35話「それでも僕は森の外へ行く」
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
昨日、ログイン不具合の影響で少し更新が乱れてしまい、楽しみにしてくださっていた皆様にはご心配をおかけしました。
そこで本日はそのお詫びも兼ねて、本来日曜日(明日)に予定していた最終回「第35話」を、1日前倒しして【土曜の夜】にお届けします!
金曜日、因縁の魔獣グラドゥーンを見事に討伐したアポカリ。
しかし、その代償として発動した「黒きモヤ」の力は、彼の中に深い懸念を植え付けました。
「きっとまた誰かを傷付けてしまう。」
その恐怖と向き合いながらも、少年は母リリアが残したカバンを背負い、ファティマに見送られ、ついにマフラの森の外へと一歩を踏み出します。
第1部から紡がれてきた、少年の旅立ちの結末をぜひ見届けてください!
保護区に戻ってきたアポカリの手には、布に包まれた魔獣核があった。
グラドゥーンの魔獣核だった。
ロウとサナは、それを見てしばらく黙っていた。アポカリは2人の顔を交互に見た。
ファティマと再会してから数ヶ月、旅の支度は少しずつ進んでいた。
母さんが残してくれたカバンを開き、持っていくものを確かめるたび、ロウは旅の道具について親身に相談に乗ってくれ、サナは細かな注意を厳しくも温かく投げかけてくれた。
「勝てるかどうかは分からない。それでも、向き合うことさえできないのか、自分で確かめたい」
あのグラドゥーンのもとへ向かう前、アポカリが告げた決意を、二人は止めずに送り出してくれたのだった。
アポカリ「……ただいま」
ロウ「おかえり」
サナ「無事に帰ってきたのね」
サナはそう言ってから、アポカリの顔を確かめるように見た。何か聞きたいことがあるようだったが、すぐには口にしなかった。
アポカリ「これ、持ってきたんだ。魔獣の核は高く売れるらしいから、旅の費用にできると思って」
ロウ「そうか。なら、大事にしまっておけ。なくしたら困るだろう」
アポカリ「うん。気をつけるよ」
サナ「それと、あなた。これも持っていきなさい」
サナが差し出したのは、革袋だった。
受け取ったアポカリは、中をのぞいて目を丸くした。ルシスが、思っていたよりずっと多く入っている。
アポカリ「えっ、こんなに?」
ロウ「旅に出るんだ。必要になるものも、思いがけず出てくるものもある」
サナ「無駄遣いしなさいって意味じゃないからね。食べるものや泊まる場所を惜しんで、困ることにならないようにってこと」
アポカリ「分かってるよ。ありがとう、ロウ、サナ」
革袋をしまうと、アポカリは母さんが残してくれたカバンを背負い直した。
いよいよ、出発する日だった。
保護区の人々が集まり、アポカリを見送ってくれた。いつも見かける顔が、今日はあちこちにある。声をかけてくる人もいれば、少し離れたところから手を振る人もいた。
その中を、ファティマが歩いてきた。
ファティマ「アポカリ、これ」
差し出された手のひらには、小さな首飾りが載っていた。
アポカリ「首飾り?」
ファティマ「うん。持っていって」
アポカリは受け取った。飾りを見ていると、ファティマが少しだけ視線をそらした。
ファティマ「……私もいつか会いに行く!」
アポカリ「え?」
返事をする間もなく、ファティマが背伸びをした。
頬に、柔らかな感触が触れた。
アポカリ「なっ……ファ、ファティマ!?」
ファティマ「なに? 嫌だった?」
アポカリ「そういうことじゃなくて……!」
顔が熱くなっていく。アポカリは首飾りを握ったまま、どう返せばいいのか分からずに目を泳がせた。
ファティマはそんな彼を見て、少し笑った。
ファティマ「じゃあ、またね。ちゃんと会いに行くから」
アポカリ「……うん。待ってる」
言い終えると、アポカリはますます顔を赤くした。
ファティマは何も言わず、今度は手を振った。
その少し後ろに、ヘリが立っていた。
ヘリは保護区の見張りを務める魔族で、以前、アポカリの剣の修行にも付き合ってくれた人物だった。口数は少ない。けれど、稽古のときも、アポカリが失敗したときも、必要なことだけを静かに教えてくれた。
ヘリ「そろそろ行くぞ」
アポカリ「はい。お願いします、ヘリさん」
歩き出す前に、ヘリは保護区の方を一度振り返った。
ヘリ「保護区の外へ出るのは、本当は許されていない」
アポカリ「……分かってます」
ヘリ「分かっていて行くんだな」
アポカリ「うん。僕、外の世界を見てみたいんです」
ヘリはそれ以上、問い詰めなかった。
ヘリ「なら、ついてこい。少しでも見つかりにくい道を通る」
アポカリ「ありがとうございます」
2人は森の中へ入った。
ヘリは必要なこと以外、ほとんど話さなかった。分かれ道では立ち止まって周囲を確かめ、通ってよい道と避けるべき場所を短く伝えた。アポカリも余計な質問をせず、その後ろを歩いた。
いつもなら、見慣れた木々の間を歩くことに不安はなかった。
けれど今日は、同じ森の景色が少し違って見えた。
この先に、自分の知らない場所がある。
そう思うと、足を進めるたびに胸が落ち着かなくなった。
やがて、ヘリが足を止めた。
ヘリ「ここから先は、自分で行け」
アポカリは前方を見た。木々の向こうに続く道がある。ここから先は、今までのように誰かが案内してくれるわけではない。
アポカリ「……ここまで、ありがとうございました」
ヘリ「礼はいらん。剣の稽古も、まだ途中だ」
アポカリ「そうですね。戻ってきたら、またお願いします」
ヘリは小さくうなずいた。
ヘリ「戻ってくるつもりなら、道を忘れるなよ」
アポカリ「はい」
アポカリはもう一度頭を下げ、歩き出した。
背中には、母さんが残してくれたカバン。懐には、ロウとサナから受け取ったルシスと、グラドゥーンの魔獣核。そして、ファティマからもらった首飾りがある。
まず目指すのは、ジオたちから聞いた国だった。
クライゼウ大陸にある、旅人の国――旅邦ヴェルセイン。
アポカリは、まだ知らない。
自分が暮らしてきた森が、外の世界では「禁忌の森」と呼ばれていることを。
自分が「受け入れの民」であることを。
彼はまだ、何も知らない。
それでも、少年は森の外へ向かって歩き続けた。
――
二年前。クライゼウ大陸、ヴェルガード旧関所。
古い石壁に囲まれた部屋で、フィンは椅子に座っていた。
扉の向こうから足音が近づく。
魔族「連れてまいりました」
フィンは顔を上げた。連れてこられた魔族は、立っているのも苦しそうだった。衣服には汚れがつき、呼吸も乱れている。
フィン「人間にやられたって?」
魔族「違う!! あ、あれは変なんだ!」
声が部屋に響いた。
次の瞬間、空気が重くなった。
魔族は膝を折り、床に手をついた。肩が震えている。息を吸おうとしても、胸を押さえつけられているようにうまく吸えない。
フィン「……どういうことだ?」
魔族「黒いモヤが……辺りに広がったんだ。何が起きたのか分からなかった。近づこうとしても、身体が……まるで、押しつぶされるみたいに……!」
フィンは黙って聞いていた。
魔族「人間の力なんかじゃない! あんなもの、見たことがない……!」
フィン「ほう……」
フィンは頬杖をついた。
しばらく、何も言わなかった。
やがて、その赤い目がわずかに細められる。
フィン「……黒いモヤ、か」
その言葉を最後に、部屋は静かになった。
――
⸻
リリアの家
窓から吹き込んだ風が、机の上の日記のページをめくった。
何枚かのページがぱらぱらとめくられ、やがて、幼いアポカリについて記されたところで止まった。
『あれ以来、アポカリから黒いモヤが出ることはなかった。
いや、あれは黒というより、もっと灰色に近い色だった。
あれはいったい、何だったのだろう。
それと――』
⸻
初出用語の注釈
※フィン:魔王の息子
※ヴェルガード旧関所:クライゼウ大陸東側の旧境界街道にある歴史的遺構。フィンが一時的な作戦拠点として使用している。
※魔獣核:魔獣から得られる核。素材として取引されることがあり、アポカリは旅の費用に充てるつもりで持ち帰った。
※旅邦ヴェルセイン(りょほうヴェルセイン):クライゼウ大陸にある、旅人が行き交う国。
※禁忌の森:アポカリが暮らしてきた森に、外部から付けられた呼称。アポカリ本人はその名を知らない。
※受け入れの民:ルナーテにおける人々の区分の1つ。アポカリ本人は自分が該当することを知らない。
――ルナーテ・アポカリ編1部 完――
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
ログイン不具合による変則的な更新となってしまいましたが、無事に第1部の結末を皆様にお届けできて感無量です。
ヘリに導かれ、まだ見ぬ外の世界「旅邦ヴェルセイン」を目指して歩み出したアポカリ。しかし、彼がいた森は外では「禁忌の森」と呼ばれ、彼自身もまた「受け入れの民」という宿命を背負っていることを、少年はまだ知りません。
さらに、ヴェルガード旧関所では魔王の息子フィンが不穏な動きを見せており、物語の歯車が大きく回り始めました。
そして、なんと明日【日曜日】からは、この物語の「もう一人の主人公」の視点へと移ります!
新章――【遠藤正義編】、開幕。
このルナーテの世界において、彼は一体どのような運命を背負い、アポカリたちの物語とどう交錯していくのか。
今回公開した「公式世界地図」の舞台を使い、ここから3人の主人公による本格群像劇ファンタジーがいよいよ真価を発揮します!
アポカリの旅立ちを見届けて「ここからの群像劇が気になる!」「明日の新章も読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、これからの壮大な物語を応援していただけると、執筆の物凄いエネルギーになります。
それでは明日、新しい主人公の物語でお会いしましょう!




