31話「人間の少年」
ここからは1話ずつ投稿していきます!!
あまり仕様が分からなくて
結構前から作ってたので溜まった分を全部一気に投稿しちゃいました……すみません。
見ずらかったですよね…
これからは1話ずつ投稿します!!
最初日常パート長いので逆に良かったのかな?…
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第31話 人間の少年
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ない。
ファティマは、木の根元に膝をついて落ち葉をかき分けた。さっきまで手元にあったはずなのに、どこを探しても見つからない。
小さな動物を見つけて、夢中で追いかけたのがいけなかった。気づいた時には、手の中が空っぽになっていた。
ファティマ「うそぉ……どこにいっちゃったの?」
来た道を戻り、草の根元を覗き込む。見落としただけかもしれない。そう思って同じ場所をもう一度探す。けれど、何も出てこなかった。
自分でなくしたのだから、自分で見つけなければ。そう思うほど、さっきまで歩いていた道が頼りなく見えた。
少年「何か落としたの?」
声がして、ファティマは顔を上げた。
少し離れたところに、少年が立っていた。青みがかった黒髪に、エメラルド色の瞳。籠を持っている。採集の帰りなのだろうか。
ファティマ「うん……手に持ってたものが、なくなっちゃって」
少年「どの辺でなくしたか、分かる?」
ファティマ「たぶん、この辺。動物を見つけて追いかけてたら、いつの間にか……」
言いながら、ファティマは足元へ目を落とした。説明しているうちに、自分の不注意が恥ずかしくなった。初めて会った相手に、こんなところを見られるなんて。
少年は、責めるようなことを言わなかった。
少年「じゃあ、その辺りから戻ってみよう。草や落ち葉の中に入ってるかもしれない」
ファティマ「えっ、探してくれるの? まだお願いしてないのに」
少年「困ってるみたいだったから。ひとりより、ふたりで探したほうが見つかるかもしれないよ」
ファティマ「でも、君の用事は?」
少年「急いでないから。見つかるまで一緒に探そう」
返事があまりに自然で、ファティマはすぐに言葉を返せなかった。
手伝うよ、と言われたことはある。けれど、頼む前から、当然のことのように隣へしゃがみ込む人は珍しかった。親切にしていると見せたいわけでも、褒めてほしいわけでもなさそうだった。少年はもう、枝を持ち上げて、その下の落ち葉を確かめている。
ファティマは慌てて隣にしゃがんだ。ぼんやり見ているだけでは、手伝ってくれた意味がない。
ファティマ「そこは見たよ。枝の下まで探したもん」
少年「そっか。じゃあ、こっちは?」
ファティマ「……まだかも。あ、虫がいたら先に教えてね」
少年「虫が苦手なの?」
ファティマ「急に出てくるとびっくりするの! 心の準備がいるんだから」
少年「分かった。見つけたら先に教えるよ」
少年が真面目な顔で頷いたので、ファティマはつい笑いそうになった。虫が出たら教える。それだけの約束なのに、ちゃんと守るつもりらしい。
ふたりで探しているうちに、さっきまでの心細さは少しずつ薄れていった。落ち葉をめくるたび、違うものが見つかる。小さな枝、丸まった葉、土に半分埋もれた木の実。肝心のものは、とうとう出てこなかったけれど。
ファティマ「……ないねぇ」
少年「ごめんね。見つけられなかった」
ファティマ「君が謝ることじゃないよ」
ファティマはそう言ってから、少年の手元を見た。指先に土がついている。自分の手も同じくらい汚れていた。
ファティマ「手伝ってくれてありがとう。ひとりで探してた時より、ずっと楽だった」
口にしてから、少しだけ照れくさくなった。見つからなかったのに楽しかったなんて、変なことを言っただろうか。
少年は、変だとは言わなかった。
少年「そっか。見つかるといいね」
籠を持ち直して立ち上がる。そのまま帰ろうとする背中を見て、ファティマは、もう少し話したい、と思った。
どうしてだろう。特別な話をしたわけでもない。落とし物は見つからなかったし、名前も知らない。けれど、さっきまでひとりで困っていた時間より、隣で一緒に探していた時間のほうが、ずっと短く感じた。
ファティマ「あ、待って。君、名前は?」
少年「アポカリ。君は?」
ファティマ「ファティマ。ファティマっていうの」
アポカリ「ファティマか。よろしく」
ファティマ「うん、よろしくね、アポカリ」
アポカリ「また森で会うかもしれないね」
また会うかもしれない。
ただの挨拶だ。約束したわけでもないし、次にいつ会えるかも分からない。それでも、名前を知らないまま別れるより、ずっといい。
ファティマ「会えたら、またお話ししようね」
アポカリが木々の向こうへ消えるまで見送ってから、ファティマは自分の手を払った。落とし物は見つからなかった。けれど、帰り道に、さっき聞いた名前を思い出している自分に気づいた。
アポカリ。
次に会えたら、今度は自分から声をかけてみよう。
数日後、森でその姿を見つけた時、ファティマは考えるより先に声を上げていた。
ファティマ「あっ、アポカリ!」
呼んでから、声が思ったより大きかったことに気づく。アポカリが振り向いた。ファティマは何でもないふうを装って、少しだけ歩く速さを落とした。
アポカリ「ファティマ? また会ったね」
ファティマ「うん。今日は何してたの?」
アポカリ「採集の帰り。そうだ、旅人たちから聞いた話があるんだ」
旅人。その言葉に、ファティマは足を止めた。
森の外から来る人たちがいることは知っている。でも、外の町や、遠い土地でどんな暮らしをしているのか、詳しく知っているわけではなかった。アポカリは、見たことのない道具や、森とは違う町の様子を、聞いた話を思い出しながら教えてくれた。
ファティマ「へえ、そんな町があるんだ。旅人って、いろんなところを知ってるんだね」
アポカリ「うん。話を聞いてると、知らない場所がまだまだあるんだなって思うよ」
ファティマ「私も、もう少し聞きたいな。またその話をしてよ」
アポカリ「いいよ。まだ聞いた話があるから」
ファティマは、次に会う理由がひとつできたような気がした。旅人の話をもっと聞きたい。どんな町があるのかも気になる。何より、アポカリが話してくれる時、知らない世界が少しだけ近くなる。
その日は、続きを聞く前に帰る時間になった。別れ際、ファティマは聞きそびれたことを頭の中で確かめた。次に会えたら、あの話の続きを聞こう。そう考えながら森を出た。
それから、ふたりは何度も森で顔を合わせた。
会うたびに旅人の話の続きが増えた。ファティマも、森で見つけたものや、気になったことを話すようになった。初めのうちは、会ったら何を話そうかと少し考えていたのに、いつからか、話題を探す必要がなくなっていた。アポカリが何か言いかけると、続きを聞く前から、今度はどんな話だろうと気になる。
何度かすれ違った後、ファティマはいつもの道から少し外れた場所を指さした。
ファティマ「ねえ、ここを待ち合わせ場所にしない? 来られる日に来ればいいし、会えなかったら次でいいから」
アポカリ「いいね。僕も、ファティマと会うのを楽しみにしてるから」
思っていたより、すぐに返事が返ってきた。
ファティマ「ほんと?」
聞き返してから、しまった、と思った。まるで、そう言ってほしかったみたいじゃない。
アポカリ「うん」
ファティマ「じゃあ、決まりだね」
わざと明るく言って、指さした場所をもう一度確かめる。次に会う場所が決まった。それだけのことなのに、偶然を待たなくていいのだと思うと、森を歩く楽しみがひとつ増えた気がした。
待ち合わせるようになってしばらくして、アポカリはロウとサナを紹介してくれた。
アポカリ「ファティマ。こっちがロウで、こっちがサナ。僕の友達なんだ」
友達。
アポカリがそう紹介した言葉が、ファティマの中に残った。自分のことを何と説明するのだろう、と一瞬だけ気になっていたからだ。紹介された後、いつものように話していいのだと分かると、肩の力が抜けた。
ロウとサナと話しているアポカリは、ファティマとふたりでいる時より、少し幼く見えた。いつもより気軽に笑ったり、言い返したりしている。自分の知らないアポカリがそこにいた。それを不思議に思いながらも、そんな顔を見せてくれる相手のひとりに自分もなれたのだと、こっそり嬉しくなった。
その後、アポカリは母親のリリアにもファティマを紹介してくれた。
家へ行くと決まった時、ファティマは何を話せばいいのか、森を歩いている間から考えていた。アポカリとなら話せることでも、そのお母さんを前にしたら、いつもの調子でいられるか分からない。変なことを言って、困らせたくもなかった。
けれど、リリアはファティマを見ると、少しもよそよそしくせずに迎えてくれた。
リリア「またいつでも遊びに来てね。アポカリをよろしくね」
その言葉に、ファティマはすぐに返事をしようとして、ほんの少しだけ詰まった。
アポカリの家に来たのは、彼と会うためだった。なのに、リリアは自分を、息子の友達として当たり前のように迎えてくれた。ここへ来てもいいのだと、帰り際になってからようやく実感した。
ファティマ「はい。また来ます!」
答えた声が、思ったより弾んだ。帰り道、ファティマはリリアの言葉を思い返した。アポカリのそばにいる人たちのことを、少しだけ知れた気がした。
ある日、森で話していた時、アポカリは母親から父親の話を聞いたのだと教えてくれた。父親は魔族の兵士で、人間との戦いで亡くなったこと。リリアは、優しい人だったと話していたこと。
アポカリは、話しながら何度か言葉を選んでいた。ファティマは先を急かさなかった。自分から話してくれたのだから、何かを聞き出すようなことはしたくなかった。
ファティマ「話してくれて、ありがとう」
アポカリ「うん。聞いてくれてありがとう、ファティマ」
礼を言われると、ファティマは少し困った。話してくれたことが嬉しいのは本当だ。でも、それを嬉しいと言うだけで、彼が話したことを簡単に片づけてしまいたくはなかった。
ファティマ「……また話したくなったら、聞くよ」
アポカリは小さく頷いた。ファティマはそれ以上尋ねなかった。聞かないことも、今の自分にできることのひとつだと思った。
それからも、ふたりは待ち合わせ場所で会った。旅人の話を聞く日もあれば、特に決まった話題もなく森を歩く日もあった。話が途切れても、前のように焦って何かを探さなくなった。沈黙が気まずくない相手がいることを、ファティマは少しずつ覚えていった。
そんなある日、アポカリは旅人から聞いた魔物退治の話をしてくれた。
アポカリ「仲間で役割を分けるんだって。相手の動きを見て、誰かが危なくなったら別の人が助けに入る。剣が強いだけじゃ駄目で、仲間が何をしてるか分かってないと危ないんだ」
話しているうちに、アポカリの声が弾んでいく。最初は旅人から聞いた話を伝えているだけだったのに、気づけば身振りまで交えて、どんなふうに仲間が動くのか説明していた。
ファティマ「へえ……アポカリ、そういう話をしてる時、すごく楽しそうだね」
アポカリ「えっ? そうかな」
アポカリは少し照れたように言ったが、話をやめなかった。知らない町、見たことのない道具、森では出会わない魔物。話の先へ進むたび、エメラルド色の目が木漏れ日を受けて、いつもより明るく見えた。
ファティマは、その顔をもう少し見ていたいと思った。
同時に、彼が話す世界の広さが気になった。ここではない場所がいくつもあって、アポカリはそのひとつひとつを自分の目で見てみたいのだろう。今は旅人の話を聞いているだけでも、いつか本当に出かける日が来るのかもしれない。
ファティマ「アポカリは、いつか外の世界に行ってみたい?」
アポカリ「うん。いつかは見てみたいな。知らないことが、まだまだあるんだって思うから」
その返事を聞いた時、ファティマはすぐに笑って返そうとした。行ってみなよ、と言えばいい。見たいものを見に行くのは、きっと楽しい。自分だって、知らない場所の話を聞くたびに、行ってみたいと思うのだから。
なのに、言葉が出るまでに、ほんの少し間が空いた。
もし本当に旅に出たら、今みたいに待ち合わせて話すことはできなくなるのだろうか。旅人の話を聞く時に浮かんでいた遠い町が、急にふたりの間にある距離のように思えた。
そんなことを考える自分が、少し嫌だった。アポカリが見たいものを、自分と会えなくなるかもしれないという理由で諦めてほしいわけではない。彼が楽しそうに話すのを見るのは好きだ。その顔を曇らせるようなことは言いたくなかった。
ファティマ「そっか。いつか行けたら、どんなところだったか私にも教えてね」
アポカリ「もちろん。見たものをたくさん話すよ」
その言葉に、ファティマはようやく笑えた。帰ってきてから話してくれるのか、旅の途中で見つけたものを教えてくれるのか。そんなことはまだ分からない。それでも、アポカリが自分に話すと言ってくれたことを、今はそのまま受け取っておきたかった。
いつか、という言葉は遠い。遠いはずなのに、さっきまで知らなかった寂しさが、少しだけ残った。
ファティマは、その気持ちを別の話題に追いやるように、前方の木々を指さした。
ファティマ「ねえ、次はもっと遠くまで探検しない? この先に、まだ行ったことのない場所があるんだよ」
アポカリ「行ってみたいけど、遅くなると母さんが心配するから、今日はここまでにしよう。今度、早めに出て行ってみようよ」
ファティマ「本当? じゃあ、次は早く来るね。アポカリも遅れないでよ?」
アポカリ「僕はいつも時間を守ってるよ」
ファティマ「この前、採集に夢中で待ち合わせに遅れたの、誰だったかなぁ?」
アポカリ「……あれは、珍しい植物を見つけたから」
ファティマ「はいはい。じゃあ、次はその植物より先に私を見つけてね」
アポカリは、言い返す言葉を探すように少し黙り、それから困ったように笑った。
その顔を見ていると、さっき浮かんだ寂しさが、少しだけ遠のいた。遠くへ行く日のことは、まだ決まっていない。今は次に会う日がある。それなら、その時に一緒に歩く場所を考えればいい。
アポカリ「じゃあ、3日後にまた遊ぼう」
ファティマ「うん、約束ね! 今度は今日の続きからだよ」
アポカリ「分かった。どこまで探検するか、考えておくね」
約束を交わして別れる時、ファティマは、いつもなら帰り道で考える「また会えたらいいな」を、今日は考えなくて済むと思った。3日後。次に会う日は、もう決まっている。
少し歩いたところで、ふと別の予定が頭に浮かんだ。
(あっ、3日後って家族で出かける日だった!)
足が止まった。
家族で出かける約束をしていたのを忘れていた。よりによって、アポカリと約束した日に重なっている。さっき、あんなに楽しみにしているような返事をしたばかりなのに。
断ればいい、というだけの話ではなかった。自分が先に約束していたのは家族のほうだ。簡単に変えられるか分からない。でも、何も言わずに待ち合わせに行かなかったら、アポカリは待つかもしれない。
(早く伝えなきゃ。別の日にしてもらえるか、聞いてみよう)
ファティマは来た道を引き返した。今なら、まだ同じ日のうちに伝えられる。せっかく決めた約束を、なかったことにしたくなかった。
アポカリの家が近づいた時、中から言い争う声が聞こえた。
ファティマは歩みを緩めた。聞き間違いかと思った。続いて、叫び声が響く。
誰の声か、確かめるより先に身体が動いていた。
ファティマ「アポカリ……?」
返事はない。家の方へ走る。約束の日を変えてほしいと伝えに来ただけだった。こんなふうに駆け込むことになるなんて、思ってもいなかった。
戸口に着いた時、見覚えのない魔族が家の中から出てきた。ファティマの横を通り過ぎても、魔族は彼女を気に留める様子もなく、森の奥へ去っていった。
何が起きたのか分からない。呼び止めることもできず、ファティマは開いた戸口から中を覗いた。
黒いモヤが広がっていた。
その向こうに、リリアが倒れている。いつも自分を迎えてくれた人が、床に横たわったまま動かない。そのそばに、アポカリが座り込んでいた。
ファティマ「リリアさん……?」
呼んでも、返事はなかった。
さっきまで、次に来る日を約束していた。今度はもっと遠くまで探検しようと話していた。リリアに、また遊びに来てねと言われたことも覚えている。あの声で、もう一度そう言ってくれるのを待つように、ファティマは名前を呼んでしまった。
何かしなければいけない。リリアのそばへ行かなければ。そう思うのに、黒いモヤが視界を遮り、足が前へ出なかった。
アポカリが顔を上げた。
目が合う。いつも話を聞いてくれる時の顔とは違っていた。何が起きたのか分からないまま、ファティマはその目から視線を外せなかった。
アポカリ「……お前が、連れてきたの?」
ファティマ「ち、違う……私は、声が聞こえて……」
違う。そう言うだけで精いっぱいだった。
家の中で何があったのか、どうしてリリアが倒れているのか、何ひとつ分からない。声が聞こえたから心配になって来た。それだけは本当なのに、その説明をすればするほど、目の前の光景から自分だけが逃げようとしているように思えた。
アポカリは、家の中で何が起きたのかを知っているのだろうか。自分を疑うほど、何かを見たのだろうか。聞きたいことは浮かぶのに、どれも口にできなかった。
ふと、別の考えが頭をよぎった。
何度もここへ来ていた。リリアにも会った。自分がこの家へ通っていたから、あの魔族に場所を知られてしまったのだろうか。
そんなはずはない、と打ち消そうとした。けれど、そうではないと証明できるものもなかった。自分が原因だと決まったわけではない。それでも、もしそうだったらと思うと、何も言い返せなかった。
アポカリ「出ていけ!」
声が、ファティマをその場に縫い止めた。
近づいて助けたい。何があったのか知りたい。アポカリをひとりにしたくない。頭の中ではいくつもの思いがぶつかっているのに、彼のそばへ行くことだけはできなかった。
あの時、落とし物を一緒に探してくれた少年がいた。名前を聞き、また会おうと話して、待ち合わせ場所を決めた。リリアは自分を歓迎してくれた。
その家で、今、アポカリは自分に出ていけと言っている。
ファティマは一歩も進めないまま、家を飛び出した。
外へ出ても、走る足は止まらなかった。どこへ行けばいいのか分からない。ただ、あの場にいることができなかった。助けることも、説明することも、何もできなかった自分の姿が、頭から離れなかった。
ロウとサナを見つけた時、ファティマは息を整えることもできずに、起きたことを伝えた。
ロウ「ファティマ、落ち着いて。何があった?」
ファティマ「リリアさんが倒れてて、黒いモヤがあって……アポカリも……!」
言葉にすると、見たものがまた目の前に浮かんだ。リリアの返事がなかったこと。アポカリの目。出ていけ、という声。
サナはすぐに家の方へ向かおうとした。ファティマはその腕をつかむようにして呼び止めた。
ファティマ「待って! 私が知らせに来たこと、アポカリには言わないで。お願い」
サナが振り向いた。理由を尋ねられたら、うまく説明できる自信がなかった。アポカリにまた自分のことを知られたら、あの時の顔を思い出してしまう。そう思ったのか、それとも、もう一度拒絶されるのが怖かったのか、自分でもはっきりしなかった。
ロウ「分かった。僕たちが行く」
サナ「ここで待っていて」
ふたりが走っていく。ファティマは追いかけなかった。
リリアを助けられなかった。アポカリの言葉に、違うとしか言えなかった。自分がここへ来なければ、と思う一方で、声が聞こえたのに立ち止まっていられただろうか、とも思った。
どちらを考えても、あの時に戻ってやり直すことはできなかった。
翌朝、ファティマはひっそりとロウとサナのもとを訪ねた。
アポカリの家へは行けなかった。でも、あの後どうなったのか知らないままではいられなかった。知るのが怖い気持ちと、知らずにいるほうがもっと怖い気持ちが、ずっとせめぎ合っていた。
ファティマ「……あの時のこと、聞いてもいい?」
ロウとサナの表情を見て、答えを聞く前から、ファティマは指先を握り込んでいた。
ファティマ「リリアさんは……どうなったの? アポカリは、今……」
ふたりは、リリアが亡くなったこと、アポカリが深く傷ついていることを静かに伝えた。
ファティマは、すぐには返事ができなかった。
リリアは、またいつでも遊びに来ていいと言ってくれた。アポカリと一緒にいる自分を、何も疑わずに迎えてくれた。その人がもういない。昨日までのことと、今聞いたことが、うまくひとつにつながらなかった。
そして、アポカリはそのことを、あの家でひとりで受け止めている。
会いに行きたい。顔を見て、何か言いたい。けれど、何を言えばいいのだろう。自分が行ったところで、リリアを取り戻せるわけではない。あの時のことを説明し直しても、アポカリの傷が軽くなるとは限らない。
ファティマ「……教えてくれて、ありがとう。私が聞きに来たことは、アポカリには言わないで」
ロウ「分かった」
サナ「無理に会おうとしなくていいのよ」
ファティマは頷いた。
会いに行かないのは、会いたくないからではなかった。会いたいと思うたび、あの家の中の光景がよみがえる。自分の顔を見たら、アポカリもあの時のことを思い出すかもしれない。今の彼にとって、自分は安心できる相手ではないのだろう。
そう考えると、会いに行きたいという気持ちを、そのまま行動にしてはいけない気がした。
自分からは会いに行かない。
そう決めても、次に会う約束まで消えたわけではなかった。
約束していた3日後、ファティマは森へ続く道の前に立っていた。
いつもの場所へ行けば、アポカリがいるかもしれない。今日の続きから探検しよう、と言った。どこまで行くか考えておくとも言っていた。
行きたい。
足は、森の入口を向いていた。
でも、あの時のアポカリの声がよみがえる。出ていけ。あの言葉を思い出すと、会いに行くための一歩が、彼の望んでいないことをする一歩に思えた。
ファティマは、森へ入らずに引き返した。
次の日も、その次の日も、森の入口までは来た。今日は行けるかもしれない。少し離れたところから様子を見るだけなら。何も話さず、顔を見て帰るだけなら。
そうやって理由を考えても、最後には足が止まった。
アポカリが旅人の話をしてくれた時のことを思い出す。知らない町の話をする時、魔物退治の話をする時、目が輝いて見えた。いつか外へ行って、見たものを自分に話してくれると言った。
その夢を、叶えてほしいと思う。今もそう思っている。
けれど、できるなら、もう少しだけ今のままでいたかった。待ち合わせて、くだらないことで言い合って、次に会う約束をして。そんな時間が、ずっと続くものだとは思っていなかった。それでも、失ってから、あれが自分にとってどれだけ大切だったのかを知った。
好きだから会いたいのかな。それとも、大切な友達だから?
今はまだ、答えを決められない。
ただ、あの頃のように話したかった。アポカリが何かを見つけて、楽しそうに話し始めるのを聞きたかった。自分が言い返して、彼が困ったように笑うのを、もう一度見たかった。
それでも、ファティマは森の入口から先へ進めなかった。
読んでくださりありがとうございます!
1話ずつ投稿していきます!!
よろしくお願いします!!




