大きなともだちは
「と、言うわけで。ラファニアという発光石とお話しして帰ってきました」
「そうか」
魔王様の執務室、ふっかふかソファーに座り机を挟んだ向かいに座った魔王様へ報告をする。
ラファニアという発光石や、そこで言われた事を覚えている限りそのまま伝える。
アリスも声は聞こえていなかったようだから、何があったのかここではじめて知った事になる。
「ライラ様の体験された事は、極秘事項になりますね。ラファニアとは発光石の精霊でしょうか?」
「発光石は、魔石ではないが……それに近い物だろうな。少なくとも意思がある。ご主人様がいなければただの光る石だけど」
あ、なるほどね?私がアリスを名付け契約したようにラファニアも誰かの契約した石だったって事かな?よくわからんけど。でもアリスの言い方からして、魔石以外には精霊はいないって事なのかな。
「アリスは声が聞こえてなかったのだよね?」
「はい、ご主人様が何かと話しているようでしたので警戒だけしていました」
それはそうよね。急に一緒にいる人が一人言で会話し出したら怖いし。何かに取り憑かれたのかと思っちゃうわ。アリスが引かずに隣にいてくれてよかった!ありがとーと、頭を撫でていると何かを考えていた魔王様と目が合った。
「……勇者の導き手ラファニアだ」
「魔王様はしっているのですか?」
こくりと、頷き席を立った魔王様が書き物机の引き出しを何かピカッとさせた後開いて古びた表紙の本を持って戻ってきた。
「初代魔王の手記に『導く者ラファニア』の名がある。発光石についてはここにはないが……他の書物であったな」
机に置かれた古い手記は、表紙に何も書かれていないただの古い革張りの本だ。これが初代魔王の手記って、物凄く貴重なものだよね。ピカッとさせないと開かない引き出しに入れてたって事だよね。うわ……何年前のものなんだろ。
言葉を切った魔王様が、キース様を見るとキース様も何かを思い出したのか、あぁ。と小さく声を出している。
「発光石については、勇者を研究した記録に何度か出てきますね。特に勇者側の残した記録に」
向こうの大陸の書物や、研究、記録等もこちらには流れてくるらしくその中には勇者についての記録も一定量あるらしい。魔王城を、目指す勇者の旅では必ず発光石が現れ、勇者に知恵や力を与えるそうだ。
実際に、大陸には発光石が多くありそれらを用いて研究がされてきたが発光石は光る以外の力はなく、何か別の魔石の事だろうというのが通説だったんだとか。
「ラファニアは発光石じゃなかった……?」
「いいえ、ご主人様。アレは発光石です。間違いありません」
アリスが言うならそうなんだろう。私には石も魔石も硝子も見分けがつかないし。でも隠し通路の壁にあった小さなはっこうせとラファニアとでは何かが違うと言うことはわかる。なんとなく、ラファニアには神聖な温もりのようなものがある気がした。
「恐らく条件があるのでしょう。ライラ様が遭遇したラファニアという発光石がある以上、勇者の記録の見方が変わりますね」
「いや……公開はしない」
魔王様の指示によって、今回の遭遇については、箝口令が敷かれることになった。アリスに後から聞いた話では、『私』という研究材料を多くの人に見せたくないのだろう、ということだった。魔王様のペットが珍しい人間だったと知れたら、警備とかが大変なのかも知れない。オスの三毛猫的な。
*******
ご主人様が寝静まった後、魔王の部屋を訪れるのも何度目か。
出来ることなら行きたくはないが、あの発光石については確認しなくてはいけないだろう。
「魔王、ご主人様について聞きたいことがある」
私が来ることを予想していたのか、ペットには入らず本を読んでいた魔王が視線をあげる。手に持っているのは例の手記か。
「ご主人様がお前の『勇者』なのか」
こちらに視線を向けた魔王の表情はいつもと変わらない凪いだものだ。
「そうだ」
当然のように『勇者』であることを認められた。
当代の『魔王』に『勇者』は1人だけ。
『魔王』にとっての唯一の天敵が『勇者』だ。
「何故ここに置いておく?」
「欲しいと思ったから」
いつものように言葉は足りない。
だが……それが全ての理由であるんだろうと思わせる重さがあった。
そして差し出された初代魔王の手記を受け取る。状態保存の魔法がかけられた手記を捲れば『魔王』と『勇者』の関係について記されていた。
女神の采配で全ては導かれる。
均等である事こそが美しく、
全ての均衡は保たれる。
小さな存在に力を。
弱きものに機会を。
女神の導きは運命を回すために。
そんな書き出しで始まった手記には、
・魔王には、勇者を見つける事ができる。
・勇者は魔王を倒す事ができる。
・初代勇者の仲間として、『導く者ラファニア』がいる。他には『僧侶』『騎士』などがおり、その種族は人間の他『エルフ』『精霊』『ドワーフ』等多岐にわたる。
と言う事が書かれていた。
初代魔王は魔物から育ち魔王まで上り詰めた、今では珍しいタイプだったようだ。
女神様が力を与えた、という事か?
「女神様か……お前も女神様に選ばれたのか?」
「分からない。が、存在はするのだろう。ライラを見つけた時にそう感じた」
女神様はこの世界を作ったとして、人間や魔族、エルフに人魚や精霊。全ての種族が祀っている。勿論、各種族によって伝わる伝承は違うだろうが女神様を崇めていることは共通している。その声や御意志を伝える職業として教会や巫女といった役職が種族によって設けられている。
「……魔王の他に知っているものはいないのか?」
「いない」
ご主人様が『勇者』であることは、ラファニアからご主人様に伝えられた。
ただご主人様は、自分がそうであることを自覚していらっしゃらないし、先ほどの報告でも間違いだと仰られていた。
実際にキースもそれを信じ、ご主人様が勇者であるとは思っていないようだったしな。
これが、他の魔族に知られたらご主人様に危険が及ぶ。
「ご主人様にラファニアから何かが与えられたと思うか?」
「分からない。だがそれでも構わん」
魔王にとって危険が増していたとしても、そばに置いておきたい。と。
ご主人様の勇者としての力は『魅了』か?
魔力がほとんどないから、そういった魔法を使っているわけではなさそうだが……魔王にだけ何か効いているのか、謎だな。
まぁとにかく、どちらにせよ人間のご主人様にとって魔王城は安全な場所ではない。魔王の近くにいる事が一番の安全になるのなら。
「ご主人様には何も伝えない」
「そうか」
何も知らず、ここで穏やかに過ごしていただくのが一番だ。




