お前たち」


低い声。


「礼を言う」


レンが笑う。


「どういたしまして」


鬼は白蘭を見る。


「白蘭」


「……」


「人狩りを追い払うとは」


「追い払っただけだ」


「それでも大したものだ」


鬼はレンを見る。


「そして人間」


「レンだ」


「レン」


鬼が頷く。


「強いな」


レンは笑った。


「喧嘩なら負けねぇ」


鬼は腕を組む。


「しばらく市にいろ」


「なんで」


「人狩りはまた来る」


白蘭が言う。


「本体はまだいる」


鬼は頷く。


「だからだ」


レンは少し考える。


「……まぁ」


肩をすくめる。


「寝床あるならいいけど」


鬼が笑う。


「ある」


「決まりだな」


白蘭が小さく息を吐いた。


「……軽い男だ」


「人生は軽く行くもんだ」


二人は妖市の奥へ歩く。通りには奇妙な店が並んでいた。薬草。妖石。呪符。そして見たことのない食べ物。


「……」


レンは興味津々だった。


「おい」


「何だ」


「あれ何?」


「妖魚」


「魚?」


「生きたまま食べる」


「却下」


また歩く。羽のある妖が酒を売っている。


狐の顔の商人が笑っている。レンはずっと周囲を見ていた。


「……」


白蘭が言う。


「珍しいか」


「そりゃな」


レンは笑う。


「異世界だし」


白蘭は少し黙る。


「……怖くないのか」


「何が」


「この世界」


レンは肩をすくめる。


「昨日はちょっと怖かった」


「だろうな」


「でも」


レンは空を見る。妖市の灯り。


「悪くねぇ」


白蘭は少し驚いたようだった。


「悪くない?」


「喧嘩相手強いし」


「そこか」


レンは笑う。


「あと」


「?」


「お前いるし」


白蘭が止まる。


「……何だそれは」


「相棒だろ」


「決めた覚えはない」


「俺はある」


白蘭は少し黙る。そして。


「……妙な男だ」


「それ三回目」


宿に着いた。木の建物。提灯が揺れている。


鬼が扉を開けた。


「ここだ」


中は広かった。畳のような床。低い机。


「和風だな」


「何だそれは」


「俺の世界の文化」


鬼が腕を組む。


「休め」


「助かる」


レンは床に寝転がる。


「ふぅ」


白蘭は壁にもたれる。狐面のまま。


レンが言う。


「なぁ」


「何だ」


「その面」


「……」


「ずっとつけてるな」


「そうだ」


「暑くね?」


「慣れている」


レンは起き上がる。


「外せよ」


「断る」


「顔見せろ」


「嫌だ」


「なんで」


白蘭は少し黙った。そして言う。


「……面倒だからだ」


「絶対嘘だろ」


そのとき。外で足音がした。


複数。鬼が眉をひそめる。


「……誰だ」


扉が開く。入ってきたのは黒い装束の妖たちだった。全員、同じ紋章。狐の紋。


「……」


白蘭の体が固まる。レンが気付く。


「知り合い?」


先頭の男が言う。


「いたぞ」


冷たい声。


「白蘭」


空気が張り詰める。鬼が低く唸る。


「何者だ」


男が答える。


「狐族の者」


そして白蘭を見る。


「裏切り者を迎えに来た」


レンが眉を上げた。


「……裏切り?」


白蘭は何も言わない。ただ剣を握った。レンが言う。


「おい」


「……」


「どういうことだ」


白蘭は小さく言った。


「……長くなる」


宿の空気が一瞬で冷えた。黒装束の妖たち。全員、同じ紋章。狐の紋。


「……」


白蘭の手が剣の柄を握る。


レンはそれを見た。


「おい」


小声で聞く。


「知り合い?」


白蘭は答えない。だが、視線だけでわかった。知っている。しかも、嫌な相手だ。先頭の男が一歩前に出る。長い髪。鋭い目。そして同じく狐の面。


「久しいな」


低い声。


「白蘭」


白蘭の声が冷える。


「……帰れ」


 男は小さく笑う。


「それはできない」


「……」


「お前を連れて帰る」


レンが腕を組む。


「どこに」


男がレンを見る。


初めて気付いたようだった。


「……人間」


「そうだけど」


男は少し興味深そうにレンを見る。


「珍しい」


「動物園じゃねぇぞ」


男は無視した。白蘭を見る。


「お前が人間といるとはな」


「関係ない」


「ある」


男が言う。


「狐族の名を捨てた者が」


「……」


「人間と旅をしている」


宿の空気がさらに重くなる。


レンが眉を上げる。


「狐族?」


男は言う。


「知らないのか」


「何を」


「こいつは」


白蘭を指す。


「狐族の王家の剣士だ」


レンが固まる。


「……は?」


白蘭の声が低くなる。


「黙れ」


男は笑う。


「隠していたのか」


「黙れ」


「人間に」


白蘭が一歩前へ出る。剣を抜く。


 シュン。


「それ以上言うな」


空気が震える。男は肩をすくめた。


「短気だな」


レンが横で呟く。


「王家?」


白蘭が言う。


「レン」


「ん?」


「下がれ」


「嫌だ」


「巻き込まれる」


「もう巻き込まれてる」


レンは男を見る。


「つまり」


「何だ」


「お前ら」


指を差す。


「身内の揉め事?」


男が笑う。


「そんなところだ」


「じゃあ帰れ」


「それはできない」


男の声が冷える。


「我々は命令で来ている」


「誰の」


「王の」


白蘭の目が細くなる。


「……兄上か」


レンが驚く。


「兄?」


男は頷く。


「そうだ」


「白蘭様は王弟」


「……」


レンが白蘭を見る。


「マジ?」


白蘭は何も言わない。ただ剣を構えている。


レンが笑う。


「お前」


「何だ」


「めちゃくちゃ偉いじゃん」


「昔の話だ」


男が言う。


「今でも王族だ」


「違う」


白蘭が言う。


「私は追放された」


宿が静まり返る。レンが呟く。


「追放?」


男が頷く。


「罪人だからな」


レンが眉をひそめる。


「何したんだ」


男が言う。


「人を助けた」


レンが瞬きをする。


「……は?」


白蘭の声が低い。


「黙れ」


男は続ける。


「妖族の掟を破り」


「人間を逃がした」


「……」


「その結果」


男の声が冷たくなる。


「国を裏切った」


沈黙。レンが白蘭を見る。白蘭は何も言わない。ただ剣を握っている。レンが言う。


「それだけ?」


男が答える。


「それだけで十分だ」


レンがため息をつく。


「くだらねぇ」


男の目が細くなる。


「何?」


レンが肩を回す。


「人助けしただけだろ」


「妖族の掟だ」


「知らねぇよ」


レンが前に出る。


「いいじゃん」


「……」


「俺は好きだぞ」


白蘭がレンを見る。


「……」


レンが笑う。


「そういう奴」


男が言う。


「人間」


「何だ」


「黙れ」


「断る」


男の目が光る。


「……殺すぞ」


レンが笑う。


「やってみろ」


沈黙。そして男が手を上げた。


「捕らえろ」


黒装束の妖たちが動く。剣を抜く。


鬼が唸る。


「ここは妖市だ」


男が言う。


「関係ない」


レンが拳を鳴らす。


「また喧嘩か」


白蘭が小さく言う。


「……レン」


「ん?」


「逃げろ」


「嫌だ」


「これは私の問題だ」


「違う」


レンは笑う。


「もう俺の問題でもある」


白蘭が黙る。レンが言う。


「相棒だろ」


数秒の沈黙。そして白蘭が小さく息を吐いた。


「……本当に妙な男だ」


レンが拳を構える。


「来いよ」


黒装束たちが一斉に踏み込む。剣が光る。


レンが突っ込む。


「おらぁ!!」


黒装束の妖たちが一斉に動いた。剣が抜かれる音。宿の空気が張り裂ける。


「捕らえろ」


狐族の男が命じる。その瞬間レンが踏み込んだ。


「おらぁ!!」


拳が一人の顎に入る。


ドゴン!!


妖が壁に叩きつけられる。


「っ!」


残りの妖たちが一瞬だけ止まる。人間の拳で妖が吹き飛んだ。想定外だった。


「何ぼーっとしてんだ!」


レンが笑う。


「喧嘩だぞ!」


二人目が斬りかかる。レンが腕で受ける。


 ガン!


「いてぇ!」


だがそのまま腹へ拳。


 ドン!


妖が崩れる。白蘭が動く。剣が閃く。


シュン。


黒装束の剣が弾かれる。


「……」


白蘭の剣は静かだった。だが速い。


次の瞬間。二人の妖が同時に倒れる。


狐族の男が眉をひそめる。


「腕は鈍っていないか」


白蘭は答えない。ただ剣を構えている。


レンが横で笑う。


「すげぇな」


「何が」


「めちゃくちゃ強いじゃん」


白蘭が小さく言う。


「集中しろ」


「してる」


また妖が突っ込む。三人同時。


レンが一人を殴る。白蘭が二人を斬る。


数秒。宿の床に妖たちが倒れていた。


静寂。残ったのは狐族の男だけ。


「……」


男がゆっくり歩く。


「予想以上だ」


剣を抜く。長い刀。妖気が重い。レンが呟く。


「ボス?」


白蘭の声が低くなる。


「……強い」


「マジ?」


「狐族でも上位だ」


レンが笑う。


「じゃあ燃える」


男が止まる。


「白蘭」


「……」


「帰れ」


「断る」


「なぜだ」


白蘭は答えない。レンが言う。


「自由だからだろ」


男がレンを見る。


「人間」


「何だ」


「黙っていろ」


「断る」


レンは肩を回す。


「こいつは」


白蘭を指す。


「俺の相棒だ」


白蘭が小さく言う。


「……誰が」


レンが笑う。


「もう決定事項」


男の目が冷たくなる。


「では」


刀を構える。


「お前から殺す」


瞬間。消えた。


「っ!」


レンの目の前。刀。白蘭が割り込む。


ガン!!


剣と刀がぶつかる。


火花。白蘭が押される。


「……!」


レンが横から殴る。男が避ける。


速い。


「ちっ」


レンが舌打ち。男が再び踏み込む。


剣撃。白蘭が受ける。


ガン、ガン、ガン。


床が割れる。レンが横から拳。


男が肘で防ぐ。


ドン。


衝撃。


「人間にしてはやる」


「そりゃどうも」


戦いは速かった。三人の影が交差する。


宿の壁が壊れる。机が砕ける。そして男の刀が弾かれる。一瞬の隙。レンが叫ぶ。


「白蘭!」


白蘭が踏み込む。剣が首へ。男が止める。


ガン!!


だが白蘭の体が崩れた。


「……!」


レンが驚く。


「おい!」


白蘭の肩から血が流れていた。さっきの斬撃。深い。男が言う。


「弱くなったな」


白蘭が息を吐く。


「……そうかもしれない」


レンの顔が歪む。


「おい」


白蘭が言う。


「レン」


「何だ」


「逃げろ」


「またそれか」


「勝てない」


レンが笑う。


「さっき狼でも言ってた」


「……」


「でも勝った」


レンが拳を握る。


「なぁ」


「何だ」


「お前」


白蘭を見る。


「面外せ」


白蘭が止まる。


「……何」


「顔見たことねぇ」


「今それか」


「気になる」


男が呆れた声を出す。


「戦闘中だぞ」


レンが言う。


「最後かもしれねぇし」


沈黙。白蘭がゆっくり手を上げる。狐の面に触れる。そして外した。月明かりが顔を照らす。銀色の髪。整った顔。鋭いオッドアイ。黄色と紫。そして狐の耳。レンが固まる。


「……」


数秒。


「……」


そして。


「イケメンじゃん」


白蘭がため息をつく。


「……それだけか」


「期待した?」


「してない」


男が冷たく言う。


「終わりだ」


刀を構える。レンが前に出る。


「来い」


男が踏み込む。


その瞬間外から声が響いた。


「そこまでだ」


重い声。鬼の門番だった。そして妖市の警護たち。数十。男が舌打ちする。


「……ちっ」


白蘭を見る。


「今日はここまでだ」


「……」


「だが」


男の目が光る。


「次は連れて帰る」


黒い煙。そして男の姿が消えた。


静寂。レンが座り込む。


「……疲れた」


白蘭も壁に寄りかかる。鬼が言う。


「大丈夫か」


「なんとか」


レンが白蘭を見る。


「お前」


「何だ」


「王子様だったのか」


「元だ」


「すげぇな」


白蘭が小さく言う。


「……すまない」


「何が」


「巻き込んだ」


レンは笑う。


「いいよ」


「……」


「面白いし」


白蘭が少し黙る。そして。


「……本当に妙な男だ」


レンが笑う。


「それ褒め言葉な」


妖市の灯りが揺れていた。こうして二人の関係は少しだけ深くなった。

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