表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三華繚乱  作者: 南優華
第五章
74/336

第五章 白華・興華伝三十二 明かされる父の名。そして。

取り調べ室には、沈黙が重く垂れ込めていた。


白華の語りが終わった後も、雪嶺大将も、彗天中将も、氷雨中将も言葉を失っていた。彼らは皆、心の奥底で動揺していたのだ。

虚偽と断じるのは容易い。いまここで首を刎ねてしまえば、それで全ては片付く。

だが──本当にそうだろうか?


白華と興華の姿から漂う確かな気配は、単なる流浪の者では到底あり得ぬ気迫を帯びていた。それは、軍歴三十余年の雪嶺大将にすらも、簡単に切り捨てるには惜しいと感じさせるものだった。


雪嶺は大きな手を机に置き、深い息を吐いた。

「……白華、興華。信じるに値するだけの話ではある。あるが、されど……」


彼の低い声は、室内の空気を再び緊張に染めた。

「もし、そなたらの父が柏林国の王子であったならば──その名を言えるはずだ。その名を告げよ。それならば、儂はお主らを信じよう」


白華はまっすぐに雪嶺を見つめ、深く頷いた。

「はい。雪嶺将軍……父の名前は──」


その瞬間、彗天と氷雨の目が細められた。


彗天は息を荒げ、心の中で呻いた。

(まさか……本当に言うつもりか? この小娘、最後の一線まで踏み込むつもりなのか!)


氷雨は逆に、息を潜めるようにして白華を凝視していた。

(虚偽ならば、ここで必ず綻びが出る。だが……この娘の目には、揺るぎがない。本当に……?)


白華の隣に座る興華は、唇を固く結び、額に冷や汗を滲ませていた。姉が言おうとしている名の重さを、彼は骨身に染みて理解していたからだ。


白華の声は、やがてはっきりと響いた。

「──父の名は、柏林王族・景曜けいよう。柏林の末王子にして、我らの父です」


取り調べ室の空気が凍りついた。


雪嶺は眉を顰めたまま、じっと白華を見据えていた。

「……景曜……確かにその名は、記録に残っておる。柏林国が滅びた折、行方不明となった王子の名が、まさにそれよ」


彗天の顔色が変わった。

「馬鹿な……二十六年も前のことだ! 生き延びていたなど、常識ではあり得ん!」


氷雨は息を呑み、しかし声を荒げずに呟いた。

「……だが、もし……もし真実ならば。黒龍宗が血眼になって探し続けていた理由も、すべて辻褄が合う……」


雪嶺は、拳を組んで額に押し当て、しばし沈思した。

彼の脳裏には、氷陵帝の顔が浮かんでいた。帝は何よりも白陵国の安寧を願う。だが同時に、黒龍宗の影に怯え、近頃は心を悩ませている。

──もしこれが真実であれば、帝にとっては吉兆か、それとも新たな災いの種か。


「ふむ……」と雪嶺は大きく息を吐き、顔を上げた。

「白華、興華。儂は、そなたらの言葉を即座に虚偽と断じることはできぬ。……だが、この件は儂一人で決することではない」


そう言った雪嶺の声音には、先ほどまでの豪胆さに加え、慎重さが滲んでいた。


彗天はまだ納得がいかぬ様子で声を荒げた。

「大将! こんな戯言に惑わされてはなりませぬ! 黒龍宗の奸計やもしれぬ!」


だが雪嶺は彗天を睨みつけ、一喝した。

「黙れ、彗天! お主の憤りは分かる。だが、虚実を見極めるのが我らの務めじゃろうが!」


叱責に彗天は歯噛みし、氷雨は小さく頷いて白華を見た。


白華は背筋を正したまま、静かに言葉を続けた。

「どうぞ、雪嶺将軍。私たちの真実を確かめてください。虚偽ならば、その場で私たちを斬ればよいのです」


その毅然たる態度に、雪嶺は胸の奥で得体の知れぬ熱を感じた。

(……まさか、本当に……景曜の子らが、生きてここに立っているのか?)


取り調べ室に、重くも新たな運命の気配が漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ