表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三華繚乱  作者: 南優華
第五章
73/403

第五章 白華・興華伝三十 しおらしい白華

 取り調べ室を覆う空気は、なおも氷刃のような張り詰めを保っていた。白華が雪嶺大将へ向けて放った挑発の言葉は、まだ室内に残響として漂っている。誰もが次の瞬間、血が流れることさえ覚悟していた。

――だが、その緊張を破ったのは、意外にも白華自身だった。彼女は、ゆっくりと椅子から立ち上がる。先ほどまで将軍を正面から挑発していた小娘とは思えぬほど、静かな動作だった。

そして。

白華は深く、深く頭を垂れた。

「……雪嶺大将。先ほどは無礼を働き、誠に申し訳ありませんでした」

その声の調子は、先刻までの鋼の響きを失っていた。今そこにあったのは、しおらしさと懇願を帯びた、柔らかな声音だった。

「ですが……私たちは決して虚偽の申告をしておりません。ここで命を賭して申すことに、嘘は一切ございません」

顔を上げぬまま、白華は続ける。

「いまから、私たち姉弟の生い立ちをお話しします。柏林国の王族の生き残りであると、信じていただけるように……」

一拍、息を置いて。

「どうか……どうか、耳を傾けてください」

室内は、水を打ったような静寂に包まれた。

彗天も、氷雨も、そして雪嶺さえも、言葉を失う。あまりにも鮮やかな変わり身だった。何より驚いていたのは、興華自身だった。

「……っ、姉さん……!」

思わず声が漏れる。白華の意図は、彼にも完全には読めなかった。だが、姉がただ怯えて頭を下げたのではないことだけは、はっきりと分かる。興華は衝動的に立ち上がり、雪嶺へと頭を下げた。

「雪嶺大将! 僕からも、姉の無礼をお詫びします!」

声は幼さを残しながらも、必死に抑えられていた。

「どうか……どうか、話を聞いてください。お願いします」

それは、祈りに近い声音だった。

雪嶺は胡乱げに目を細め、二人を見下ろした。

(……挑発の直後に、この低姿勢…策か? 二面性か? それとも――)

確かに策略の匂いは濃い。

だが、ここまで頭を下げられてなお耳を塞ぐのは、将としての器を疑われる行為でもあった。

(それに……この場で斬るだけでは済まぬ気配がある…)

雪嶺は、二人の背後にある“何か”を直感していた。


「ふざけるなッ!」

沈黙を破ったのは彗天だった。顔は紅潮し、拳は震えている。

「大将に無礼を働き、挑発までしておきながら、今さら殊勝ぶって許しを乞うとは……! この小娘、我らを愚弄しているのか!」

剣の柄に再び手が伸びる。

「いまここで――!」

氷雨は、その場で凍りついた。止める言葉が、出てこなかった。

(……違う。私は、怒っているのではない)

氷雨の胸にあったのは、恐怖だった。

(この娘……どこまで計算している? 挑発も、謝罪も、すべてを使い分けている……)

自分の経験では測れない存在を前にしているという感覚に、氷雨は言葉を失っていた。

「――やめぬかッ!!」

雪嶺の雷鳴のような怒号が、再び室内を震わせた。

その声に、彗天の動きは完全に止まる。刃は抜かれぬまま、空中で凍りついた。

「彗天! これ以上、儂の目の前で無様を晒すな!」

「……っ、し、しかし大将!」

「黙れ!」

彗天は歯を食いしばり、一歩退いた。なおも白華を睨みつけていたが、大将の威には抗えなかった。

雪嶺は机に身を預け、低く唸るように言った。

「……よかろう」

白華と興華を、改めて見据える。

「小娘と小僧よ。そなたらの話、儂が直々に聞いてやる」

その眼差しには、豪胆さと同時に、深い疑念と好奇心が宿っていた。

「だが心得よ。儂を欺こうものなら、そのときこそ容赦はせん」

白華は顔を上げ、静かに頷いた。その瞳には、恐れも迷いもなかった。

(……本当に賭けるつもりなんだな)

興華は姉の横顔を見つめ、胸の内でそう呟いた。

 取り調べ室に、再び緊張が満ちていく。

だが今度は、その主導権を握っているのは――白華自身だった。

読んでいただきありがとうございます。

作品、続きに興味を持っていただけたら、☆をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ