5話「地面の下の魔物!?」
灰ドゥルクを倒したあとも、森の暮らしは続いた。集落では、魔物を見た場所を通らないよう道が変えられ、住民たちは見つけたことを互いに伝え合った。
アポカリは、あの戦いのことを何度も思い返していた。最初の小石はほとんど役に立たなかった。刃も鱗に弾かれた。それでも、失敗したから終わりではなかった。
ロウ「お、また考えごとか?」
アポカリ「うん。次に同じことがあったら、最初からもっと上手くできるかなって」
ロウ「そう思えるのはいいことだ。でも、同じ相手に会うと決めつけるなよ。別の魔物なら、別の考え方が必要だ」
アポカリ「分かってる。……たぶん」
ロウ「ははは! その『たぶん』も、ずいぶん有名になってきたな!」
アポカリは頬を膨らませた。
アポカリ「もう言わない!」
ロウ「それは寂しいな。俺、けっこう好きなんだぞ」
そんな会話をしていた昼過ぎ、サナが急いでやってきた。
サナ「ロウ、アポカリ。採集路のそばで、地面が沈んでいたの。昨日までなかった跡よ」
アポカリの顔がぱっと上がった。
サナ「その顔はだめ。見に行きたいって顔をしているわ」
アポカリ「だって、何がいるのか気になる!」
サナ「気になるのは分かる。でも、今度は私たちだけで決めない。ロウ、どうする?」
ロウは少し考え、集落の大人を呼んだ。荷を持たず、退路を決め、危険な跡に近づきすぎない。準備を整えたうえで、ロウ、サナ、アポカリの3人が様子を見に行くことになった。
現場には、苔背トルンの掘り跡に似た土の盛り上がりがあった。ただし、土は横へ掘り出されているのではなく、下から押し上げられたように割れている。細い根が何本も地面から覗いていた。
アポカリ「苔背トルンの跡と違う。あれは餌を探して掘った跡だけど、これは……下から来てる」
ロウ「よく気づいた。サナ、アポカリの後ろへ。地面が動いたら、盛り上がった線から離れるんだ」
サナ「分かったわ。アポカリ、勝手に走らないこと!」
アポカリ「分かってる!」
その瞬間、足元の土が割れた。
根のような外殻をまとった大型の魔物が、地面を突き破って現れた。土と腐葉土が飛び散り、太い根が地面を掻く。頭部が低く揺れ、3人の足音を探るように向きを変えた。
根潜りグラダ。
サナ「うそでしょう……!」
魔物が突進した。ロウがサナを横へ押し、アポカリも岩場へ飛び退く。魔物の体が地面を削り、さっきまで立っていた場所が崩れた。
ロウ「岩場へ! 土の上で足を止めるな!」
3人は走った。根潜りグラダは地面の振動を追い、進路を変えてくる。根が足首へ伸び、サナが転んだ。
アポカリ「サナ!」
彼は戻り、刃を根の隙間へ差し込んだ。1本、2本。根が締まる。もう1本を切ると、サナの足が抜けた。
サナ「ありがとう! でも、次は助ける前に自分も逃げなさい!」
アポカリ「それは無理!」
ロウ「今の返事は元気でよろしい! でも、次は俺にも声をかけてくれ!」
ロウが長い枝を投げた。アポカリは受け取り、魔物の正面ではなく岩と岩の間へ転がす。根潜りグラダは進路を変えた。柔らかい土なら潜れるが、岩盤の近くでは体を返しにくいらしい。
アポカリは苔背トルンの掘り跡を思い出した。土が柔らかい場所では掘り返した土が横へ逃げる。ここでは地面が薄く、下に岩がある。魔物が潜り直そうとするたび、根が石にぶつかって動きが止まっていた。
アポカリ「ロウ! あいつ、岩場だと潜れない!」
ロウ「よし! なら、そこから動かすな。サナ、足元の石を投げて注意をそらせるか?」
サナ「やるわ。でも、外したら文句言わないでよ!」
サナの投げた石が、魔物の横の岩に当たった。根潜りグラダがそちらへ向きを変える。ロウが枝を横に差し込み、体の向きを制限した。
アポカリは近づきすぎない位置から、外殻の継ぎ目を探した。硬い殻の隙間が、体を曲げるたびに開く。そこなら刃が通るかもしれない。
魔物が突進した。
アポカリは横へ跳び、ぎりぎりでかわした。根潜りグラダの側面が岩へぶつかる。外殻が石に擦れ、継ぎ目が大きく開いた。
アポカリ「今だ!」
刃を突き立てる。浅い。だが、確かに入った。
根潜りグラダが暴れ、根を振り回す。ロウがアポカリの襟を掴んで引き戻した。根が目の前を通り過ぎ、岩に叩きつけられる。
ロウ「いい一撃だ! 欲張るな、次は俺が引きつける!」
ロウは長い枝を叩きつけ、魔物の注意を自分へ向けた。サナが岩の上から、根が伸びる方向を見て叫ぶ。
サナ「右! 根が右から来るわ!」
アポカリは左へ飛び、魔物の側面へ回った。岩と岩の間に体が挟まり、根潜りグラダが身をよじる。今度は外殻の継ぎ目がはっきり見えた。
アポカリは踏み込んだ。刃が深く入る。
魔物の体が大きく跳ね、地面が揺れた。3人は一斉に離れる。根が数度、岩を叩いた。やがて動きが弱まり、巨大な体が地面へ沈むように倒れた。
静かになった。
アポカリは息を切らしながら、動かない魔物を見つめた。
アポカリ「……倒した?」
ロウ「すぐ近づくな。最後まで確認だ」
3人は距離を保ち、魔物が動かないことを確かめた。ロウが長い枝で地面を叩いても、反応はなかった。
サナ「本当に、倒したのね……」
アポカリ「うん。僕たちで!」
彼は拳を握りしめた。怖かった。何度も逃げたくなった。でも、観察して、考えて、間違えて、仲間の声を聞いて、最後までやり切った。
ロウはアポカリの頭をくしゃりと撫でた。
ロウ「よくやった! 最初に違いに気づいたのはお前だ。サナを助けたのも、継ぎ目を狙ったのもな。俺たち3人で勝ったんだ」
アポカリ「えへへ……でも、ロウが引っ張ってくれなかったら危なかったよ」
ロウ「それでいいんだ。助け合って勝つのが一番だろ?」
サナ「褒めるのは帰ってからにして。まだ帰る仕事が残っているわよ」
アポカリ「サナは勝ったあとも厳しいなあ」
サナ「勝ったあとに油断するのが一番危ないの!」
ロウ「ははは、まったくそのとおりだ。さあ、帰ろう。今日のお前たちは最高だったぞ」
帰り道、アポカリは何度も後ろを振り返りそうになった。倒した魔物が本当にそこにいたことを、もう一度確かめたくて仕方がなかった。
けれど、サナに襟をつままれた。
サナ「振り返らない。足元を見る」
アポカリ「はい……」
ロウ「いい返事だ! 帰ったら、今日の話をみんなにしてやろう。お前の工夫も、失敗したところも、全部だ」
アポカリは笑った。失敗も話していいのだ。むしろ、次に誰かが同じ魔物に出会ったとき、役に立つかもしれない。
【注釈】
※根潜りグラダ:地中や根の間に潜伏し、地上の振動を感知する大型の植物獣。突進、噛みつき、根による拘束を行う。地中から現れる際の土の動きや、潜り直す場所が対処の手掛かりになる。




