第8話:一閃! 要塞沈黙の放課後
――アークフォース高等部、放課後。
窓の外に広がる夕暮れの空は、茜色と群青色が混ざり合う美しいグラデーションを描いていた。
だが、その平穏な放課後の教室の空気は、どこか緊迫していた。
「……以上で、本日の歴史講義を終了します。明日は小テストを行うので、予習を怠らないように」
教師のチャイムとともに、生徒たちが一斉にざわめき立ち、帰路の支度を始める。
その窓際の席で、カイト・充・ガードナー少尉は制服の襟元を正し、寸分の狂いもない姿勢でノートを閉じていた。
(……本日の授業終了時刻、1530時。特異な異常なし。周囲の警戒レベル『グリーン』を維持)
カイトがリュックサックを背負おうとしたその時、背後からスッと近づいてきた影があった。
金髪のショートボブを揺らしながら、シーナ・ヴァレンティが彼の机の端に両手をつく。
「ねえ、カイト。今日の放課後、少し付き合いなさい」
「……私に新たな任務ですか、シーナ」
「 そうじゃなくて、その……ハンガーの整備士さんから言われたのよ。『カイト、最近ずっと基地に籠もりっきりで息が詰まってるから、外の空気を吸わせてやってくれ』って」
シーナは少し頬を赤らめながら、目をそらして呟いた。
「だ、だからね! 別に私が行きたいわけじゃないけど……その、街の特設ステージで新しいクレープ屋さんがオープンしたから、付き合ってあげるってこと!」
カイトは数秒間沈黙し、脳内のデータベースを急速に検索した。
クレープ――薄焼きの小麦粉生地の中に、生クリームや果物を巻き込んだ円錐状の民間給食物資。先日の「イチゴパフェ」や「焼きそばパン」に匹敵する、高効率な糖分補給アイテムであると判定される。
「……了解しました。クレープの構造および糖分効率の検証ミッション、受託します」
「もう、すぐミッションとか言うんだから……。ほら、行くわよ!」
二人が校舎の階段を下り、正門へと向かっていたまさにその時であった。
ズズズズズ……!! ズシンッ!!
突如として、都市全体を激しく揺るがす尋常ではない地響きが轟いた。
「きゃっ……!?」
バランスを崩したシーナを、カイトは瞬時に左手を腰に回して支え、姿勢を安定させた。
「……何だ、この振動は。地震の発生確率は極めて低いはずですが……!」
校庭の窓から外を見上げた生徒たちが、恐怖に満ちた悲鳴を上げる。
遠くのアークフォース第3外郭防壁の上空に、幾筋もの黒煙と、紅蓮の炎が立ち上っていた。
構内の放送スピーカーから、ルカ・アシュフォード参謀の切迫した声が全校生徒に向けて発令される。
『――緊急警報発令! 緊急警報発令! 第3外郭防壁の直近エリアより、新型の大型自律型装甲機甲兵器群が出現! 市民および生徒は直ちに地下シェルターへ避難してください! パイロットは即座にハンガーへ急行せよ――!』
アラートの赤色灯が校舎の廊下を不気味に照らし出す。
カイトの瞳から日常の温度が消え失せ、一瞬で冷徹な戦士の眼光へと切り替わった。
「……来たか。社会適応訓練、一時中断」
カイトは着用していた制服の上着をその場で脱ぎ捨て、下に仕込んでいたミリタリーインナーと防護ベストの姿を露わにした。
「シーナ、急ぎます。ハンガーへ!」
「…いつまで触ってんのよ!!」
シーナが顔を真っ赤にしながらカイトを押しのける。
「おっと、失礼しました。…早く行きましょう。」
二人は避難する生徒たちの流れを縫うようにして、校庭の裏手にある地下エレベーターへと全速力で駆け出したのだった。
アークフォース第3外郭防壁の特設交戦エリア。
かつて緑豊かな森林地帯だったその場所は、いまや新型自律兵器『重装甲ギガ・タートル』が放つプラズマ砲によって、深いクレーターの海と化していた。
「――防衛隊第4陣、全滅! 奴らの重装甲を貫通できません!」
「くそっ、なんて分厚い装甲だ……!」
全高30メートルを超える亀型の超重装甲機『ギガ・タートル』は、機体全体を強固な超硬度スチールシェルで覆い、正面からの攻撃を完全に跳ね返していた。さらに、その背部には都市防壁を一撃で穿つ超大型プラズマキャノンが搭載されている。
「待たせました!」
大空を切り裂き、暗雲の中から降下してきた黒銀の流星――ブラックナイト!
カイトが操縦桿を叩き、機体は激しい土煙を上げて荒野に着地した。
『カイト、シーナ! よかった、間に合ったようだね!』
ルカの通信が響く。
『あの新型『ギガ・タートル』は、正面の超硬度スチールシェルがあまりにも厚すぎて、通常兵器じゃ一切のダメージが入らないんだ! おまけに、背中のプラズマキャノンのチャージが完了すれば、防壁が抜かれる!』
「正面の装甲が厚いのであれば……回り込むか、あるいは『パージ』による超高機動で懐へ潜り込むのみです」
カイトは冷徹に状況を分析した。
今のブラックナイトは、前回の戦闘教訓を反映し、機動力を極限まで高めた軽量パージ仕様に近い状態で出撃していた。
「シーナ少尉、敵の注意を正面のシェルター外壁へ引きつけてください。私が死角から懐へ飛び込みます」
「了解よ、カイト! 一気に撹乱してあげる!」
シーナの近接機がビームブレードを煌めかせながら、ギガ・タートルの前面へと飛び出し、連続攻撃で注意を引きつける。
「ガキィィィンッ!!」と甲高い金属音が戦場に響く。
ギガ・タートルの巨大な頭部砲塔がシーナを捉えようと回転した――その瞬間。
「今です……!!」
カイトは背部スラスターの推力を最大値までオーバーライド。
音速を超える超加速で、ギガ・タートルの巨大な死角――文字通り、装甲の継ぎ目である「尾部関節」へと一気に肉薄した!
「重装甲であろうと、駆動系統と関節部に装甲の薄い脆弱性は必ず存在します!」
カイトの操作に連動し、ブラックナイトの左手に握られた高周波ブレードが青白いプラズマの光を放つ。
ギガ・タートルが異変に気づき、慌てて巨体を回転させて迎撃しようとするが、すでに出遅れていた。
「――一閃、沈めっ!!」
ズバァァァァンッ!!!!!!
高周波ブレードがギガ・タートルの尾部関節、および内部のメイン駆動ケーブルを完全に両断!
凄まじい火花とともに、全高30メートルの巨獣の動きがピタリと停止した。
さらに、カイトは間髪入れずに機体を跳ね上げ、背部のプラズマキャノン基部に向けてエネルギー弾を叩き込む。
ドゴォォォォンッ!!
内部ジェネレーターが誘爆を起こし、新型機『ギガ・タートル』は盛大に白煙を吹き上げながら、大地へと崩れ落ちたのだった。
『敵の完全沈黙を確認! お見事だよ、カイト!』
ルカの安堵の声が響く。
荒野に静寂が戻り、カイトは息を整えながらブラックナイトの出力をアイドル状態へと落とした。
戦闘終了から1時間後。
防衛線の警戒解除が宣言され、カイトとシーナは再び高等部へと戻ってきた。
放課後の薄暗い校庭。
大破した機体のメンテナンス報告書をタブレットで確認しながら歩くカイトの隣を、シーナが少し不満そうな顔で歩いている。
「……せっかくのクレープ屋さん、結局行けずじまいになっちゃったじゃない」
シーナが唇を尖らせる。
カイトは足を止め、彼女に向き直って直立姿勢をとった。
「申し訳ありません、シーナ少尉。私の戦術判断の遅れにより、民間給食物資の視察ミッションが遂行不可能となりました。……次回の休日における再挑戦を申請します」
その大真面目な謝罪の言葉に、シーナは思わず吹き出してしまった。
「……もう、少尉って呼ぶなって言ってるでしょ。それに、謝る必要なんかないわよ。カイトが私を守ってくれたんだから…あと、敬語はなしでいいわよ。」
シーナは優しく微笑み、夕日に照らされた自分の髪を軽く整えた。
「ねえ、カイト。戦いが終わったらさ……今度こそ、二人でクレープを食べに行こうね。約束よ」
「……わかったよ、シーナ…約束する。」
夕暮れの校庭に、2人の笑い声が優しく溶け込んでいく。
過酷な戦場の合間に訪れる温かな日常――その一歩一歩を噛み締めながら、少年兵の青春の物語は、さらに深く加速していくのだった。




