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三華繚乱  作者: 南優華
第四章 一年後
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第四章 曹華伝十四 皇帝への謁見

二十歳の春、蒼龍国の恒例行事が始まった。都郊外での大規模な軍事演習と皇帝の巡閲――それに合わせて五将軍は皇帝に拝謁し、軍の現状を直接報告することになっている。


親衛隊副隊長となった私にとって、今回が初めての謁見だった。前年は副隊長という肩書こそあったが、もう一人の副隊長が天鳳将軍に付き従い、私は留守を命じられていた。六年間の鍛錬と、ここ一年でさらに磨き上げた自分の成果を、いよいよ公に見せるときが来たのだ。


謁見の間は、石造りの巨柱が列をなし、天井から吊るされた重厚な錦が音もなく揺れている。玉座の周りには宮廷の格式と威光が充満し、そこに座する泰延帝の存在が場を支配していた。泰延帝は確かに人当たりがよく――その端正な顔立ちには柔らかさがある――だが、玉座にあぐらをかくのではなく、事実上は天鳳将軍に依拠して政を行っている。天鳳将軍がこの宮廷における一種の光であることは、私も理解していた。


五将軍とその随行が列席する中、私は天鳳将軍の背後に控え、静かに周囲の気配を探った。宮廷内の空気には表向きの礼節と、裏に潜む思惑が混じり合っている。


まず拝謁したのは牙們将軍だった。彼が玉座に向かって最敬礼をするその姿は形式的に整っているが、身体の隅々から滲む緊張と殺気は隠しようがなく、まるでいつ爆ぜてもおかしくない岩塊のように張りつめていた。皇帝の前でさえ、牙們の眼には個人的な怨嗟が濃厚に宿っているのが分かる。彼の報告に耳を傾けながら、皇帝がわずかに身を引いたのを、私は見逃さなかった。


影雷将軍と土虎将軍の拝謁は対照的に無駄がなかった。影雷は影のように静かで、言葉少なに要点だけを伝える。土虎は重厚に、淡々と数字と実績を並べる。二人の報告には感情が混じらず、計算された合理のみが息づいている。彼らの眼差しは、個人の忠誠よりも黒龍宗の思惑と自らの立ち位置を冷静に測っているようだった。


そして、麗月将軍が舞台に上がった。五将軍の中で唯一の女将軍であり、その存在は宮廷の観覧席に飾られた花のように際立っている。整え抜かれた髪、鉛筆で描かれたかのように整った眉、所作はすべて計算尽くし――だがその背後には、ただの美しさとは違う、持続のために犠牲をいとわぬ執念が垣間見えた。麗月の報告は、兵の士気や食糧、配置といった軍事の体裁を保ちつつ、若さや健康を保つための「特別な要求」へと巧みに繋げられていた。彼女の眼に映るのは、自らの「価値」を守るための綿密な戦略そのものだ。


すべての拝謁が終わると、天鳳将軍の番になった。彼の報告はいつものとおり緻密で冷徹、しかしその中に皇帝への礼節と政治的配慮が混ざる。泰延帝は深く頷き、内容を受け止める。天鳳将軍が席を下りると、皇帝がふと天鳳の背後に控える私に視線を向けた。


「そちらに控える若き武官――天鳳が噂に聞く、精鋭中の精鋭か?」


天鳳は淡々と私を紹介した。


「親衛隊副隊長、曹華にございます。彼女は私の知略と武を継ぎ、私の計画にとって不可欠な存在です」


私は深く一礼をして頭を下げる。敵国の最高権力者の前に顔を晒すのは、生まれて初めてのことだった。


「顔を上げよ、曹華」


泰延帝の声は柔らかいが、玉座からこちらを見下ろす目は鋭い。私は顔を上げる。二十歳になった体は引き締まり、武人として鍛え上げられた鋭さが表情に刻まれている。帝の目が私の顔貌と気迫を確かめるようにゆっくりと滑った。


「そなたの年で将軍の片腕とは、尋常ではない。…その眼差し、ただの兵ではないな。天鳳、そなたはまた面白いものを見つけてきた」


その一言で、謁見の間の空気が確実に変わった。他の四将軍、側近、侍臣たちの視線が一斉に私へと注がれる。重い視線の波が体を撫で、私は一瞬だけ全身が固まるのを覚えた。


牙們の顔が瞬時に歪んだ。彼の瞳は私を捩じり潰さんばかりの憎悪で燃え、ささやきのように吐き捨てた。


「――私から逃れられたことを、一生後悔させてやる」


その低い言葉は、玉座の間の空気に針のように刺さり、泰延帝すら顔色を僅かに変えた。牙們の声音には敬語の断片はなく、もはや個人的な呪詛であった。


麗月将軍は私を一瞥し、唇の端に冷たい笑みを滲ませた。その瞳に宿っていたのは単なる警戒ではない。私の自然な若さ、何の特別な術も施されていない生命力が、彼女の積み上げてきた代償をあざ笑うように映ったのだ。


影雷と土虎は短く会釈をし、私の存在が天鳳の計画にどれほどの価値を与えるかを瞬時に計算しているように見えた。私が皇帝の目に留まったことで、天鳳の「切り札」としての利用価値は公的な承認を得たに等しい――その事実が、宮廷内の力学を僅かに揺るがせた。


謁見が終わりに近づき、私は再び天鳳将軍に従って退席する足取りを整えた。だが胸の内は静かではなかった。皇帝の視線、牙們の呪詛、麗月の嫉妬――これら全てが私の周囲に渦を巻き、私の存在をさらなる危険と光栄の両極へと押し上げている。


私は、深く息を吸い、心の中でだけ父と姉弟の顔を思い浮かべた。この場の意味を知り尽くすこと、それを力に変えること――それが、今の私に課せられた道だと、改めて確かめる。


謁見は終わった。しかし、そこから見える景色は、これまでとは違う。私はこの国の心臓部に公式に足を踏み入れたのだ。復讐の火は消えていない。だがその火は、今やより大きな闇を焼き尽くすための灯火へと、形を変えつつあった。

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