第二章 白華・興華伝六 目覚めと大陸の真実
「……うーん……ここは……?」
意識を失っていた興華が、小さな呻き声を漏らし、まぶたをゆっくりと開いた。
「興華!」
白華は駆け寄り、弟の顔を覗き込んだ。安堵と喜びに、張りつめていた瞳に涙が滲む。
「よかった……ずっと目を覚まさないから、もう駄目かと思った……」
興華はまだ夢の続きにいるように白華を見つめ、やがて自分が姉に抱きとめられていることを理解すると、安心したようにその胸にしがみついた。幼い体は震えていたが、そのぬくもりに包まれて、ようやく恐怖から解放されたのだった。
玄翁はその様子を、穏やかな眼差しで見守っていた。
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興華が落ち着いたのを見計らい、玄翁は手元の茶器を置き、二人に向き直った。
「興華よ。そなたの姉が命を賭して護ったその命、ただ生き延びるだけでは足らぬ。まずは、この大陸がどのような理の中にあるのかを知らねばならん」
彼は木机に指を走らせ、大陸の簡易な地図を描き出した。
「この大陸は、中央を貫く天脊山脈を境に、南北に分断されておる。かつての柏林国は、その麓に栄えていた。だが南に台頭した蒼龍国が二十年前に侵攻し、国は滅んだ。……そなたらの父は、命からがら北を抜け、翠林国へと落ち延びたのじゃ」
玄翁は続ける。
「翠林国は北に蒼龍国、南に瀚海国、東に東龍国、西に金城国と接し、いずれも蒼龍の圧迫に怯え、同盟を組んでおった。瀚海国の果てには海、東西の国々は互いに争いを抱え、北には白陵国というさらに巨大な大国が控える。……そなたらは、大陸の要衝に生まれ落ちたのじゃ」
白華は唇を噛みしめた。これまで父が村で「身を隠せ」と言い続けた理由が、ようやく腑に落ちる。
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玄翁はそこで声を低め、二人を真剣に見据えた。
「だが、白華よ。蒼龍国が狙うのは王族の血筋そのものではない」
「……どういうことですか?」
「柏林王家には、血筋にのみ宿る並外れた仙術の才が伝わる。特に――興華よ。そなたの器は千年に一度現れるかどうかのもの。蒼龍国はその才を恐れているのではない。利用し、世界を支配せんと企んでおるのじゃ」
白華の背筋が凍りついた。あの夜、確かに興華の体から放たれた光……。それは錯覚ではなく、この「才」の萌芽だったのだ。
玄翁の瞳には、大陸全土を覆う巨大な闇が映し出されていた。
「蒼龍の背後には、邪なる仙道を奉じる者どもがいる。彼らは力を欲し、そのために王家の血を追い続けておる。そなたらの父が逃げたのも、単なる戦乱からではなく、この闇の手からだった」
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玄翁は静かに告げる。
「儂の役目は、興華の才を正しき道へ導くこと。……そなたらは選ばねばならん。この地に留まり修行を積むか、それとも逃げ続け、いずれ闇に呑まれるか」
白華は弟の手を握り締めた。曹華を置いて逃れた罪悪感、父母を失った悲しみ、そして今も心に燃える生きるための誓い――。
「……私たちは、生き抜きます。そのためなら、どんな修行でも耐えてみせます」
玄翁は深く頷いた。
「よかろう。そなたらに新たな道を授けよう。仙術を学ぶに相応しき心と体を磨くのじゃ」
こうして白華と興華は、未知の仙術修行の扉を開いた。彼らの運命は、もはや一村の子らではなく、大陸全体を揺るがすものへと変わり始めていた。




