第7話:1000℃の限界! トリモチ粘着大作戦
――超巨大移動要塞『グラン・ゴーレム』との激闘から数日後。
アークフォース都市軍事基地の地下整備ドックでは、大破した『Black Knight-X』の修復作業が昼夜を問わず続けられていた。
前回の戦闘で全外部アーマーをパージし、武装の大部分を消耗した機体は、まるで骨組みだけになった巨大な骸骨のようにクレーンにつるされている。
整備兵たちが慌ただしく走り回り、火花を散らしながらメインフレームの溶接と冷却パイプの交換を行っていた。
そのドックの片隅で、カイト・充・ガードナー少尉は整備マニュアルと格闘していた。
「……背部ブーストユニットの推力再計算、および予備ソードビットの同調調整完了。……だが、これでは次回の防衛戦においてエネルギー効率が4.2%不足する」
カイトは真剣な面持ちでタブレット端末のデータを書き換えていく。
その傍らに、一箱の段ボール箱を抱えたシーナ・ヴァレンティがやってきた。
「ちょっと、カイト。機体の整備ばかりしてないで、少しは休憩しなさいよ」
シーナは呆れたような、しかしどこか心配そうな顔でカイトを見上げる。
「休憩の必要性はありません、シーナ少尉。前回の戦闘データから、自律型機甲兵器の侵攻サイクルは平均して72時間周期であることが判明しています。いつ次の警報が鳴っても対応できるよう、機体の稼働率を100%に維持することが最優先任務です」
「はぁ……。相変わらず真面目すぎて息が詰まるわね。学校での『社会適応訓練』はどうなったのよ?」
「学園生活における任務も継続中です。昨日、数学の授業において因数分解の応用問題を戦術弾道計算に置き換えて解答し、教師から厳重注意を受けました」
「それ、全然社会適応できてないじゃない!」
シーナはため息をつきながらも、持ってきた紙コップをカイトの手に押し付けた。
「ほら、温かいココア。」
「ココア……ですか?」
カイトは紙コップを受け取り、恐る恐る口をつけた。
甘く、温かい液体が喉を通る。先日のイチゴパフェに続き、また一つ、彼のデータベースに新しい「日常の味」が刻み込まれた。
「……美味しいです。甘味とカカオ成分の融合により、疲労した神経系が緩やかに回復するのを検知しました」
「でしょ? 美味しいものは、戦いのあとに飲むに限るのよ」
シーナがふっと柔らかく微笑んだその時であった。
基地のメイン管制室から、不穏なアラート音が鳴り響き始めた。
それも、通常の防衛警報とは異なる、低く重苦しいサイレン――コード・レッド。
『――全職員およびパイロットへ緊急通達。アークフォース第2防衛管区の深部地下トンネルより、未知の大型自律採掘・戦闘兵器群の反応を多数捕捉! 現在、第2防衛ラインへ向け急速接近中!――』
ドック内の空気が一瞬で凍りついた。
整備兵たちが作業を中断し、慌てて無線機を手に取る。
カイトの瞳から「日常」の柔らかさが消え去り、一瞬で冷徹な「兵士の眼光」へと切り替わった。
「……地下トンネルからの侵攻か。防衛網の盲点を突いた悪質なルート選択ですね」
ルカ・アシュフォード参謀が、タブレットを抱えながら走って駆け寄ってきた。
「カイト、シーナ! 敵の正体は旧時代の自動地中掘削兵器『モグラ・ガルド』の改造型だ! 全高20メートル級の重装甲ドリル機が5機、さらに周囲には高熱を発するマグマ弾発射ポッドが配備されている!」
ルカは息を整えながら続けた。
「奴らの厄介なところは、その頑丈なドリル装甲だけじゃない。機体表面が超高温の特殊耐熱コーティングに覆われていて、通常のビーム兵器のエネルギーを分散・無効化してしまうんだ!」
「ビームが効かない……ですって?」
シーナが眉をひそめる。
「そのようですね。装甲表面の耐熱温度は少なくとも1500℃以上。中途半端なビーム射撃を行えば、逆にエネルギーを吸収されて相手の動力源に転換される恐れがあります」
カイトは修復中の機体を一瞥した。
まだ完全な重装甲フル装備には戻っていない。だが、出撃を躊躇している時間はない。
「……ならば、物理的な手段と環境を利用して敵を無力化する。ルカ参謀、前回のグラン・ゴーレム戦で用意した『トリモチ弾』の在庫はありますか?」
「トリモチ弾? あるけど……奴らの表面温度は1000℃を超えるんだぞ! そんなもの撃ち込んでも一瞬で溶かされて終わりだ!」
「溶けるまでの数秒があれば十分です」
カイトは冷徹に言い放った。
「敵の排熱ダクト、およびドリル関節部に高粘度ポリマーを集中投射し、内部機構を熱暴走させる。……これより、地下トンネル区画における『トリモチ粘着作戦』を執行します!」
アークフォース都市直下の第2防衛管区――地下地下深くを通る広大な鉱山・輸送トンネル網。
ゴゴゴゴゴゴ……!!!!
暗い地底の空間に、巨大なドリルが岩盤を粉砕するすさまじい轟音が響き渡っていた。
先頭を切って進むのは、全高20メートルの巨体を誇る重装甲ドリル機『モグラ・ガルド』。その赤い機体表面は、周囲の空気を歪ませるほどの超高熱を放ち、近づくものすべてを焼き尽くしていた。
「――防衛第2ライン、突破されました! モグラ・ガルド群、居住区へ向け直進中!」
通信回線から防衛隊の悲鳴が聞こえる。
「遅れました、これより介入します!」
暗いトンネルの天井から、一筋の黒い影が音もなく降下した。
修復途中のブラックナイトである。背部の重装甲こそないものの、軽量化された機動性を活かした俊敏な着地を決める。
『カイト、敵の先頭機がこちらを向いたわ! 特殊耐熱コーティングのせいで、私たちの通常ビーム兵器じゃ刃が通らない!』
シーナの近接機が側面に回り込み、ビームブレードで牽制を試みるが、モグラ・ガルドの装甲はビームを弾き、逆に凄まじい高熱の火花を散らした。
「承知しています。物理的接触による接近戦は不利です。……距離をとり、トリモチ弾ポッドを展開します」
カイトは操作パネルを叩き、Black Knight-Xの両肩に急造でマウントされた「高粘度耐熱ポリマー弾ランチャー」を前方に向けた。
「――喰らえ!」
ズバババババッ!!
数十発の特殊ポリマー弾が、モグラ・ガルドの巨大なドリル部および関節の隙間へと正確に撃ち込まれる。
着弾した瞬間、ドロドロとした白い高粘度ゲルが爆発的に広がり、敵の巨体を蜘蛛の巣のように絡め取っていった。
『やったか……!? 動きが止まったわ!』
シーナが声を弾ませる。
だが――。
「いいえ、まだです。敵の表面温度……上昇中!」
モグラ・ガルドの機体から、凄まじい高熱の蒸気が噴き出した。
特殊耐熱コーティングと内部ジェネレーターから発せられた1000℃を超える熱量が、纏わり付いたポリマーゲルを一瞬にして沸騰させ、ドロドロに溶かし始めてしまったのだ。
『うそ……! もう溶かされてる! トリモチが持たないわ!』
ルカが管制室から悲鳴を上げる。
「計算通りです。ゲルが完全に溶解するまでのコンマ数秒――それこそが、奴の冷却系を破壊する唯一のチャンスです」
カイトの瞳が鋭く光った。
「フェザー少尉、援護をお願いします!」
『……了解しました。カイトさんの計算、信じましょう』
上方から、白い翼を持つ『ウィング・ガーディアン』が急降下。フェザーは両翼のビームガトリングの出力を絞り、モグラ・ガルドのポリマーが溶けかかった関節の隙間へピンポイントで冷却液弾を連射した。
1000℃の超高熱と急激な冷却液の接触。
瞬間的に発生した凄まじい温度差が、モグラ・ガルドの内部ジェネレーターに致命的な亀裂を生じさせた。
ガキィィィンッ……!! ズシンッ!!
『内部温度、耐熱限界を突破! ジェネレーター、オーバーヒートによる自壊を確認!』
ルカの報告と同時に、先頭を走っていたモグラ・ガルドが内部から盛大に火花を吹き出し、その巨大な巨体をガクリと地表に倒れ込ませた。
「残り4機も同様の手順で無力化します。……シーナ少尉、私に続いてください!」
「了解よ、カイト! 一気に片付けるわ!」
二機の機体が地下トンネルの暗闇を駆け抜け、次々と敵のドリル機を怒涛のコンビネーションで追い詰めていく。
カイトの冷徹な戦術判断と、仲間たちの完璧な連携により、地下深くで発生した危機はわずか数分で鎮圧されたのだった。
戦闘終了から数時間後。
静まり返った地下整備ドック。
すっかり煤まみれになった機体を見上げながら、カイトはメンテナンス用の工具を拭き取っていた。
そこに、ホットココアの入った紙コップを持ったシーナが歩いてくる。
「お疲れ様、カイト。地下での戦闘ってやっぱり息苦しいし、熱かったでしょ?」
「問題ありません。機体温度は正常値に復帰しました。……ですが、トリモチの粘着力と1000℃の熱量対比計算には、まだ改善の余地があります」
「へー、ってまたアップデートの構想!?」
シーナはクスッと笑い、カイトの隣に並んだ。
「ねえ、カイト。戦うたびに、カイトの戦術ってどんどん無茶になってる気がするんだけど……本当に大丈夫?」
カイトは手を止め、隣にいる少女の横顔を見つめた。
「無茶ではありません。私のすべての戦術は、『生還し、この場所へ戻るため』の計算式に基づいて執行されています」
「……この場所へ、戻るため?」
「肯定します。……あのカフェのパフェも、購買部の焼きそばパンも、そして……シーナ…君と過ごす日常も、すべて私にとって失うことのでえない防衛対象です」
カイトの真摯で真っ直ぐな言葉に、シーナは顔を真っ赤にし、照れくさそうにそっぽを向いた。
「もっ……急にそんな真面目な顔で変なこと言わないでよ……! 心臓に悪いんだから……」
「…顔が真っ赤ですよ、シーナ少尉、体調不良ですか?」
「不良じゃないわよ! もう!」
ドックの隅で、二人の微笑ましいやり取りが響く。
地下の冷たい鉄の匂いの中に、温かな青春の温度がしっかりと満ちていくのだった。




