第五章 白華・興華伝三十一 語り出す白華
取り調べ室に張り詰める緊張を、白華の声が切り裂いた。
「……私は、翠林国の小さな村で生まれました。父は滅びの影に追われた柏林国の王族でしたが、名を偽り、ただの武官として暮らしていました。母は民の娘で、優しくも強い人。三姉弟──曹華、私、そして末弟の興華。ささやかでも温かな家族の暮らしが、そこにはありました。」
白華の声音は淡々としていた。しかし言葉の端々には、遠い日の情景が鮮烈に刻まれていた。
「けれど、平穏は長くは続きませんでした。蒼龍国の軍勢が村を襲ったのです。黒龍宗の影に操られた軍……炎が村を呑み、人々は次々と斃れました。父は王族としての血を狙われ、母は私たちを庇って命を落とした。」
興華は隣で俯き、握る拳を震わせていた。
白華は短く息を整えると、最も語り難い場面を口にした。
「その時、私たちは──牙們という男と遭遇しました。父を深く恨み、復讐の炎に燃える男。妹の曹華は、私と興華を逃がすため、彼に立ちはだかったのです。幼い身で、ただ必死に。あの瞬間、私と興華は一か八か、激流の川に飛び込みました。……妹を置き去りにして。」
雪嶺の眉が僅かに動き、彗天と氷雨も息を呑む。
白華の声は揺れていなかった。だが、その眼差しは痛みを刻んでいた。
「曹華は……蒼龍国に連れ去られました。そして──天鳳将軍のもとに渡ったのです。」
彗天が小さく呻き、氷雨は白華の横顔を凝視した。
「私はその背中を、川の流れに呑まれながら見送るしかなかった。あの時の絶叫は、今も耳を離れません。無力で……無惨で……。」
興華の目には涙が滲んでいた。彼は唇を噛み、声にならない嗚咽を飲み込む。
白華は続けた。
「川に流された私たちは、やがて山奥で一人の仙人に拾われました。玄翁──老仙です。彼は私たちに六年の修練を授けてくださいました。知恵と力を、黒龍宗に立ち向かい、妹を取り戻すために。」
静寂が落ちた。雪嶺は重々しい眼差しで白華を見据える。彗天の顔にはなおも疑念と怒りが混じるが、その剣を抜くことはできなかった。氷雨は息を呑み、目にかすかな畏敬の光を浮かべていた。
「信じるかどうかは、あなた方次第です。……けれど、これが私たちの真実です。」
そう言い切った白華の声は、冷たくも清澄で、揺るがぬ決意に満ちていた。
雪嶺は腕を組み、低く唸るように呟いた。
「……まさか。本当に、柏林国の血が……ここに生きているのか。」




