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英雄になるまでの旅路〜禁忌の森の少年、無能力の最強剣聖、嘘を見抜く転生者。3人の運命が交錯する〜王道群像ファンタジー!  作者: 皐月なる
6章「旅」【アポカリ編】

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34話「倒しに来たよ。」

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

本日は金曜日の定期更新となります。


前回の水曜日、数年ぶりの再会を果たしたアポカリとファティマ。

しかし、アポカリには森を、そして保護区を飛び出す前に、どうしても自分自身の手で決着をつけなければならない「因縁」が残っていました。


2年前、旅人たちと一緒でも逃げるしかなかった最強の魔獣――グラドゥーン。

16歳になったアポカリは、その刃で、過去の絶望を切り裂くことができるのか。


少年が森の外へ向かうための、最後の試練が始まります。

マフラ深林の奥、霧が水面を這う湿地帯。



古木の根が泥の中から突き出し、足を置ける場所は限られていた。



2年前、アポカリは、仲間たちと逃げ帰るしかなかった魔獣を、自分の力を確かめるためにここまで来ていた。



深く息を吐く。



「久しぶり、倒しに来たよ。」



 グラドゥーンが泥水を弾き飛ばしながら、狂暴な顎を開いてこちらへ食らいついてきた。



 アポカリは右へ跳んだ。牙の列がすぐ脇を通り過ぎ、濡れた地面に深い溝を刻む。着地した足が泥に沈みかけたが、踏ん張るより先に、今度は左へ身を投げた。グラドゥーンの頭部が横薙ぎに走り、背後の若木をまとめてへし折った。



 アポカリ「っ……!」

 息を呑む暇もない。



 正面から受けるのは無理だ。アポカリは泥を蹴り、猛然と倒木の向こうへ走った。



 太い幹を回り込むが、グラドゥーンはためらわず、倒木ごと押し潰すように頭を突っ込んできた。木が軋み、裂け、湿った破片が頬を打つ。アポカリは岩の出っ張りを必死に蹴って横へ逃れた。牙が岩肌を削り、欠片が飛ぶ。ほんの少し判断が遅れていたら、あの岩と一緒に砕かれていた。



 アポカリは短剣を握り直しながら、呼吸を乱さないようにした。周囲には水をたたえた窪地、苔に覆われた岩、根をむき出しにした古木がある。足場は悪い。けれど、何もない場所で向き合うよりは、使えるものがある。




 グラドゥーンが再び首を伸ばした。アポカリは古木の根元へ滑り込み、牙が幹に食い込んだ瞬間を狙って飛び出した。短剣を横から叩きつける。


 ガンッ!


 鈍い音がした。


 アポカリ「なっ……!」


 刃は鱗の表面を滑っただけだった。装甲と言っていいほど硬い鱗が、短剣の刃を弾き返す。手首に痺れが走り、指が一瞬ゆるんだ。



 グラドゥーンが首を引いた。喉のあたりが不気味に膨らみ、口の端から濁った液が糸を引く。アポカリはその変化を見逃さなかった。




 すぐさま距離を取る。岩陰へ回り込み、風上へ逃れようとした――その瞬間、水面の下で何かがうねった。


 尾だ。


 グラドゥーンは、濁った水に沈めていた尾を、逃げる先へ合わせて振り抜いた。水が壁のように跳ね上がる。アポカリが振り向いた時には、もう避けきれない距離だった。


 アポカリ「くはぁ!!」


 とっさに短剣を両手で構え、尾の一撃を斜めに受け止める。衝撃が腕から肩へ、肩から胸へ突き抜けた。身体が横へ弾き飛ばされ、泥の中を転がる。短剣が手から抜けそうになったが、指を食いしばるようにして握り込んだ。


 尾の直撃だけは避けた。だが、砕けた岩の破片が脇腹を打ち、着地の衝撃も重なった。直後、肋骨のあたりに重い痛みが走った。


 アポカリ「ぐっ……!」


 息がうまく吸えない。肋骨のあたりが、呼吸するたびに内側から押し潰されるように痛む。アポカリは片腕で脇腹を押さえ、岩の陰まで這うように下がった。追撃を警戒しながら、ようやく少しだけ距離を取る。


 吸って、吐く。短くなった呼吸を、無理にでも整えた。


 アポカリ「いっ…」


 痛みが頭の中へじわじわ広がっていく。考えようとするたび、脇腹の痛みが思考を押し流す。何を見て、どう動けばいいのか。その順番さえ、少しずつ分からなくなっていった。


 グラドゥーンは、こちらが立ち上がるのを待ってはくれなかった。泥水を押し分け、頭を低くして近づいてくる。口が開く。牙が並ぶ奥に、アポカリの身体がすっぽり収まりそうだった。



 あの時は、何もできなかった。仲間に守られ、危険だからと戦いから遠ざけられた。守られることしかできず、自分から誰かを守ることさえ許されなかった。あの時の悔しさは、今も消えていない。



逃げない



 痛みはまだ消えない。むしろ、呼吸するたびに強くなる。それなのに、頭の中を埋めていた焦りや恐怖が、ゆっくりと一つのことへ集約されていき研ぎ澄まされていく。


間合いを感じるんだ。


 こんなに大きな相手と戦ったことはない。頭の動きも、尾の長さも、攻撃が届く距離も、今までの相手とは違う。見誤れば一撃で終わる。


 グラドゥーンが、また頭を持ち上げた。


 アポカリは息を吸った。脇腹の痛みは残っている。それでも、さっきより少しだけ、頭が働いた。



 グラドゥーンにとって、自分はもう敵ではないのかもしれない。傷つき、立つのもやっとの獲物。目の前にいるのは、捕食対象だ。ならば、相手が疑わずに食らいついてくる瞬間を使える。


 真正面から口を開き、まっすぐに喰らいに来る。その一瞬だけ、頭の下には大きな隙ができる。


「まだだ…」と小さく呟く


 アポカリは短剣を握り、岩の陰から動かなかった。グラドゥーンは、こちらがまだ抵抗するのを見て取ったのか、首を低くして一気に間合いを詰めてくる。


 泥が爆ぜた。牙が迫る。


 (………………今!!!)


 アポカリは真下へ身を沈めた。牙の列が頭上を通り過ぎる。泥水が顔にかかり、濡れた鱗が視界を塞いだ。彼は地面すれすれに滑り込み、頭が通り過ぎる方向へ身体を合わせながら、開いた下顎の内側へ短剣を突き上げた。


 ザッ、と刃が通る感触が手に返った。


 「……しっ…通ったっ!!」


 短剣は下顎の柔らかな部分を裂き、深く食い込んだ。グラドゥーンの巨体が跳ね上がる。轟音のような咆哮が湿地を震わせ、泥水が四方へ飛び散った。


 だが、アポカリは喜びに浸らなかった。短剣を抜くより早く、身体を逃がさなければならない。


 彼は岩の出っ張りに手をかけ、刺した勢いを利用して身体を滑らせた。泥の上を斜めに流れ、進行方向を変える。グラドゥーンの反撃に備え、頭の向きと尾の位置を確かめようとした。


 ――その先に、尾が待っていた。


 高く持ち上がった尾が、ためらいもなく振り下ろされる。まるで小さな虫を叩き落とすような、無駄のない動きだった。


 アポカリは首をひねった。尾は目のすぐ横をかすめ、直撃だけは免れた。だが、巨体から放たれた鞭のような一撃は、背後の岩を砕いた。砕けた岩が跳ね、地面が震える。その振動だけで身体の芯が揺さぶられた。


 視界が傾いた。尾の風圧と岩の破片に煽られ、身体が横へ弾かれたのだ。足が地面を探して空を切る。


 いつ岩にぶつかったのかも分からなかった。額に、生ぬるいものが流れる感覚がある。目の端を伝い、頬へ落ちた。


 血、だろうな……



 グラドゥーンは下顎の傷に苦しみ、泥の中で暴れ回っていた。尾が水面を叩くたび、波が岩を越えてくる。アポカリは岩にもたれ、霞む視界の中で短剣を探した。


 少し先。ほんの数メートル先の岩の隙間に、短剣が突き刺さっている。


 あれを掴めたとしても……どうにもならないかもしれないな…


 指先に力が入らない。立ち上がるだけでも、目の前が暗くなる。それでも、アポカリは岩に手をついた。


 こいつを倒したからといって、森のすべてを知ったことにはならない。自分が強くなったと証明できるわけでもない。それでも、こいつを倒さない限り、森の外へ出ることを自分自身が許せなかった。


 ……試してみる……か


 ひとりで魔物を狩り続けた日々が、途切れ途切れによみがえる。何度も傷を負った。逃げるしかなかったこともある。死にかけたことだってあった。


 その時、あの日と同じ感覚が、胸の奥に触れた。


 母さんを傷つけた魔族への怒り。守れなかった自分への怒り。あの時、自分の中で何かが目を覚ましたような感覚だけは、今も忘れていない。けれど、その先のことは、ほとんど思い出せなかった。


 胸の奥で、鼓動とは違う何かが脈を打つ。







 「ドクン」






 黒とエメラルドブルーが混じった髪から、ゆっくりと青が消えていった。濡れた髪が額に張りつく。一本、また一本と、黒に沈んでいく。






 「ドクン」






 周囲が、もう一段暗くなったように感じた。光が差し込まない湿地の森に、冷気が満ちていく。水面の揺れが止まったわけではない。それでも、空気だけが凍りついたようだった。


 グラドゥーンが動きを止めた。


 傷の痛みに暴れていた巨体が、ゆっくりとこちらを向く。目の前にいる少年に、何か異変が起きている。獲物が立ち上がろうとしている。それだけのことのはずだった。





 ブワッ。






 黒いモヤが、地面を這い、木々の根元を覆い、水面の上へと広がった。気づいた時には、湿地の一帯がその中に沈んでいた。


 グラドゥーンは初めて、捕食者として知らなかった感覚を覚えた。


 恐怖。


 目の前にいる何かが怖い。先ほどまで敵だったもの。


弱り、捕食対象に成り下がったはずのもの。それが今は、何なのか分からない。何をするのかも、どれほど危険なのかも分からない。


 分からないという事実そのものが、グラドゥーンの本能を揺さぶっていた。


 アポカリはゆっくりと立ち上がった。額から流れた血が頬に残っている。髪は黒く、開いた目は真っ赤に染まっていた。その視線は、ただ一点――グラドゥーンだけを捉えている。


 アポカリは歩き、岩に刺さった短剣を引き抜いた。


 握り直す。足を開く。刃先を相手へ向ける。


 その構えには、この2年間が刻まれていた。短剣を扱う基本をロウと何度も確かめ、魔物を狩るたびに動きを修正し、来る日も来る日も繰り返した構え。守りたいものを守れるように。守れなかったものを、一振りごとに心へ刻むように。何千、何万と振り下ろしてきた、その構えだった。


 アポカリ「………くっ」


 意識が、黒いモヤの中へ溶けていく。自分が自分でなくなるような感覚が、足元からせり上がってきた。これ以上は持たない。そう悟った瞬間、アポカリは地面を蹴った。


 さっきまでとは比べものにならない速さで、グラドゥーンへ飛びかかる。



 この一撃で決める



 グラドゥーンの本能は、逃げろと告げていた。だが、初めて味わう恐怖が、その判断を鈍らせる。巨体がわずかに遅れた。次の瞬間には、身を翻して背を向け、泥水を蹴りながら逃げ出していた。


 それでも、間に合わなかった。


 グラドゥーンが振り向いた時


その右側面に――それはいた。


 先ほどまでの捕食対象とは違う何かが、地面を踏みしめている。短剣が、真っ直ぐな軌道で振り下ろされた。


 刃はグラドゥーンの頭部を捉えた。


 グラドゥーンの首から先が切り離され、残った巨体が泥水を巻き上げながら暴れ回った。尾が地面を叩き、古木の根をえぐり、やがて動きが弱まっていった。


 グラドゥーンは目を開いたまま、死んだ。


 その姿を見届ける余裕は、アポカリにはなかった。


 黒いモヤが止めどなく身体から流れ落ち、さらに周囲へ広がっていく。剣を持つ手が震えた。目の前の景色が遠のき、自分の意識まで闇に引きずられていく。


 アポカリ「くっ……戻って来れない……」


 声が、自分のものではないように聞こえた。踏みとどまろうとしても、足元の感覚が薄れていく。もう一度、胸の奥で何かが脈打った。


 その時だった。


 リリア『あなたにはずっと笑顔でいて欲しいの……』


 母の声が聞こえた。


 はっきりと、すぐそばにいるように。


 アポカリは動きを止めた。黒いモヤの向こうで、母の顔を思い浮かべる。叱られた時の声も、食事を呼ぶ声も、何気なく笑った顔も。どれも、もう触れることのできないものだった。


 それでも、その声だけは胸の奥に届いた。


 黒いモヤが、ゆっくりと引き始める。水面を覆っていた影が薄れ、木々の輪郭が戻ってきた。赤く染まっていた目の色が戻り、黒くなっていた髪にも青みが差し戻されていく。


 アポカリ「母さん……やったよ……。僕、強くなったでしょ? 今ならきっと、母さんだって守れるよ……」


 言葉の終わりは、かすれていた。


 アポカリは少しだけ笑った。それから、すぐに困ったように眉を下げる。


 アポカリ「……こんな危険なことしてたら、母さん、喜ぶ前に怒るかな」


 返事はなかった。湿地に残っているのは、砕けた岩と荒れた泥、そして動かなくなったグラドゥーンだけだった。


自分の力ってことでいいんだよね……


 アポカリは短剣を下げ、倒れた巨体の首元を見下ろした。さっきまで自分を食い殺そうとしていた相手が、今はぴくりとも動かない。


 アポカリ「……どうだ!」


 誰に見せるでもないのに、少しだけ胸を張ってしまった。すぐに脇腹が痛み、顔をしかめる。


 アポカリ「いたた……。あ、そうだ。魔獣核……」


 魔獣核を探そうと、傷ついた身体をかばいながら首元を確かめる。どこにあるのか、どう取り出すのか。すぐには分からない。アポカリは無理に刃を入れず、まずは傷と身体の状態を確かめることにした。


 (ギリギリだったなぁ……。なるべく、この力に頼らないで戦えるようにならなきゃ)


 そして、もうひとつ。


 (制御できるように頑張らないと……。周りに人がいなかったからよかったけど、またこんな状態になったら……)


きっとまた誰かを傷付けてしまう

激闘をお読みいただき、本当にありがとうございました……!


2年間の血の滲むような修行の成果、そして暴走しかけたアポカリを救った母リリアの優しい言葉。アポカリは己の過去に、見事な雪辱を果たしました。


そして――物語はいよいよ、マフラの森を飛び出し、外の世界へ。

次回、アポカリ編の最終回となる【新章・旅立ち編】を更新いたします!


ここからアポカリの物語は、外の世界で動く「別の主人公たち」の運命と交錯していくことになります。

次回の更新日時は【来週の水曜日 18:00】となります!


(※本日、この後22:00頃に、X(旧Twitter)にて今回のグラドゥーン戦を記念した宣伝ポストを発信します!よろしければプロフのリンクから覗いてみてください!)


アポカリの雪辱戦に「熱くなった!」「次からの旅立ちも応援したい!」と思っていただけましたら、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】の評価や、ブックマークでアポカリの旅路を応援していただけると、今後の執筆の物凄いエネルギーになります。どうぞよろしくお願いいたします!

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