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三華繚乱  作者: 南優華
第一章
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第一章四 不穏な気配

 私たち三姉弟が暮らす村は、不思議なほどに戦や賊の襲撃とは無縁だった。父が里長と共に警備を担っていたこともあるが、それ以上に、この村が険しい山々に囲まれ、外界の目から遠く離れた小さな集落であったことが幸いしていたのだろう。山風は穏やかに流れ、畑には麦の穂が揺れ、夜には蛍の光が清流を照らす。村人たちは皆、この平和がいつまでも続くと信じて疑わなかった。

――その静寂が破られたのは、ある初夏の午後のことだった。


---


畑から戻ってきた若い男が、息を切らせ、顔を真っ青にして里務所へ駆け込んできた。

「里長! 里長様っ! 山の麓に……武装した集団がいます!」

その声は、張りつめた空気を一瞬で震わせた。集まっていた村人たちの間にざわめきが広がる。父は立ち上がり、男の肩を掴んだ。

「落ち着いて話せ。どんな連中だ?」

男は荒い息を整えながら答えた。

「……およそ二十人ほど。皆、鎧や槍を持って……けれど、軍の兵とは違います。鎧もまばらで、顔つきも荒れていました。敗残兵か、野盗かと……」

その報告を聞いた瞬間、父の顔から、いつもの穏やかな表情が消えた。その瞳には、かつて戦場で見た“戦”の影が、再び宿っていた。

「皆、落ち着いてくれ。」

父の声は静かだったが、誰よりも力強かった。

「村の入り口を見張る者を立てろ。それから食料の備蓄を確認しろ。子どもたちは決して村の外へ出すな。」

その言葉に、ざわめきは収まり、恐怖に染まりかけていた人々の心が、わずかに秩序を取り戻した。父は、戦の経験を持つ数人の男たちと共に、山の麓へと偵察に向かうことを決めた。村人たちは不安な表情で、武具を手にした父たちを見送った。その背中を、私は家の前からじっと見つめていた。

胸の奥で、何か冷たいものがゆっくりと広がっていくような気がした。


---


 日が傾き、山の端が紅に染まる頃、父たちは山の古道の先に件の集団を見つけた。

焚かれたかがり火の明かりに照らされた彼らは、確かに敗残兵か盗賊のように見えた。鎧は錆びつき、槍の穂先は欠け、その動きにも統率は見られない。

だが、父の胸に強い違和感があった。

――おかしい。あまりにも無防備すぎる。

野盗にしては陣形が整いすぎている。それでいて、あまりに堂々と野営しているのだ。まるで、誰かに“見せつける”ために、意図的にそこに陣取っているかのように――。

焚き火の奥、闇の向こうに、確かに別の気配があった。重い鎧の擦れる音、低く短い号令。父の戦士としての本能が告げていた。これは、ただの盗賊の群れではない。もっと大きな“何か”の前触れだ。


---


 父たちは夜の闇に紛れて村へ戻った。里務所で待つ里長の前に立つと、父は深い息をついて言った。

「――彼らは、ただの盗賊ではありません。誰かの命令で動いている。……おそらく、偵察です。」

沈黙ののち、里長は深く頷いた。

「つまり……近くに軍がいるということか。」

父はゆっくりと頷いた。

「このままでは、時間の問題です。」

二人は、最悪の事態――村が孤立し、自分たちだけで敵と向き合わねばならない可能性を

静かに共有した。


---


 その夜、家に戻った父は、母と白華を呼び、三人で遅くまで話し込んでいた。灯りの下に広げられた村の地図の上で、父の指が何度も同じ道をなぞっていた。

「この道を越えられなくなれば、村は袋の鼠だ。万一の時は――家族だけでも逃がす。」

私は戸の隙間からその様子を見ていた。父の横顔は険しく、母は唇を噛み、白華は黙って地図を見つめていた。

隣で、興華が私の袖をぎゅっと掴んでいた。その手の震えが、私の胸に伝わる。私は何も言わず、ただ弟を抱きしめた。

部屋の空気は重く、いつもの笑い声も、母の歌声も聞こえない。

――あの夜、私は確かに感じていた。もう、あの穏やかな日々は戻らないのだと。

読んでいただきありがとうございます。

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