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第2話妖市の夜

森の朝は早かった。レンは地面の硬さで目を覚ました。


「……いてぇ」


背中が痛い。木の根に当たっていたらしい。


空はまだ薄暗い。霧が森の間を漂っている。


「……夢じゃねぇのか」


昨夜のことを思い出す。空が割れて。


森に落ちて巨大な狼に襲われて狐面の剣士と出会って最後には、二階建てサイズの狼と殴り合った。


「……」


レンは顔を覆った。


「異世界とかマジかよ」


「起きたか」


静かな声。レンが顔を上げる。


少し離れた場所で、白蘭が火を起こしていた。小さな焚き火。枝の上に串が刺さっている。肉だった。


「……それ」


「妖狼の肉だ」


「昨日のやつ?」


「そうだ」


「食えんの?」


「食える」


白蘭は淡々としている。狐面のまま。


「顔それ外さねぇの?」


「外さない」


「なんで」


「理由がある」


「怪しいな」


白蘭は答えない。肉をひっくり返す。


香ばしい匂いが漂った。レンの腹が鳴る。


ぐぅぅぅ。


「……」


「……」


「……」


レンは視線を逸らす。


「腹減ってるなら食え」


白蘭が肉を差し出した。レンは受け取る。


「いただきます」


一口噛む。


「……」


もう一口。


「……うめぇ」


白蘭は少しだけ驚いたようだった。


「平気なのか」


「何が」


「妖の肉だ」


「肉は肉だろ」


レンは豪快に食べる。


「昨日死ぬほど殴ったし」


「そういう問題ではない」


レンは食べ終わる。


「ごちそうさん」


「早いな」


「燃費いいんだよ」


白蘭は焚き火を消した。そして立ち上がる。


「行くぞ」


「どこへ?」


「妖市」


「……?」


レンは首を傾げる。


「妖の市だ」


「マーケット?」


「似たようなものだ」


「スーパー?」


「違う」


レンは笑う。


「いいじゃん」


「何が」


「異世界っぽい」


白蘭は少し黙った。


「……お前は妙に落ち着いているな」


「パニックしても仕方ねぇし」


レンは肩を回す。


「帰る方法探すしかねぇだろ」


「……」


白蘭はレンを見た。


「本当に帰りたいのか」


「そりゃな」


「元の世界に」


「当たり前だろ」


レンは答える。


「友達もいるし」


「……」


「喧嘩相手もいる」


「それは友達ではない」


「似たようなもんだ」


白蘭は何も言わない。少し歩き出す。


レンもついていく。森を抜ける道。


「妖市ってどんなとこ?」


「妖が集まる」


「ざっくりだな」


「人間は普通入れない」


「俺入れるの?」


「……」


白蘭は少し考えた。


「問題になるかもしれない」


「俺強いぞ」


「昨日見た」


「だろ?」


「だが問題はそこじゃない」


「じゃあ何」


「人間は珍しい」


「動物園扱い?」


「近い」


レンは笑った。


「それはそれで面白い」


白蘭は呆れたようだった。しばらく歩く。


森が開ける。丘の上だった。その下に光があった。


「……おお」


レンが声を漏らす。谷の中。そこには街があった。いや、街というより夜市。無数の灯り。屋台。人影。いや人じゃない。


「……」


レンは目を細める。角のある男。羽のある女。獣の顔の商人。


「……マジで妖怪じゃねぇか」


「妖だ」


白蘭が言う。


「ここが妖市」


レンはニヤッと笑った。


「最高じゃん」


白蘭は小さく息を吐いた。


「問題を起こすな」


「努力はする」


「信用できない」


「正直だな」


二人は丘を下りる。妖市の入口。赤い提灯が並ぶ門。門番がいた。巨大な鬼。


「止まれ」


低い声。鬼が睨む。そしてレンを見る。


「……?」


鬼の目が細くなる。


「人間?」


周囲の妖たちがざわめく。


「人だ」


「珍しい」


「本物か?」


レンは笑う。


「見世物じゃねぇぞ」


鬼が白蘭を見る。


「白蘭」


「久しいな」


「なぜ人間を連れている」


白蘭は短く答えた。


「拾った」


「犬か」


「近い」


レンが抗議する。


「違ぇわ」


鬼は少し笑った。


「面白い」


だが次の瞬間鬼の顔が変わる。


「だが」


声が低くなる。


「最近、人狩りが出ている」


レンが眉を上げる。


「人狩り?」


鬼は頷く。


「人間を捕まえる妖だ」


白蘭の目が細くなる。


「……誰だ」


鬼は首を振る。


「わからん」


「だが」


鬼はレンを見た。


「お前は狙われる」


レンは笑った。


「上等」


白蘭は小さく呟く。


「……面倒なことになりそうだ」


そのときだった。


妖市の奥で悲鳴が上がる。


「きゃあああ!!」


レンと白蘭が同時に振り向く。そして屋台が吹き飛ぶ。黒い影。そして叫び。


「人間だ!!」


低い声。


「見つけたぞ」


レンが呟く。


「……おい」


白蘭も言う。


「……来たな」


妖市の奥で、屋台が吹き飛んだ。バキン、と木が割れる音。


皿が砕け、食べ物が散らばる。


「きゃあああ!!」


妖たちの悲鳴が広がった。通りが一気に騒然となる。レンと白蘭は同時に振り向いた。煙の向こう。黒い影が立っていた。背が高い。細い体。黒い衣。顔は仮面。


「……」


レンが呟く。


「人狩り?」


白蘭の声は低い。


「……おそらく」


仮面の男がゆっくり歩く。その手には鎖。


そして、その鎖の先には鉄の首輪。


「……」


レンの眉が動く。


「それ、嫌いなタイプだ」


仮面の男が止まる。そして。


顔を上げた。仮面の奥から、レンを見る。


「……」


低い声。


「人間」


空気が凍った。


周囲の妖たちが距離を取る。


「見つけた」


男が笑った。仮面の奥で。


「逃げろ」


白蘭が言う。


「は?」


「奴の目的はお前だ」


「マジ?」


仮面の男が一歩踏み出す。


「久しぶりだ」


鎖を鳴らす。


「生きた人間」


レンは眉をひそめた。


「……お前」


「なんだ」


「趣味悪すぎだろ」


仮面の男は答えない。ただ、鎖を回す。


ガシャン。


重い音。その瞬間。仮面の男が消えた。


「っ!」


レンの横。


ドゴン!!


屋台が吹き飛ぶ。


「速っ!」


白蘭が踏み込む。剣が閃く。


ガン!!


鎖が剣を受け止めた。火花。


「ほう」


仮面の男が言う。


「狐面の剣士か」


白蘭の声が低くなる。


「……お前」


「知っているのか?」


「人狩り」


仮面の男が笑う。


「そう呼ばれている」


鎖が唸る。白蘭が後ろに飛ぶ。


レンが叫ぶ。


「おい!」


仮面の男の目がレンを見た。


「人間」


ゆっくり近づく。


「安心しろ」


「何が」


「すぐには殺さない」


鎖の首輪を掲げる。


「高く売れる」


レンの顔が歪んだ。


「……は?」


拳を握る。


「俺を」


一歩前へ。


「商品扱いかよ」


仮面の男は首を傾げる。


「問題あるか?」


その瞬間。レンが走った。


「あるに決まってんだろ!!」


拳が振り抜かれる。


ドン!!


仮面の男の顔面。仮面が割れる。


男が数歩下がる。周囲の妖がざわめく。


「……」


仮面の男が顔を触る。ヒビが入っていた。


「……ほう」


小さく笑う。


「面白い」


レンが構える。


「なぁ」


「何だ」


「俺ヤンキーなんだよ」


「ヤンキー?」


「喧嘩屋だ」


レンが笑う。


「捕まる趣味ねぇ」


仮面の男が鎖を振る。


シュン。


空気を裂く音。レンが避ける。


ドゴン!!


地面が割れる。


「……!」


レンの顔が引きつる。


「それ痛そう」


白蘭が横から斬り込む。剣が走る。


ガン!!


また鎖が防ぐ。


「二対一か」


仮面の男が呟く。


「悪くない」


鎖が回る。嵐のように。屋台が壊れる。柱が折れる。妖たちが逃げる。


「逃げろ!」


「市が壊れる!」


レンが舌打ちする。


「めちゃくちゃじゃねぇか!」


白蘭が言う。


「集中しろ」


「言われなくても!」


仮面の男が鎖を振る。レンが跳ぶ。白蘭が斬る。だが仮面の男は速い。鎖がレンの腕をかすめる。血が出る。


「っ」


仮面の男が笑う。


「いい」


「何が」


「強い人間は高い」


レンの目が細くなる。


「……」


白蘭が呟く。


「レン」


「ん?」


「下がれ」


「嫌だ」


「奴は強い」


「知ってる」


「私が止める」


「無理だろ」


レンは笑う。


「一人じゃな」


白蘭が少し沈黙した。レンが続ける。


「さっき狼倒したろ」


「……」


「コンビならいける」


白蘭は数秒黙った。そして。


「……本当に妙な男だ」


レンが笑う。


「褒めてる?」


「半分」


仮面の男が鎖を構える。


「相談は終わったか」


レンが拳を鳴らす。


「おう」


白蘭が剣を構える。


「来い」


仮面の男が笑う。


「では」


鎖が唸る。レンが突っ込む。白蘭が跳ぶ。


三人の影が交差した。鎖が唸った。空気を裂く音。レンは横に跳ぶ。


ドゴン!!


背後の屋台が粉々になる。


「おいおい!」


レンが叫ぶ。


「市壊れてんぞ!」


仮面の男は笑った。


「構わない」


鎖を回す。


「商売の邪魔をされるよりはな」


「お前が邪魔してんだろ!」


白蘭が踏み込む。剣が閃く。


シュン。


鎖がそれを受け止める。火花が散る。


「速いな」


仮面の男が言う。


「狐面」


白蘭は答えない。剣を引き、再び斬る。


連撃。だが鎖が壁のように動く。


ガン、ガン、ガン。


すべて弾かれる。


「……ちっ」


白蘭が距離を取る。


レンが横から突っ込む。


「おらぁ!!」


拳。仮面の男の腹へ。


ドン!!


鈍い音。だが仮面の男は後ろに下がっただけだった。


「硬ぇ……」


レンが呟く。仮面の男の体には黒い鎧のようなものがあった。妖力の膜。


「無駄だ」


仮面の男が言う。


「人間の拳では破れない」


レンが笑う。


「そうか?」


「何?」


「昨日」


レンは拳を鳴らす。


「狼の頭割ったぞ」


仮面の男が少し黙った。


その瞬間白蘭が叫ぶ。


「レン!」


「わかってる!」


レンが走る。仮面の男も動く。鎖が飛ぶ。レンは地面を蹴る。滑り込む。鎖が頭上を通る。レンが低い姿勢のまま踏み込む。


「おらぁ!!」


拳。顎へ。


ドン!!


仮面がさらに割れる。


「……」


仮面の男が後退する。


周囲の妖たちがざわめいた。


「人間が押してる?」


「あり得ない」


仮面の男が顔を触る。仮面のヒビ。


「……面白い」


低い声。


「本当に」


鎖がうねる。今度は速い。


レンの足に絡みつく。


「しまっ——」


ガシャン。


締まる。


「っ!」


レンの体が引き寄せられる。


仮面の男が笑う。


「捕まえた」


首輪を掲げる。


「これで——」


その瞬間白蘭が飛んだ。剣が閃く。


ガン!!


鎖が切れた。


「今だ!」


レンが叫ぶ。


「任せろ!」


レンは踏み込む。全力で拳を振りかぶる。


仮面の男の胸へ。


 ドゴン!!


衝撃。空気が震える。


仮面の男が数歩下がる。


初めて、体勢が崩れた。


「……」


仮面の男がレンを見る。


「……なるほど」


「何が」


「お前」


仮面の男の声が低くなる。


「ただの人間じゃないな」


レンは肩を回す。


「ただのヤンキーだ」


白蘭が横で呟く。


「それは違う」


「何が」


「お前の力」


レンが振り向く。


「普通じゃない」


「今言う?」


その瞬間。仮面の男の体から黒い霧が噴き出した。妖気。重い圧力。周囲の妖たちが後ずさる。


「……」


白蘭の声が低くなる。


「本気か」


仮面の男が鎖を回す。


「そろそろ」


「……」


「捕まえる」


鎖が嵐のように動く。レンと白蘭が同時に跳ぶ。屋台が壊れる。地面が裂ける。


「おい!」


レンが叫ぶ。


「やりすぎ!」


白蘭が言う。


「レン」


「ん?」


「奴の核を壊す」


「核?」


「胸の中心」


レンが見る。仮面の男の胸。黒い石のようなものが光っていた。


「なるほど」


レンが笑う。


「弱点じゃん」


「そうだ」


「じゃあ——」


レンが拳を握る。


「割るか」


二人が同時に動く。白蘭が前へ。剣が閃く。仮面の男が鎖で防ぐ。その瞬間。レンが横から飛び込む。一直線。


「おおおおお!!」


仮面の男が気付く。


「何——」


レンの拳。胸へ。


ドゴン!!


黒い石に直撃。ヒビが入る。


「……!」


仮面の男が後退する。レンが追う。


「もう一発!!」


拳。


ドン!!


ヒビが広がる。白蘭が跳ぶ。剣が落ちる。 シュン。


石が割れた。


パリン。


黒い光が弾ける。


「……っ」


仮面の男が膝をつく。周囲の妖気が消える。


静寂。レンが息を吐く。


「……終わり?」


仮面の男が笑った。


「……いい」


「何が」


「お前」


仮面の奥の目が光る。


「覚えておく」


次の瞬間。仮面の男の体が霧になる。


風に消える。


「……逃げた?」


白蘭が呟く。


「分身だ」


「は?」


「本体じゃない」


レンが頭を掻く。


「マジかよ」


周囲の妖たちがざわめく。


「人狩りを追い払った?」


「人間が?」


鬼の門番が近づいてくる。


「……驚いた」


レンが笑う。


「だろ?」


白蘭は少し黙っていた。そして言う。


「……レン」


「ん?」


「なぜ助けた」


「何を」


「私を」


レンは少し考える。そして笑った。


「仲間だろ」


白蘭が黙る。


「昨日から」


レンは肩をすくめる。


「コンビじゃん」


白蘭は少しだけ視線を逸らした。


「……妙な男だ」


レンが笑う。


「それ褒め言葉?」


「……半分」


妖市の灯りが揺れていた。そして遠くの屋根の上。黒い影がそれを見ていた。仮面の男本体。


「……見つけた」


低い声。


「面白い人間」


影は闇に消えた。


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