第四章 曹華伝十六 泰延帝と天鳳将軍の過去
天鳳将軍は、私と趙将を部屋に座らせたまま、静かに口を開いた。
その声音は、戦場の命令口調とは違い、遠い記憶を辿るように低く響いた。
「俺と泰延は、学友であり、武の修行においても同門だった。幼い頃から互いに切磋琢磨し、誰よりも信じ合える関係だった」
その言葉に、泰延帝も頷き、玉座では見せなかった素顔で続けた。
「先帝――私の父は、晩年になると黒龍宗の影響下に置かれていた。武も気力も衰え、宮廷においては五将軍の圧力に抗えなくなりつつあった。
そして、次代の皇位は、既に黒龍宗の庇護を受けていた兄へと渡る寸前だったのだ」
泰延帝の表情には、父への哀惜と兄への複雑な感情が滲んでいた。
その言葉に、私は息を呑んだ。皇位継承そのものに、黒龍宗の影が深く関わっていたとは。
「国が完全に闇に堕ちる前に、私は決断せざるを得なかった。信じられる者は、学友であり、誰よりも大局を見据える天鳳だけだった」
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天鳳将軍は、その時の血なまぐさい記憶を淡々と語る。
「先帝を穏便に退位させることには成功した。だが当然、兄とその背後にいる黒龍宗が納得するはずもない。皇位継承をめぐり、宮廷内部は一気に火薬庫と化した。
兄皇子を推す勢力は、五将軍のうち一人までも取り込み、内乱に近い状況となった」
泰延帝の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿った。
「宮廷の廊下が血で染まるのを、私は今も忘れない。兄は最後まで抗ったが、結局は追い詰められ、自ら命を絶った……」
泰延帝は深く息を吐き、短く目を閉じた。
その横で天鳳将軍が淡々と締めくくる。
「だが、その代償として――兄に与した将軍の一人は戦死した。空席となった五将軍の席を埋める形で、俺は皇太子武官から一気に五将軍の筆頭へと引き上げられた。
泰延の即位も、俺の昇進も、その血戦の果てにあったということだ」
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私は息を呑んだ。
二人の絆は、ただの友情ではない。
血と裏切り、黒龍宗の影と、宮廷の怨嗟を共に背負ってきたからこその結びつきだった。
そして私は理解した。
天鳳将軍が他の四将軍から憎悪を向けられる理由――
彼だけが、皇帝と共に黒龍宗の支配を打ち砕こうとした唯一の存在だからだ。
この夜、私は改めて知った。
自らの復讐の道は、もはや一個人の恨みを越え、国の命運と深く絡み合っていることを。




