32話「母が残してくれたもの」
ここまで読んでくださりありがとうございます!!
急遽仕様が分からず一気にひとつのページにいっぱい載せてしまって……
あとから分けました!!これからはこんな感じで投稿します!
よろしくお願いします!
アポカリは、目の前にあるものを、もう一度見た。
それは、何冊ものノートだった。
大きさも厚さも、少しずつ違う。表紙の色が薄くなったものもあれば、まだ新しいものもある。いくつかは重ねて置かれ、残りはその隣に並んでいた。
アポカリは、そっと手を伸ばした。
一番上のノートを手に取る。表紙を開くと、見慣れた文字が目に入った。
母さんの字だった。
アポカリは、最初のページから読み始めた。
そこに書かれていたのは、特別な出来事ばかりではなかった。
朝、なかなか起きてこなかったこと。採集から帰ってきて、珍しい葉を見せたこと。食事の時に、森で見つけたものについて夢中で話していたこと。
母さんが覚えている、僕の毎日だった。
ページをめくる。
次の日の記録がある。その次の日も。その先にも。
アポカリは、途中で別のノートを開いた。
そこにも、僕のことが書かれていた。
採集に出かけた日のこと。帰ってきた時の様子。いつもより機嫌がよかった日。少し疲れていた日。
母さんは、こんなことまで覚えていたんだ。
アポカリは、もう一度、最初のノートに目を戻した。
自分では、何でもない一日だと思っていた。忘れてしまったことだってある。けれど、母さんの文字の中には、その日の僕が残っていた。
どこへ行ったのか。
何を見つけたのか。
どんな話をしたのか。
読み進めるうちに、アポカリの指がページの端で止まった。
少し新しいノートだった。
日付を確かめ、次のページを開く。
そこには、母さんが僕に父さんの話をした日のことが記されていた。
あの日、僕は母さんに、父さんがどんな人だったのかを尋ねた。
聞きたかったことがたくさんあった。母さんは、僕の質問にひとつずつ答えてくれた。
その日のことを、母さんは覚えていた。
アポカリは、文字を追いながら、あの時の部屋を思い浮かべた。
母さんの声。向かいに座っていた自分。話を聞きながら、もっと知りたいと思っていたこと。
読み終えても、すぐには次のページを開けなかった。
ノートを持つ手に、少し力が入った。
母さんは、僕と過ごした日々を、こんなふうに残していたんだ。
アポカリは、別のページを開いた。
そこには、母さんの願いが書かれていた。
僕が行きたい場所へ行き、好きなものを見つけて、自分で選んだ道を歩いていけるように。
うまくいかないことがあっても、好きなことを諦めずにいられるように。
旅に疲れた時には、いつでも帰ってきていいのだと。
アポカリは、ゆっくりと文字を読み直した。
最後のほうに、母さんがいちばん伝えたかったことが書かれていた。
どこにいても、何があっても、ずっと笑顔でいてほしい。
それが、母さんの願いだった。
アポカリは、ノートを見つめた。
母さんは、僕がどこへ行くのかを決めていたわけじゃない。ただ、僕が自分で選んだ場所へ行くことを願ってくれていた。
帰ってきてもいい。
帰ってこなくても、笑っていてくれたらいい。
そう書いてあるように思えた。
頬に、何かが伝った。
アポカリは気づかず、次の行を読もうとした。けれど、文字がぼやけてうまく読めなかった。
目元をこすって、もう一度ページを見る。
涙が、紙の上に落ちた。
アポカリ「……母さん」
声に出した途端、喉の奥が詰まった。
もう一度呼ぼうとしたが、言葉にならなかった。
母さんに、聞いてほしいことがあった。
見つけたものを見せたかった。今日あったことを話したかった。明日も、その次の日も、いつもみたいに声をかけてほしかった。
けれど、返事はなかった。
アポカリはノートを胸元に引き寄せた。
涙が止まらなかった。
母さんの弔いの儀式の日も、何もかもが遠くにあるようだった。母さんがいなくなったことを、頭では分かっていたはずなのに、どこかでまだ帰ってくると思っていた。
いつもの場所にいないだけで、どこかへ出かけているのだと。
そう思っていたかった。
でも、このノートには、母さんがいた。
僕の知らないところでも、僕を見ていてくれた母さんがいた。
アポカリは、声を押し殺そうとした。けれど、こらえきれず、嗚咽が漏れた。
ロウもサナも、何も言わなかった。
アポカリは、しばらくその場で泣き続けた。
どれくらい経ったのか分からない。
涙をぬぐい、顔を上げた時、部屋の隅に置かれたものが目に入った。
大きなカバンだった。
その隣には帽子とブーツがあり、短剣を下げるための剣帯と、折りたたまれたローブも置かれていた。
アポカリは、ゆっくりと近づいた。
カバンに触れる。丈夫な布地に、丁寧な縫い目が並んでいた。帽子の内側にも、ブーツの縁にも、剣帯にも、ローブにも、手仕事の跡が残っている。
母さんが作ったものだ。
ひとつずつ手に取るたび、アポカリは細かなところまで目を向けた。縫い目が曲がらないように整えられた部分。使いやすいように工夫された留め具。長く使えるよう、しっかりと縫い合わされた布。
母さんが、これを作っていた。
僕がいつか旅に出ることを考えて、用意してくれていたのだろうか。
アポカリは、カバンの持ち手を握った。
母さんは、僕がどこへ行くのかを知らなかったはずだ。それでも、いつか自分の知らない場所へ行く僕のために、ひとつずつ作ってくれていた。
自由に歩いてほしい。
好きなものを見つけてほしい。
疲れたら帰ってきてほしい。
さっき読んだ文字が、頭の中によみがえった。
アポカリは、カバンを抱きしめた。
アポカリ「……母さん、僕……」
続きが出てこなかった。
何を言いたかったのか、自分でも分からなくなった。
ただ、母さんに会いたかった。
もう一度、声を聞きたかった。
アポカリは、その場にしゃがみ込んだ。カバンを抱えたまま、顔を伏せる。
涙が、またこぼれた。
ロウがそばに来た。何かを言いかけたようだったが、結局、言葉にはしなかった。
サナも、少し離れたところに立っていた。
アポカリは、2人のことを気にする余裕もなく、泣き続けた。
母さんがいないことは、変わらない。
日記を読んでも、手作りの道具を見つけても、母さんが帰ってくるわけではない。
それでも、母さんが僕のために残してくれたものが、ここにあった。
アポカリは、涙で濡れた顔を上げた。
ノートをもう一度、手元に引き寄せる。閉じることはできなかった。まだ読みたいページがあった。知らなかった母さんの言葉を、もっと読みたかった。
アポカリは、ゆっくりと立ち上がった。
日記を手に取り、旅道具のそばに腰を下ろす。
窓から差し込む光が、床の上を少しずつ移っていた。
アポカリは、次のページを開いた。
母さんが残してくれた日々を、もう少しだけ読んでいたかった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
母リリアが残した手作りの道具、そして日記――。
母の深い愛を知り、大粒の涙を流したアポカリ。ここから少年は、いつか夢見た「森の外の世界」へと歩み出す準備を始めていきます。
そして、大変お待たせいたしました!
いよいよ本日、【水曜日の18:00】に33話を投稿いたします!
数年の月日が流れ、16歳になったアポカリ。
かつて激しい絶望の中で別れることになってしまった魔族の少女・ファティマと、ついに運命の再会を果たします。
背が伸び、少し大人っぽくなったアポカリを見た彼女の反応は――?
本日18:00、約束の場所で、皆様をお待ちしております!
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