第五章壱 龍脈を追う者たち
大陸を実質的に支配しようと目論む、邪悪な仙道の徒――それが**黒龍宗**である。
彼らは単なる軍事組織ではない。その目的は、天脊山脈を貫いて流れる龍脈――すなわち「大地の気」の根源を掌握することにある。龍脈を制すれば、大陸の気候や豊穣はもとより、人々の運命すらも支配できる。黒龍宗の理念は明快で残酷だ。
「力こそが理であり、感情や道徳は支配される弱者の産物に過ぎぬ」
彼らはそう信じ、己の欲望と野望を正義と掲げていた。
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黒龍宗の本拠は、現在は蒼龍国の領土となった旧柏林国の首都から北上した、天脊山の麓に位置している。そこは大陸の龍脈の根源に極めて近く、拠点としてこれ以上ない要衝だった。
彼らがそこに根を張ったのは、今から二十六年前のこと。黒龍宗は柏林国内に巧妙に潜ませた内通者を利用し、蒼龍国の軍を柏林領へと越境させた。越境が成功した時点で、役目を果たした内通者は容赦なく抹殺される。彼らにとって「駒」は用が済めば不要だった。
黒龍宗の計画は緻密だった。混乱のさなかに柏林の首都へ攻め込み、王宮を制圧し、王族を捕らえて「器」を掌握すること――それが最終目的だった。
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だが、運命は彼らの思惑を揺さぶった。
王宮に攻め入ったとき、柏林国の王と王妃は既に息絶えていた。にもかかわらず、王子の遺体だけが見つからなかったのだ。王族は全員滅びたと踏まれたが、実際には王子は敵の侵入と入れ違いに王宮を脱出していた。
逃れた王子――後に白華たちの父となる人物――は、国境を目指して必死に走った。だがその姿を、首都で捜索をしていた蒼龍国皇太子の筆頭護衛官、**牙們**が偶然に発見する。牙們は即座に当時の皇太子(泰延帝の兄)へ報告し、追跡命令を受けた。
牙們は国境近くでついに王子に追いついた。しかし、彼の心には「生け捕りにして辱め、痛めつけてから連行する」という歪んだ愉悦があった。
その油断こそが、王子の反撃を許した。
鋭い剣戟が牙們の右頬を裂き、その血潮と痛みが彼を激怒させた。王子はその隙に国境を越えて逃走したのである。
この刀傷こそが、牙們が二十年以上にわたり王子とその血筋を狂気的に恨み続ける原点となった。傷跡は肉体だけでなく、彼の精神に深く刻まれた呪いそのものだった。
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黒龍宗は柏林国を滅ぼし、龍脈の要衝を確保することには成功した。
だが、彼らの最重要目的――柏林王族の「器」の確保――だけは果たせなかった。
「器」とは、龍脈の気を宿し、大陸の理を左右する特別な血筋。
それを支配下に置かぬ限り、黒龍宗の覇業は未完であり続ける。
ゆえに彼らは二十六年間、執拗に柏林王族の末裔を追い続けてきた。
その怨念と執念が、今もなお暗い影となって、大陸全土を覆おうとしていた。




