4話「いつも褒めてくれる人」
リリアはアポカリを椅子に座らせ、破れた服を確かめた。肌に傷はない。腕も肩も、いつもどおりだった。
リリア「本当に転んだだけ?」
アポカリ「……灰ドゥルクに襲われた。サナと一緒に倒したんだ」
リリア「そう。帰ってきてくれてよかった」
怒鳴られると思っていたアポカリは、思わず顔を上げた。リリアはほっとした顔をしていたが、破れた袖をつまむ指先には力が入っていた。
リリア「でも、次からは先に知らせて。無事かどうか分からない時間は、長いのよ」
アポカリ「うん。ごめん」
リリア「それから、その服は繕うこと。あなたのために言っているのよ」
アポカリ「そこは自分で直すよ。サナに教わったから」
リリア「なら、任せるわ」
思っていたよりあっさり許された。アポカリはほっとして、つい笑った。
アポカリ「母さん、僕、ちゃんと役に立てたかな」
リリア「ええ。でも、役に立つことと、無茶をすることは別よ」
アポカリ「……はい」
戸口からロウが顔を出した。手には、刃物を拭くための布と替えの紐を持っている。
ロウ「聞いたぞ! 灰ドゥルクを倒したんだってな。すごいじゃないか、アポカリ!」
アポカリ「ロウ!」
ロウは近づき、彼の肩を軽く叩こうとして、すぐに手を止めた。
ロウ「おっと、怪我があるかもしれないな。……いや、ないのか? よかった! とにかく、無事でよかった」
アポカリ「うん。サナが助けてくれたんだ。僕だけじゃ無理だった」
ロウ「それも大事なことだ。相手を見て、仲間の声を聞いて、最後に決めた。ちゃんと2人で勝ったんだな」
その言い方が嬉しくて、アポカリは胸を張った。
アポカリ「最初の小石は失敗したけどね」
ロウ「失敗したのに、次の手を考えたんだろ? それはいい。うまくいかなかったことを見て、すぐに変えられるのは強みだ」
アポカリ「ロウって、なんでも褒めてくれるね」
ロウ「頑張ったことまで見落としたくないからな。悪かったところは一緒に直せばいい。褒めるところまで我慢する必要はないだろ?」
アポカリは少し照れた。ロウは大人なのに、話していると不思議と気が楽になる。失敗を笑われない。分からないことを聞いても、面倒そうな顔をされない。危ないことをしたときは止めてくれるし、できたことはちゃんと認めてくれる。
ロウ「ただし、次に魔物を見つけたら、必ず誰かに知らせろ。お前の勇気はいいところだ。でも、勇気だけで勝てるほど森は甘くない」
アポカリ「分かった。……たぶん」
ロウ「最後の『たぶん』は、今日だけ見逃してやろう!」
リリア「見逃さなくていいわ」
アポカリ「母さんまで!」
3人の笑い声が家に広がった。
その後、サナもやってきた。彼女はアポカリの破れた袖を見ると、腰に手を当てた。
サナ「あなた、次は私の言うことを最後まで聞くこと。先に走らない、危ない場所へ飛び込まない、ひとりで何とかしようとしない」
アポカリ「3つもある!」
サナ「まだあるわよ。帰ったら報告する。道具を点検する。服を直す。お母さんに隠さない」
アポカリ「サナ、僕のお姉さんみたい」
サナ「お姉さんじゃないわ。あなたの監督役よ」
ロウ「いいじゃないか。頼れる人がいるってことだ」
サナ「ロウ、あなたも甘やかさないで」
ロウ「褒めるのと甘やかすのは違うぞ。アポカリはちゃんと自分で考えて動いた。危ないところは次に直せばいい」
サナは口を開きかけ、結局ため息をついた。
サナ「……そういうところよ。あなたが甘いのは」
ロウ「そうかなあ?」
アポカリ「僕は好きだよ、ロウのそういうところ」
ロウは一瞬きょとんとして、それから照れたように笑った。
ロウ「そりゃ嬉しいな。じゃあ、次もちゃんと褒められるように、無事に帰ってこい」
アポカリ「うん!」
夜、アポカリは破れた袖を繕った。縫い目は少し曲がったが、着られるようにはなった。今日の戦いを思い返すと、怖かった場面ばかりが先に浮かぶ。それでも最後に、灰ドゥルクが動かなくなった瞬間を思い出すと、口元が緩んだ。
勝てた。自分の知っていることを使い、失敗して、考え直して、サナと一緒に勝てたのだ。
その小さな勝利は、彼の中に残った。




