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三華繚乱  作者: 南優華
第五章
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第五章 白華・興華伝三十三 雪嶺大将の決断

雪嶺大将は腕を組み、天井を仰いで長く息を吐いた。

「……まさか、本当に柏林国の生き残りとはな……」


その声は呟きでありながら、詰め所全体を震わせるような重さを帯びていた。

長年、戦場を渡り歩いた彼にとって、滅んだはずの国の王族が目の前に立っているという事実は、常識を覆す衝撃だった。


雪嶺は、白華に視線を戻す。

「白華。そなたは先ほど、妹の曹華が蒼龍国の天鳳将軍に連れ去られたと語っていたな。……何故、それが分かるのだ?」


白華は迷わず答えた。

「玄翁老仙の仙術です。思念を糸口にして行方を探れる仙術……思念が強ければ強いほど、確実性が高まるそうです。私は使えませんが、玄翁様が視たのです」


「思念を元に……」

雪嶺は低く唸り、顎髭を撫でた。その眼光は、ただの方便か、それとも真実かを探るように鋭さを増していく。


やがて彼は言った。

「白華。もしそなたが何らかの仙術を使えるのであれば──ここで見せてくれぬか?」


その一言に、室内の空気が張りつめた。

彗天は「大将!」と声を上げかけたが、雪嶺の一瞥で言葉を呑んだ。氷雨は無言で白華に注視している。


白華はしばし目を閉じ、そして静かに立ち上がった。

「承知しました。それでは──」


彼女は隣に座る興華の手をそっと握りしめ、息を深く吸い込んだ。


次の瞬間。

淡い光がふわりと白華の掌から溢れ、空気が揺らいだように見えた。壁の輪郭がぼやけ、机の木目が淡く歪む。兵士たちの目には、白華と興華の姿がかすかに霞み、まるで存在そのものが希薄になったかのように映った。


「こ、これは……!」

彗天が絶句し、無意識に半歩後ずさった。


氷雨もまた目を見開き、吐息を漏らす。

「認識阻害……? まさか、ここまでの……」


雪嶺大将の眼光がぎらりと光った。長年の戦場経験をもってしても、この感覚は初めてだった。

「……確かに姿が霞む……いや、それだけではない。気配そのものが……掴めん」


白華は静かに仙術を解き、淡い揺らぎが収まっていった。

「これが、私に使える仙術です。玄翁老仙から学んだもの。これが、ただの流浪の者の技に見えますか?」


雪嶺はしばらく無言のまま白華を見据え、やがて低く笑った。

「……ほう。なるほどな。これは虚言では到底できぬ芸当よ」


彗天はまだ納得できずに唸った。

「しかし、大将! これしきの幻惑に騙されては……!」


「黙れ、彗天!」雪嶺は一喝した。「これは儂の眼が確かに見たことだ。小娘と小僧に過ぎぬと思うたが……どうやら器の大きさは侮れん」


氷雨はまだ動揺を引きずりつつも、白華をじっと観察していた。

(……この娘……只者ではない。本当に、黒龍宗の影とは無縁かもしれぬ……)


雪嶺は大きく腕を組み直し、重々しく告げた。

「よかろう。白華、興華。儂は今すぐに結論を下すことはせぬ。だが、この件は必ず陛下に奏上せねばならん。……その前に、儂がもう少し、そなたらを見極めてやろう」


その声には、戦場で数多の兵を率いた将としての重みと、国を守らんとする決意が滲んでいた。


白華は静かに頭を垂れ、興華もまた無言で拳を握りしめていた。


雪嶺の眼差しには、試すような光と、わずかながら確信に近いものが宿り始めていた。

(もし本当に……景曜の血を継ぐ者ならば。黒龍宗との戦いにおいて、この姉弟は……)


取り調べ室の空気は、一層重く、そして新たな運命の幕開けを予感させるものへと変わっていた。


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