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三華繚乱  作者: 南優華
第六章
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第六章 曹華伝十九 始動した外征

春の大規模軍事演習から幾月が過ぎ、季節は夏を迎えていた。

太陽は高く、蒼龍国の大地に灼けるような熱を降り注いでいる。だが、この国を覆う空気は、夏の熱気以上に重く、張り詰めたものを孕んでいた。


泰延帝が演習の場で高らかに宣言した「四方への外征」。その暴挙は、一見すれば狂気にしか映らぬものだった。

だが、私――曹華は知っていた。それは表向きの大義名分であり、真の狙いは「黒龍宗の影響下にある四将軍の排除」にあった。



軍議の間、泰延帝は玉座に深く腰掛け、その瞳に狂気めいた光を宿していた。


「蒼龍国の威信を示すのだ! 四方を征すことこそ、帝の覇道!」


その声は玉座の間を震わせ、廷臣や将軍たちの背筋を凍らせるに十分だった。

だが、その場にいる誰もが知らぬこと――その叫びが、すべて「演技」であることを。


天鳳将軍は、帝の隣で一歩退き、深い溜息をついた。


「陛下、あまりにも無謀に過ぎます。この国の力を四方に分散させれば、国そのものが瓦解しましょうぞ」


厳しい叱責の言葉。しかし、それもまた演技だった。

泰延帝の狂気に見せかけた叫びと、天鳳将軍の冷徹な諫言。両者はあえて対立を装うことで、四将軍の警戒を解くために周到に仕組んだ二重の芝居を打っていた。


私は背後に控えながら、その見事な連携に戦慄していた。皇帝の狂気と、将軍の理性。まるで陰と陽のように交差し、黒龍宗の走狗である四将軍を欺いていたのだ。



春の演習で、各将軍は己の力を誇示した。

牙們将軍の狂乱の突撃。土虎将軍の鉄壁の守備。影雷将軍の影のような奇襲。麗月将軍の冷酷にして華麗な戦術。

表面上は見事に鍛え上げられた軍団であったが、その忠誠の矛先は国ではなく、黒龍宗である。


「奴らを戦場で討つ。」

それが泰延帝と天鳳将軍が共有する真の計画だった。



夏に入り、軍議は再び開かれた。玉座に座る泰延帝の口から飛び出した言葉は、驚くほどに「理性的」なものであった。


「四方征伐の計画は縮小する。まずは西の金城国だ」


臣下たちはざわめいた。春に狂気を吐き出した皇帝が、夏には急に現実的な策を述べる――その落差に困惑が走る。だが、それこそが演技の妙だった。

あの暴走発言は、もとより布石。いま「縮小」を示すことで、皇帝は理性を取り戻したかのように見せかけ、将軍たちの油断を引き出したのだ。


「西方への外征には、天鳳と麗月を向かわせる」


名が告げられた瞬間、空気が一変した。

麗月――五将軍の中で唯一の女性将軍。その戦術は華やかにして冷徹、敵兵ばかりか味方の命すら計算に入れる非情さを持つ。

麗月はゆるやかに片眉を上げ、艶然とした笑みを浮かべた。


「陛下のご命令、謹んで拝命いたします」


だが、その微笑の奥には冷たい刃が潜んでいた。麗月もまた黒龍宗の意を受けて動く将軍。だが、その才覚をもってしても、天鳳将軍の冷徹な策の網から逃れられることはない。



私はその場に立ちながら、背筋に粟が走るのを覚えていた。

父の仇敵であり、姉と弟を奪った蒼龍国の将軍たち。だが、その一人ひとりを、私はいずれ「戦場で討つ剣」とならねばならない。


天鳳将軍が私に視線を投げる。その眼差しには冷酷な計算と、私を試すような光があった。

――お前が剣となれるか。

その無言の問いに、私はただ深く頷いた。


外征の始動。それは蒼龍国が周辺諸国を震え上がらせる狼煙であると同時に、黒龍宗の影響下にある将軍たちを葬るための秘められた戦端でもあった。


夏の陽炎の中、蒼龍国の軍靴が西へと鳴り響こうとしていた。

その先に待つものは、金城国の城壁か、あるいは麗月将軍の血か。

私は自らの胸に手を当て、鼓動を聞いた。


「――ここから始まるのだ」


その鼓動は、復讐と宿命、そして未来を切り拓く決意の音だった。

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