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三華繚乱  作者: 南優華
第一章
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第一章六 壊された日常

村の静寂は、遠くから響く軍靴の音と、鎧の擦れる金属音によって打ち破られた。

山の木々がざわめき、鳥たちは一斉に飛び立つ。

夕暮れの空の下、武装した影がゆっくりと村の入口へと姿を現した。


彼らはおよそ二十人。

だが、そのわずかな数にもかかわらず、放たれる威圧感は尋常ではなかった。

身につけている武具は磨き上げられ、動きには無駄がない。

ただの野盗ではない――彼らは、蒼龍国の正規兵だった。

敗残兵を装い、村人を油断させるための、冷徹な偽装部隊。


私は、胸の鼓動を抑えきれずに父のもとへ駆けた。

手には、稽古用の木剣ではなく、父の武具庫から抜き出した本物の剣を握っていた。


「父上、私も戦います!」


自分の力で家族と村を守れると信じていた。

だが、父は私の前に立ち、静かに首を振った。


「これは、村の子どもたちの試合じゃない……“殺し合い”だ。」


「……殺し合い?」


「『参った』と言っても、誰も止めてはくれない。

どちらかが死ぬまで、終わらない戦だ。」


父の声は穏やかで、それでいてどこか遠くを見ているようだった。

その瞬間、私は悟った――父はここで死ぬ覚悟をしている。

誰よりも平和を願っていたあの父が、家族を守るために剣を取ったのだ。


父は私の肩に手を置き、まっすぐに見つめた。


「曹華、母さんと白華と興華を護ってやれ。お前ならできる。」


胸の奥が熱くなった。

何か言おうとしたけれど、言葉は出なかった。

私はただ、強く頷いた。


「さあ、もう行け。――走れ!」


その声に背を押され、私は母と白華、そして興華のもとへ走った。

それが、父と交わした最後の言葉となった。


間もなく、父の叫びが村中に響いた。


「皆、逃げろォッ!!」


その叫びと同時に、戦が始まった。

金属がぶつかり合う音、男たちの怒号、悲鳴、燃え上がる炎。

村は瞬く間に地獄と化した。

父や村の男たちは、鎌や鍬を手に応戦したが、正規兵の前ではあまりにも無力だった。

ひとり、またひとりと倒れていく中、母は私たちの手を引き、裏山の森へと駆け出した。


「こっちよ、急いで!」


母の手の温もりが、焦りと恐怖で震えているのが伝わってきた。

白華は興華の手を離さず、懸命に走っていた。

背後では、父の怒号と剣戟の音が、風を裂いて追いかけてくる。


私は振り返らないように走った――けれど、どうしても目を向けてしまった。

そこには、血に塗れた村の男たちの姿。

燃え上がる我が家。

その中心で、父が剣を振るい続けているのが見えた。

炎の中に立つその背中は、まるで巨大な壁のように頼もしく、そして悲しかった。


「父上――!」


叫んだ声は、風にかき消された。



---


森に入り、ようやく一息ついたその時――

母の手が、私の肩を強く押した。


「曹華、伏せなさい!」


次の瞬間、風を裂く音が耳を掠めた。

「ヒュン」という鋭い音。

その音が終わるより早く、母の体がびくりと震えた。


矢が――母の背中を貫いていた。


「母上……?」


母は、信じられないほど穏やかな微笑みを浮かべたまま、

血に染まる唇で言葉を絞り出した。


「……逃げて……」


その声は、私の人生で聞いた中で、いちばん優しく、いちばん悲しい声だった。


母の体が、私の腕の中で崩れ落ちる。

私は泣き叫びながら母の名を呼ぼうとしたが、白華が私の腕をつかみ、力づくで引き離した。


「ダメよ、曹華! 今は……行かなきゃ!」


白華の手は震えていたが、決して離れなかった。

興華は泣きじゃくりながら、母の方へ戻ろうとする。

私は弟の体を抱き上げ、白華のあとを追って走った。


涙で視界がにじみ、森の木々がぼやけて見えた。

背後からは、兵たちの怒声と炎の爆ぜる音。

村の空は赤く染まり、煙が月を覆い隠していった。


あの日、私たちの日常は、音を立てて壊れた。

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