第二章 白華・興華伝五 護身術の真実と老仙の知
「……仙術……」
白華は、老人の途方もない話に一瞬呆けたようになった。だが、すぐに冷静さを取り戻す。――いや、あの絶体絶命の時、興華の体から放たれた微かな光は確かに存在していた。それに、脳裏に父の教えてくれた「護身術」が蘇る。自らと触れる者の気配を薄め、敵の意識から逃れる術……。もしや、あれも仙術の理に繋がるものなのか。
白華は居ても立ってもいられず、老人に問いかけた。
「御老人……私が父から教えられた護身術を、見ていただけませんか。もしかしたら、それも仙術の一つなのでは……」
老人は面白げに目を細め、頷いた。
「ほほ、やってみなされ」
白華は眠る興華の手を取り、深く息を整えた。そして、父から教わった手順をなぞるように意識を集中させる。すると、彼女と興華の存在感がふっと薄れ、部屋の空気に溶け込むような感覚が広がった。
老人は目を細め、しばらく観察してから頷いた。
「……なるほど。これは認識阻害の道術。術者と接触する者の気配を覆い隠し、敵の意識を誤らせる。習得は難しい術じゃが……その歳でこれほど使えるとは、大したものじゃ」
白華は、自分が「ただの護身術」と信じていたものが、仙術の体系に属する由緒ある道術だと知り、胸を撫で下ろした。父が遺したものは決して無駄ではなかったのだ、と。
しかし、安堵も束の間、新たな疑問が浮かぶ。
「……御老人。先ほどあなたは、『そなたらを追う蒼龍国の支配下でもない』と仰いましたよね。なぜ蒼龍国だと、わかったのですか? 私たちは、誰にも話していないはずなのに……」
白華の問いに、老人は柔和な表情を引き締め、初めて真剣な眼差しを返した。
「儂の名は玄翁。この山脈の奥で、長年仙道を修め、理を探求しておる者じゃ。……儂は、そなたらを川岸で拾う前から知っていた。翠林国の山間の村が、蒼龍国の軍勢に襲われたことを。そして、それが誰の手によるものか、何を狙っていたのかもな」
白華の心臓が高鳴った。――やはり、曹華が命を懸けて抗った敵は、ただの暴徒ではなく、国を滅ぼすべく動く蒼龍国そのものだった。
玄翁の言葉は、彼が単に仙術を操るだけでなく、大陸の暗流をも読み取る知を持つことを示していた。その圧倒的な存在感に、白華はただ息を呑むしかなかった。




